第五章 ご縁にはご縁を入れる

第19話

「おや、先ほどはどうも」

 その男の軽いあいさつに、未果は、きょとんとした。

 川岸と別れて、学校近くのあの神社を訪れていた。はっきりとした理由があったわけではない。ただなんとなく日曜の朝から女子高生らしい生きの良い話しをしたせいか、それにかこつけて、というより助走をつけて再びの祈願をしようかなくらいの気持ちだった。

 参拝をして、手水舎を横切ろうとした際に、占い師の蕪木がいたのである。午前中に伺っての今となれば、昨日の今日よりも早いのは驚きにもなる。

「こちらこそ、ありがとうございました。先生も参拝ですか?」

「まあ、それもありますが、ちょっとしたセミナーの一環でしてね」

 蕪木が駐車場から拝殿へ進む女性の一団を指さす。二〇名ほどの団体は、茶髪のイケイケ系の人もいれば、分厚い眼鏡をかけてシックという言葉が甘っちょろいほど漆黒な上下を纏った人もいれば、「ああ、イッちゃってるな、電波的に」と思える人もいれば、どう見ても普通の女性にしか見えない男性(ヒト)などまさに二十人二十色状態だった。その人達は、蕪木手が促して境内へ流れて行く。未果も潮流に逆らえず、境内へというか参拝の目的がまだなのでどっちみち足を踏み入れるわけだが、

「セミナーですか?」

「ええ。運気アップのエクササイズです。新陳代謝を良くし、デトックス効果のあるランチを摂った後、この市で一のパワースポットであるこの神社で英気を養おうというわけです」

 飛び入りの未果までが占いをしてもらえた理由がここにあったわけだ。予約殺到のはずなのに、時間的余裕があるというのは、未果も川岸も占い後おかしいと言っていたのだが、ランチまでの準備時間だったわけだ。いずれにせよ、未果が入ったことで準備時間をせっぱ詰らせてしまったかもしれないが、占い師に慌てた様子もなかった。

「この神社は縁結びでも有名ですからね。あ、もしかして、先ほどおっしゃっていた男性とのことを祈願しに来たんですか?」

「い、は、え」

 いいえと言おうとしたのか、はいと言おうとしたのか、ごまかそうとしたのか、狼狽すると、こういう未果の姿になる。

「みなさん、どちらから来られたんですか?」

 とりあえず取り繕っておく。

「市外の方もいますし、県外の方もいます。それに普通に参拝することと、こうした運気アップのセミナーで訪れることは少し違いますから」

「二礼二拍手の仕方が違うとかですか? 体折り曲げる角度がこう決まっているとか」

 拝殿の賽銭箱の横には、参拝の仕方を絵と簡単な説明文で表した立札がある。未果はそれを見ながら真似をしていたのだが、占い師が行う運気アップのためのセミナーというのが、未果が知らない特別なやり方とかでもあるのだろう。

「まあ、それも含めてですね。浄化されている境内の空気を体内に入れる呼吸法や、それを堪能する方法とか。難しいことはさておき、神社の雰囲気を味わうことが主眼です」

 と言われても、やはり未果には難しかった。神社の何に共感したらいいのか、縁結びの冠に引き付けられ、それのみに柏手を打つ女子高生にとってはそんな専門的な所作には乏しい。

 となれば、

「じゃあ、私はこれで」

 そそくさと去ろうとするのだが、そんな未果に、

「よかったら、参加しませんか?」

 蕪木からのまさかの勧誘。

「え? でもセミナーっていうからにはお金かかりますよね。私持ち合わせもうなくて」

 財布の中には、野口英世先生が一人財務管理官となっているのみだった。

「私達から一歩離れて見学というのはどうでしょう?」

「……」

 どうもおかしい。一介の女子高生にこうまでアプローチしてくる理由はなぜだろう。

 未果には、今樋口一葉先生も福沢諭吉先生も味方についてないのだから、占い師には利潤にならない。

 見学というのをそのまま受け止めて、そのセミナー内容に感銘を受けたとして、女子高生が広告塔にはなりえない。それならば、メールやLINEよりも伝達能力高速な熟女様方々のネットワークの方が占い師にとってはメリットが高い。

 仮にこの占い師が未果を気に入ったとしたら、そのアプローチの仕方も変だ。それなら、午前中の段階でセミナーの件を話して、川岸ともに参加させることで、警戒心をそぐはずである。

 などといった論理的な分析があったわけではない。けれども、先月以降、これまでとは著しく異なる現象や人物と遭遇してきたせいか、直感的なアラートが反応したとでも言った方がいい感覚だった。

 それを助長するかのように、それまで晴天に覆われていた空が、見る見るうちに暗転しだしていた。どこにそんな雲があったのかというくらいの、重々しい濃い灰色の雲。

「どうしたんです? 何か不審な点でも?」

 一雨、というよりも、霰や雹が叩きつけられるのではと予感させる空模様に変わっていった。

 未果は背中にカツやタテと初めて会った時とは全く異なる寒気を催した。

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