第16話

「お前、それさあ」

 土曜日。授業がないため長時間勤労に励んでいた柳戸は、溜息のリズムで由亀の前に牛丼の並盛を置いた。

 お客の由亀は紅ショウガ、七味唐辛子を適度に乗せ、合掌をする。高校男子が小腹をすかせ、チェーン店で牛丼を食べる。ごくありふれた情景だが、店員があきれつつ、腕組みをして、客の食が進むのを見ているというのはあまり普通ではないだろう。

 午後四時前。こんな時間に珍しく客として来ていた由亀に柳戸から経緯を聞いてみたのだが、親しくなった同級生の女子と、とあるきっかけで手に入れたチケットを理由に、一緒に美術展を見に行ったと言う。

 その男子に

「デートだろ、確実」

 と言ってみたところ、

「そうか?」

 まるで他人事のような疑問形。なしのつぶての方がまだましな反応である。

「あのなあ」

 さすがに友人として嘆かわしいと叱咤しなければならない。それを先んじて、

「でも、きゃっはうふふなアミューズメント的な場所に行ったわけでもないし、チケットだって俺と燦空さんの共通の知人がくれた時、二人でいたからちょうど都合がよかっただけだぞ」

 などと言うものだから、言い訳にもなっていない。

「お前な」

 バイト勤労生は頭に手を当てて嘆息をする。由亀が鈍いというよりもズレているのをスルーしたとしても、その二人でちょうどいたという段階でいろいろと考えておいてもいいことを、この同級生はまるで気にしていない。

「てかよ、さっきまで一緒にいたんだったら、どっかで軽食でも摂ったらよかったのに」

 そもそも論である。売り上げ的な面を言えば、それを聞いて咳払いをする店長が正解である。とはいえ、友人ならば、一人で牛丼食っているよりは、そんなシチュエーションならば、こじゃれた飲食店に行けとアドバイスする方が別解としてOKである。

「お茶くらいはしたけどな。それに、あまり遅くなったら、家の人が心配するだろう」

 友人のそんな助言などまったく参考にしていない。

「いろいろと言いたいことはあるが、エスコートはしたんだろうな」

「上り下りの時はこけないようにちゃんと様子を見ていたぞ」

「それはエスカレーターだ」

 頭を抱える柳戸。ボケに自覚がない分、性質が悪い。柳戸にはツッコミ役は不適格のようだ。

「由亀よ、はっきり言うんだけどさ、お前、燦空さんに気はないのか?」

「は? 何言ってんだ、お前」

 本当に素の感じで、バイト生の言う真意が分からないという表情をしている。

 柳戸にしてみたら、そんな話しをしている時くらい丼を置けと言いたいところだ。

「何かいい感じで距離詰めてんのかと思ってたんだけどな。彼女、目立つ方じゃないけど、まあ、それはお前も同じだが、気さくじゃん。他の野郎とかはアプローチしようにも、どっちかつうと話しかけづらいって言うか、話題に困るつうか、接点がないっつうか。その点、お前はいい感じでさ、コミュニケーションできてんじゃん。ある種マジックだよ」

「そう言われると、確かに燦空さんは男子とあんま話してないな」

 気にするポイントが、ここでも違うと言いたいが、気付いた点から誘導していくのも手だ。

「だろ。その点だけでもお前はアドバンテージだと思うが」

「最近話し始めただけだから、違和感あるんだろう」

「いや、まあそう言われると、そうなんだけどさ」

 やはり誘導は失敗だった。というより、本人が途半ばで放棄したようなものである。

「じゃ、ごちそうさん」

「ありがとうございました」

 まだまだツッコミたいことがあったのだが、食事を終え、立ち上がる客には、店員としての振る舞いを全うしなければならない柳戸だった。釈然としたい感じが、まだ何人か客のいる前で溜息となってしまい、後で店長に叱られることとなった。

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