第20話
「お前さあ、ちゃんと付いてるよな?」
半分は通常仕様だが、半分は真剣に怒っていて、しまいにはあきれている雰囲気が惜しみなく漏れていた。緑子にそんなことを言われるのは由亀しかいない。
チケットをもらったお礼をかねて、菓子折りを持って店に寄ったのだ。未果とその日をどうして過ごしたかを一通り話した後の緑子の反応である。
日曜だが、緑子の店が開いていると知っていたので、来たのだが、入店した折、お店に来ていたお客が紙袋を下げて出て行った。
「毎度あり」
謝辞の声の調子から、けっこうな額が入金されたのが分かった。
「なあ由亀。お前、未果のことどう思ってんだ? 惚れた、付き合いたいとか思わんのか?」
「率直ですね? 昨日も友人に言われました」
「自覚ねえのかよ」
あきれている。レジ横の椅子に座って、肘を立てて顎を乗せて不満そうだ。
「いや、でも俺は……」
緑子から目を逸らした。
「なんだよ」
それが気に入らなかったようで、苛立たしさがどこにも隠れていない。居住まいを正して腕組みをする。
「普通じゃないし。俺自身も俺の家も。燦空さんには目の前で、俺の力がどんなか見られてるんです。それを受け止めて欲しいとは言えませんよ」
「未果がちらほら言ってたのは、どうせお前の力関係のことだろうとは思っていた。お前、何かつうと自分の技能とか、家系とか言い出すけどな、お前、人間だろ? 心のある。ならよ、御託並べる前によ、自分の心がどんな生き方してるかって気にしてみろよ」
徐々に徐々に怒気をはらむ。まっすぐに目が目をとらえる。
「心の生き方?」
緑子から思いもよらない一言が出て、由亀は戸惑う。
「何に喜び、何に悲しみ、何が楽しくて、何が嫌いで、誰が好きで……んで、ヤリたいかって」
スキー合宿が中止になり勉強会をした。それはそれで悪くはなかった。けれど、イベントの一つがなくなった時のがっかりした気持ち。あれは思い出が作れなくなったことに対してのことだと今になって分かる。
――そうか、俺は
でも、いつだ?
あの時か? どの時だ? いや、具体的な時じゃない
ある瞬間にそうなったんだ
縁という言葉が質量をもった瞬間だった。大気圧の重みを実感するようなもので、縁という言葉が重力に引きずられていきそうなのを必死でこらえている、そんな感じだった。
由亀は今朝夢を見た。どこともしれない空間、花畑とも感じられるし、砂浜でもあるように感じられた。はっきりとした視界はないのに、隣にいる未果ははっきりと見えた。未果は由亀を見ることなく、無表情のまますっと歩き出した。遠くなっていく。由亀は唐突に言った。叫んだと言った方がいいかもしれない。自分を抑制している余裕などなかった。未果が小さくなっていくのが堪らなかったのだ。荒い息で目を覚ました。悪夢、そう由亀は思った。自分の手を見た。無性に湧き上がってくる情動が率直に思わせていた。赤い糸を結びたいと願う人の切なる思いを。それが他でもない自分の想いでもあるのを。自身が触れることのできる縁、赤い糸、この強さと同時にはかなさ、それこそ人の思いが結ぶも切るも自在で、それは確かに邪険にできるようなものではないと。
それでも緑子の文末はさすがに、
「良い話し、台無し」
肩すかしな感想。だが立ち合いは紛れようもない衝撃力だった。
「なら、ヤらないのかよ、好きな子と」
「そりゃぁ――」
目が天井の方に向いたかと思えば、顔と一緒に床に落ちた。
「ほら、いろいろ妄想だのしてんだったら、心が生きてる証拠だ。心と体を別のもんに考えているから、御託を並べたがるんだ。さすが思春期(童貞)。それに『受け止めて欲しいとは言えません』とか言ってる段階で、お前、気持ちあるんだろ」
ようやく平穏に戻った緑子の口調。それが由亀に正直に話させた。
「確かに、思い返してみて、燦空さんといる時の心地よさとか時間の短さを感じたりして心が温まる感を持つんです。縁があるとはこういうことでもあるのかと、人の心の部分を初めて実感したんです。だから、なおさら、責任感みたいなものにどう接したらいいのか分からなくて」
「由亀よ、赤い糸見えるとか言ってたよな」
「はい。緑子さんがこういう話に免疫があって助かってますけど」
「お前自身の赤い糸とか、未果の赤い糸とかそういうのを理由にしてるんだったら、私マジでキレるからな」
怒気というよりも鋭利さが増していた。これまでの状態で「マジでキレ」てないとは。胸倉をつかまれて、すごまれた方がまだ気楽だ。座ったままで、かわしようもなく、言葉だけで押し込まれる。
「お前はまだ高校生なんだろ? どこの誰が甲斐性持ってると期待してるってんだよ。何様のつもりだ。責任だあ? んなこと知ったこっちゃねえよ。今のお前に、一生誰かを養っていける経済力とか、老後の保障だとか、離婚した時の慰謝料だとか、六十億分の一の確率の出会いだとか、前世からの因縁だとか、んなもんちっとも期待してねえんだよ!
お前、未果といると楽しいんだろ、時間が短くってことはもっと一緒にいてえんだろ、心があったかくなるだろ。それをな、好きっていうんだよ。なら、その気持ちを厳重な金庫に納めとくんじゃなくてよ、どうせだったら、赤い糸とかってのを発芽させるくらいの気概を見せろよ! 童貞様!」
喝としてはこれ以上由亀の重い腰を動かせる言葉はないだろう。
やはり緑子は緑子である。文末ががっかり感に満ちているが、
「今度、俺から誘います」
との返答に緑子は年上お姉さんらしい、弟を愛でるような表情を浮かべた。
「ならよ、天気悪くなってきたけど、そこの神社行って来いよ」
午前中の晴天が嘘のような、曇天の元、緑子が指す窓外の、通りを挟んだ向かい側にある神社。由亀は知っている。その家系ゆえに、この神社の由来やら御祭神やらのことをだ。そして、曰く家系とかそんなことを言い出す前に、由亀にとっては、未果と親しくなるきっかけとなる場所、まさに縁のある場所だった。
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