第18話

 日曜日。すっかり晴れ渡るからこその肌寒さはさすがの冬で、マフラーも手袋も手放せない格好のまま、未果と川岸はあるテナントに入った。

 占い処かぶらき。まるで大衆食堂のような冠を持ちながら、よく当たると最近ビジネスウーマンだけでなくJK達にも知名度を急上昇させている占いの店。暖房が十分に効いたその店の待合のソファに内で防寒の身なりを脱ぎ、並んで座った。

黒いカーテンが広げられているような怪しさはなく、どちらかといえばシックな感じだった。観葉植物や水晶の塊が多からず置かれ、ヒーリングミュージックが流れていた。

 壁には「お客様の声」と書かれたコルクボードがあり、淡い色の色紙に様々な反応がコメントとしてつづられ、貼られていた。

「これ……」

 川岸が目ざとく見つけた一枚。

「先生のアドバイスを受けて頑張りました。彼から結婚を申し込まれました。ありがとうございます。A・K」

 非常に見慣れた字だったのだ。しかもイニシャルから

「新都先生だね、たぶん」

 そう言う未果の頭には美術館隣の公園で東堀教諭からリングを渡される新都教諭というドラマが再放送されていた。

「てことは、効果抜群なわけだ」

 テンシやアクマ絡みの裏事情を知らない川岸にしてみれば、まったく噂のなかった教諭同士が結ばれたということに、この占い処への信用が急激に厚みを増す。

もともと川岸が予約を取り付けていたのだが、自身のことよりも友人の行く末を気にし、保護者化している。

「どうぞ」

 待合室から専用部屋に入ってみれば、紳士風な結構なイケメンが座っていた。仕立ての良いスーツ姿。ネクタイをしていないカラーシャツの第一ボタンを開けている。

「すいません。予約していた川岸ですが、この子を見てもらっていいですか?」

「幸い時間には余裕があるので、お二人とも見られますが」

 執事にでもなれそうな、慇懃とした声色だった。

「ラッキー」

 二週間待ちでようやく取れた予約を自分よりも恋に悩む友人に譲ろうとしていたものの、自分もOKとなり思わずこぼれる。

「でも、私持ち合わせが」

 昨晩に言われ、一晩経過しているのに心構えができておらず、心拍数が小躍りし続けているものの、ひそひそと言い述べる。

「大丈夫。ここ三〇〇〇円だから。学割利いて」

 まだ何の助言もないのにご満悦気味の川岸はすっかり気前良しになっている。

「そうです。ただ三〇分だけになります。よろしいですか?」

 占い師に確認を求められ、未果は財布から許可をもらい、三〇分三〇〇〇円のコースをお願いすることにした。

 それでも、やはり先陣を切るのは踏ん切りがつかないとのことで、言いだしっぺの川岸が先にみてもらうことになった。未果はプライバシーを盾に待合室に戻ることを告げたが、特定の人物との相性ではなく、今後の恋愛運、さらには運気アップの助言をもらうだけと言い張る川岸が頑として未果同席での診断を所望した。未果の肘に腕をからませ、完全にロックしたままだった。

 実際は、一人で聞くのがやはり恐ろしいのかもしれないと、未果は内心思ったが、逆の立場からすれば、唐突に連れてこられたこんな場で一人で恋愛がどうのと聞くというのは、華厳の滝を昇ったのが鯉の代わりに動悸になれば、未果のいたたまれなさがどうなるかなど目に見えている。自分の番でも川岸を同席させるだろうことは安易に予想できる。

 未果の推測が当たっていたのか、占い師の言葉が進むと、顔を歪ませたり、悶絶したり、頭を両手で抱えてそのままブリッジしそうになったりし、体勢を整えるたびに意識的か無意識か、未果の手をぎゅっと川岸が握るのだった。

 そして、未果の番となった。

 クリップボードにとめられた専用シートに最初に名前、ふりがな、生年月日、血液型を専用シートに記入する。

 それを受け取った占い師は、自身の横に置いたパソコンのキーボードを叩き、診断書なるシートを印刷して、未果の前に置いた。

「これがあなた、えっと燦空未果さんの結果になります。結果と言っても、運勢ですから、統計に基づいた強い傾向、ということになるのですが、掌を見せてもらえますか?」

 言われて素直に応じる。

「ふむふむ。ここからは解釈も加わります」

 手相から見えたことがあるようだ。

 占い師が述べた未果の性格や現在の状況は概して

「当たってる」

 と言えるものだった。とはいえ、バーナム効果や統計学があるのも確かで、これまで雑誌や本で見たことのあるものとそう変わりはなく、未果独自の様子はまだ語られていなかった。

「というのが、掻い摘んだ燦空さんの現状です。さて、質問があれば、それにお答えしますよ」

「この子、知りたいことがあるんです」

 同席者が身を乗り出さん勢いで相談者よりも先に切り出した。

「はい。秘密は厳守します。恋愛のことですね」

 女子高生が朝一からやってきて老後の年金のことは質問しまい。

「えっと」

 とはいえ、ここまで十分な時間があったはずだが、心の準備体操のストレッチにまだ時間がかかっているようで、言い出しが鈍い。

「この子には気になる男子がいるです」

 じれた同席者が何のためらいも、許可もなく言い出した。

「ちょ!」

「どうせ聞くんでしょ。ここまで来て時間と金を無駄にするつもり?」

 確かに三〇分三〇〇〇円は女子高生にとっては手痛い出費だ。ヘアケアや美容関係を除いて、毎分一〇〇円の計算ともなれば費用対効果が顕著でなければいたたまれない。それを許可した財務省たる財布にも財政支出を切り詰めなければならないと、このところきつく言われていた。

「気になるというか、どうかなと言うか」

 役人の答弁とも間違えるくらいに、のらりくらりとする未果に、

「相性とか分かりますか? 告る方法とか、進展する方法とか」

 ジャーナリスト張りの川岸が変わって問うので、

「ええ。少なくとも名前と誕生日が分かれば」

 話がトントンと進む。占い師は、未果が書いたシートの余白にその意中のお相手の名前などを書きとめようと、ボールペンを握って今や遅しと構えている。

 未果は乾いた喉を一度鳴らしてから、

「う、瓜生由亀君と言います」

 絞り出すように告げた。

「ウリュウユウキ?」

 いじっていたボールペンの動きが止まった。

「どうしたんです? 固まちゃって」

 川岸の、単純に述べた疑問に、言って目を閉じてしまった未果が目を開けた。自分のことを言われたからだと思ったのだが、どうやら違ったようだ。

「いえ、珍しい名字だと思って。この商売しているといろいろな名前の方がいらっしゃるので、その都度驚くのですよ」

 占い師は、瓜生とだけ書いた後、「ゆうき」をどう綴るのか尋ね、

「由来の『由』と、亀です」

 未果が答えるのに合わせて、占い師はその名を綴った。

「あ」

「どうしたん?」

 言い切ってから、未果が素っ頓狂な声になり、川岸も不思議がる。

「誕生日、知らないや」

 未果は視線を川岸に向けてみたが、同席者は目を丸くして首を横に振るのみだった。

「そうですか。それなら」

 占い師はキーボードを叩くと、画面を見ながら

「気になる男性がいるのでしたら、映画や美術展、コンサートに行くと吉と出てますね」

「「……」」

 女子高生二人言葉なし。

「どうかしました?」

 非常に具体的なアドバイスだったはずだが、無言の反応に占い師は唖然。

「いえ、昨日絵を一緒に見に行って……」

 当の本人によるまさにそのアドバイスが実践されたことを告げ、

「それで今後どうさせようかと思って」

 その友人がいてもたってもいられなくなっての強制参加の経緯を告げると、

「はあ」

 占い師もかたなしである。

「いや、てか、未果。こっから先の展開を先行するためにも、瓜生に電話なりメールなりして誕生日教えてもらいなよ」

「え? でも唐突感は否めないし。朝から疑われたらヤだし」

 ここに至って何も戦略立案もできなければ、成果もなしともなれば、それこそ野口先生三枚が無駄死になる。

「あのー」

 けれども、占い師は困った感を隠していた。

「「はい?」」

「申し訳ないのですが、そろそろ時間です。もし誕生日が分かったら、また改めて予約なさってください。はい、どうぞ」

 占い師は名刺を渡した。

 占い処かぶらき 占い師蕪木久仁

 とあった。

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