第17話

 とあるコーヒーショップ。湯気をくゆらせているフレーバーなローズヒップティを両手で包んで一口つけている未果の前には川岸がいて、真冬なのに氷が満載されているアイスキャラメルラテをストローから啜っていた。

未果の話しを聞いた後、

「あのさあ、それって」

 髪をクシャクシャと散々にしてから、深い溜息のように聞いた。

 以前、中学時代の交友関係に話が及んだ時のことを川岸は思い出した。

 簡潔にまとめれば、未果はモテていた。

 一例目。「付き合ってください」を「突き合ってください」と思い込む。相手が剣道部でしかも胴着のままの告白だったため。

「私、剣道したことなかったから、なんでかなあって思って『私にはできません』って言って」

 二例目。「付き合ってください」を「月会ってください」と思い込む。相手が非常に優秀な理系男子で、将来は新しい彗星を発見したいと、未果に言っていたため、

「私、理系じゃないし、宇宙飛行士になりたいなんて言った覚えもなかったから『無理です』って」

 それらを聞いて頭を抱える川岸の姿を想像するのに難しいことはないだろう。

 未果は成績優秀の部類に入る。本人は理系を否定するがかといって手も足も出ないというわけではない。数学だけは秀でている柳戸が解けなかった設問も少し考えてから解答できたくらいである。

 ということは、由亀に負けず劣らず、未果を表するなら鈍いという一言に尽きる。あるいは思考がまっすぐに進んでいるつもりで、フォークボールになってしまうのだろう。

 もしくは趣向になるだろうか。未果も人並みに少女漫画を読む。川岸が雑食性に読むとしたら、未果は接吻の場面にこだわりがあるようで、

「すぐチューするのがどうもよく分からない」

 と、しそうでしないとか、最終巻でようやくするみたいなものを好む。自分は全く疎いということを忘却したうえであるが、そちらの方面に興味がないわけではないのだ。

 思い出話しなら、笑い話としてお茶のつまみにもできようが、すでに高校生。しかも周りが恋愛滑走中。そこに未果も片足突っ込んでいるのは傍からでなくとも、光学顕微鏡を使わずとも明々白々である。しかも、友人として相手の品定めをした結果、鮮度劣化ならば未果をどうにかして説得しなければならないが、そうする必要がないことは一年近く同学であれば反射的に及第点になる。たとえ、自分の恋がまだまだ実らないとしても、友人の好機を無碍にさせるような女子では、川岸はない。

「ん? 何?」

「いや、単刀直入に聞くけど、瓜生のこと好き?」

「! ……」

「沈黙が答えかい」

 居住まいを正して無言になった友人をジト目で刺す。

「いや正確に言うとさ……」

「何? 弁明は聞かんよ。とりあえず言ってみなさい」

「好きなのかな?」

 ズッコケる。このような時を逃していつふさわしい時があろうか。季節外れのカップの中の氷を噛み砕く以外に、この場のストレスを発散する方法がない。

「私に訊くなよ。それ、正確に言うとかと関係なくない?」

「魅惑的な人からちょっかい出されてるのを見ると、むかむかしたり、イラついたり、悲しくなったり、鼓動が速くなったり、自分を見失いそうになったり、嫌だなと思う」

 少しばかり恥らっていた感は急に悲痛さというか、焦りというか、自信なさ気に変わった。

「何? あいつそんな人からアプローチ受けてるわけ?」

 川岸は目を見開いて、席から腰を浮かせる。

「えっと、アプローチというか、戯れというか」

 言い間違えたが、時すでに遅し。とはいえ、友人を落ち着かせ着席させる。店内の他の客の視線が痛い。

「男子高校生が女遊びかい。あいつ調子乗ってんな」

 本気になって、同級男子に喝を入れようとしている口調。川岸の中で由亀の評価がデフレを示す。先ほど思った及第点を下手したら下回ってしまう勢いである。

「違う、違うよ。なんて言うかな……」

 事情が事情だけに、小袖の女のことは言えない。

「どっちにしろ、モテキか。ムカつくな。で、はっきり言うと、あんたそれ嫉妬だろ」

「しっ! え? そうなの?」

 目を丸くする。未果にはまるで自覚ない感情を示す一言だった。

「他にあんたの心情を表す語句を私は知らん。で、なぜ嫉妬になるかと言えば、分かるよな?」

「……」

「わかり易」

 ストローで啜る。熱した喉を冷ます。叱るべき男子はここにおらず、思わず目の前のにぶちんに発散してしまった残気はある。

「話しをしなくてもいいから、ただいっしょにいたいという気持ちはあります」

 正直に言った。感情の形容ではなく、望みには至らない願いを。

「だから、それをさ、す」

「それ以上言わないでください。明後日からどんな顔で会ったらいいか分からなくなるので」

 耳を塞ぐ。心情を吐露した分、いたたまれなさが半端ないのだ。

「あー、言いたいことがマグマのようにあふれそうだ。未果、あんた明日暇だよね?」

「えっと……」

「暇だよね! つうことで九時に駅前カモン」

「夜?」

 ここにきてもボケるつもりのようだ。

「朝だつうの。この話の流れで夜連れ出そうとする私は悪友か」

「朝九時。何するの?」

「占いに行きます」

 未果の都合など聞いちゃいない。しかし、川岸が取れる打開策の一つはそれくらいしかなかった。

「へ?」

 それを未果はあっけにとられた表情だった。

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