第四章 ご縁もほろろ

第15話

 スキー合宿を今開催したら、絶好のコンディションだったろう。この一週間のズレが口惜しい。こういうことも豪雪県あるあるである。

 学校からの帰り道。曇ってはいるものの、ところどころ晴れ間がある。

 由亀と未果は連れ立って、あの神社に来ていた。柳戸や川岸にも声をかけたのだが、バイトやら何やらで二人だけで来ることになったのだ。

 というのも、翌日は節分。この神社では節分用の豆を小袋に入れ、「厄難掃除」と書かれたステッカーを添付し販売している。年中行事を重んじる瓜生家のお使いで由亀が立ち寄るので、未果も話しに乗った格好である。

 また、当神社ではこうした行事ともなれば、縁日よろしく出店が参道に沿って並ぶ。祭りのようにひしめき合っているわけでもないが、かといって、寡占状態というわけではない。

「なんで、ここにもいるんだよ」

 出店の一つ。由亀達のご当地の菓子・ぽっぽ焼き――黒糖を使った細長い蒸しパンと形容するとわかりやすいであろう――を販売する店。そこに、あふろでぃ~てを名乗る女がいた。ぽっぽ焼き十本入りの茶色の紙袋を抱えながら、一つ頬張っている。

「言っただろ。地上を堪能すると」

「本当にしてんだな」

 由亀にしてみれば、こうして散策を勝手にしていてくれれば、観察から解放されるのだが、実際には学校にも参上するものだから、心底邪魔だと思い始めていた。むろん、学校では他の生徒に見られないように気をつけているのか、由亀が一人になる時を狙って登場する。トイレに入ろうとした時とか、教室移動の時とか、昼食を購買に買いに行った時とか。そういう時にはあふろでぃ~ての探索機能がついてでもいるように、未果が現れるのであったが、このテンシともアクマとも知れない相手はその途端、そそくさと消え去ってしまう。

 由亀の前に現れていない時、もしかしたら、遠方から凝視でもしているのではと、背筋が震える気にもなったが、こうして遊びまわってくれている方が、安心は安心である。

「あとは、探しもんをな」

 言いながら由亀に体を傾ける。

「あなた! 群類の人じゃないでしょ。そんな人が何を探そうっているの!」

 由亀をあふろでぃ~ての間に手を突っ込んで、強引に引きはがそうとする。怪しい存在を邪険にする由亀に対して、その由亀の身を案じてというのが未果の言動になっているのだが、なぜ目の上のたんこぶと感じているのか、自覚はないようだ。

「それ、誰に訊いた?」

 由亀から身を起こして、少し神妙な目つきのあふろでぃ~てに続いて、

「てか、俺も気になる。なんで知ってんの?」

 由亀も興味を示すが、

「情報源は秘匿しなければなりません」

 強がるようにして、つき返した。

 この期間中、タテの邪魔をした時のことである。由亀はそのアクマから一つの話を聞いていた。未果がタテに一人で接触したということだ。タテがいなくなった後、即行で未果に電話をかけた。注意というより懇願した。危ないことはもうしないようにと。詳細は聞いていなかったが、まさかあふろでぃ~てのことを探っているとは由亀は夢にも思っていない。

「ま、いいか。どっちにしたって、ゆ~きの観察は変わらないからな。な、ゆ~き」

 再び軽妙に言いつつ、由亀の胸に軽くもたれかかりながら、袋から一本を取り出して、由亀の口へ運ぶ。

「瓜生君も! 何で正直に口開けて食べるの!」

「……燦空さん、声大きい」

 むせるのを我慢しつつ、半分ほどを飲み込んで、未果を静粛させようと、

「ほら、拝殿行こう」

 身をずらして、未果を拝殿へ進ませる。由亀が離れたため、軽くつんのめるあふろでぃ~ては、

「ほんと、人間は神頼みばっかりだな」

 辺りの参拝者をきょろきょろと眺めた。

 拝殿で柏手を打った後、隣の授与所で、節分用豆小袋を十袋購入する由亀と、とりあえずという感じで一袋購入する未果をおとなしく眺めていたあふろでぃ~ては、

「それは何だ?」

 鞄に頂き物を収めている高校生に尋ねた。

「はあ? どっちかつうと、お前らの方が詳しいじゃないのか? 本当の由来とか効果とか」

 と言いつつも、節分について詳細に語る由亀は、節分に関する歴史や由来、恵方巻きなどの最近の風俗傾向などといった高校生とは思えない知識を披露し、さすがにそちら系の家系であることが改めて、そばで聞いていた未果は感心してしまう。

「ほう。人にしては粋なことをしているのだなあ。が、鬼に敵役をさせるのは、奴らにもかわいそうだろ」

 鬼が何たるかを知っているような口ぶりだが、行事の本来の経緯が今は問題なのではなく、

「いい加減本当はなんて名前なんだよ」

 再三にわたり、あふろでぃ~ての素性とその名を探る。

「お前が名乗れないてことが、お前が何者かを執拗に探究することになることに気付いてないわけじゃないだろ」

「そうか、私のことがそんなに気にかかるのか?」

 由亀の頬に手をあてて、顔を身近に寄せてわざとらしく吐息をかける。

「そういうことを言ってんじゃねえ」

 力いっぱいに、あふろでぃ~てを剥がす。

「私はそういうことで構わんのだぞ。私の隅から隅まで余すところなく、調べてみるといい。ゆ~き」

 今度は指を滑らかに動かしながら、由亀の頬をなぞる。

「ちょっと!」

 参拝客が二度見るくらいに、発破した怒声に由亀も背筋が伸びる。

「日が沈まないうちから何変なこと言ってるんですか!」

 由亀の顔にあった手を引っ張って、由亀とあふろでぃ~ての間に割って入る。未果の眉尻はすっかり漢数字の八が逆立ちしてしまっている。

「なら、夜ならいいのか? 私は昼だろうが、夜だろうが、堪能するのにやぶさかではないぞ」

「やぶさかってください! もう要件は終わりましたから、私達帰るんです! あなたもどっか行ってください!」

「ゆ~きがお前を送った後で、私が送り狼になるつもりだが、それでも良いと?」

「ダメに決まってるでしょ!」

「も~う、なんなんだ。あれもダメこれもダメとわがままだな」

「あなたが自由気まますぎるんでしょ! それに瓜生君困っているじゃない。あなたは好き勝手できる身分かもしれないけど、瓜生君は人の世に生きているんです。あなたが目立つようなことすると、瓜生君が肩身の狭い思いをするでしょ!」

「人とて、街のどまんなかで接吻しまくるではないか?」

「そ……それとこれとは違います。そもそも瓜生君はまだ高校生なんです。街のど真ん中で、キ……キスなんてしたら、学校から注意されます」

「しかし、違法でもなければ、わいせつでもなかろう。なのに、何がよくないのだ?」

 服装がすでにわいせつへまっしぐらになっている女に言われたくはないだろう。

「とにかく! 瓜生君の邪魔はしないで! 今度牛丼おごってあげるから!」

 群類関係者なら牛丼で懐柔できると、未果が思い込むのも無理はない。前例が一人だけではないから。

「じゃあ、まあ今日は帰ってやるか」

 さすがに女子高生と一風変わった和服の女子が言い争っていたら、参拝者や出店のスタッフ、その出店を目的にやって来ている小学生や中学生の注目の的になっても仕方ない。そんな人の世のことを考慮に入れてくれたのか、その場で消えてしまうことはせず、拝殿を一度見やってから、小走りに遠ざかって行った。

「あの、燦空さん……」

「何?」

「あいつら別に牛丼が仕事料なわけじゃないから」

 一応、たどたどしくかつ不本意ではあるが、群類のフォローをしておく。誤解を解く。落ち着いてもらわないと。

「言ってみただけ! それよりあの人を追っ払う方法をきちんと考えた方がいいわよ!」

 恐い声色の提案には従うしかない。

「了解です」

 言いながら参道を歩いていると、

「珍しい」

 由亀が目ざとく、とある出店を見つけた。別にご機嫌取りをしようと思ったわけではない。

 カメ釣り。この寒空の下、ミドリカメの動きはほぼ不動である。冬眠云々とか時期が間違っているとは思うものの、色のついたヒヨコがいないならば、その代わりの出店に心沸き立つことを抑えることができず、見事釣り上げたのであった。

「ホント、珍しい柄の甲羅だね。花みたい。てか、瓜生君、飼うの?」

「あ……」

 言われて我に返る。由亀の家には池がある。そこには鯉が何匹かおり、そこにカメを放つことはおそらく家族に嫌がられるだろうし、自室に水槽を置いてまでも飼うかと聞かれたら、そもそも水槽を置くスペースが床以外にない。

「あ!」

 そこで閃いて、二人して向かったのは、

「で、なぜウチに来た?」

 神社の真向いの店。繭澄緑子が実に面倒くさそうにつぶやいた。

「まあ、茶でも飲むか?」

 店主はお茶の準備のため、奥に入っていく。

「そういや、あの女って、緑子さんみたいだな、性格っていうか、言動っていうか。あんなのが二人だと疲れてしょうがない」

「あ? 何が疲れるって?」

 思い付きを愚痴ってしまったが、由亀が予想していたよりもてっとり早く現れて耳ざといものだから、

「何でもありません」

 うなだれるしかない。緑子様の耳はロバの耳どころの騒ぎではないのだろう。

「金運アップになると思って、持って来たんです」

 境内での流れを見ていた未果しか由亀のフォローはできない。商売をしているなら、「金運アップ」の標語は効き目があるだろう。

「カメ? お前、ンなこと言うなら、由亀は三つもカメ持ってんだからさぞかし金持ちだろう?」

 姉御が何を言い出すのか、

「三つ?」

 男子高校生には不明。

「このミドリカメだろ、由亀の『亀』だろ、それと男子なら全員が持っている亀……」

「ワーッ! 何、燦空さんの前で言い出すの」

 すぐに何を言いたいのか察する男子高校生。

「それはこっちのセリフだ。何言ってんだ、亀頭だってれっきとした医学用語だぞ。何恥ずかしがってんだ」

「ほんとあちこちに緑子さんがいるみたいだな。こっちは本物だけども」

 一難去ってまた一難的な感覚に頭を抱える。未果は頭を傾け、話が分かってない様子で、

「おまじないかもしれませんけど、繁盛してほしいと思うんです。素敵なお店だから。緑子さん、カメ嫌いですか?」

 提案と説得を続けるしかない。

「いや。むしろ好物といった方がいいねえ」

「好物?」

 きっと緑子はスッポンと勘違いしているのだろうと、察するのだが、

「そうだな。未果に労われたら、引き取るしかないねえ。未果にはまだ亀は早いっつうか、十分に予習しといたほうがいいってとこだな」

「はあ……?」

 未果は、再び小首をかしげる。疑問は残るものの、とりあえず引き取ってもらえるのは確定にほっとはする。

「それより。なんか、未果。気が立ってんな。まだ由亀のを立たせられないからってさあ」

「私の気が立つのと、瓜生君の何が立たないの?」

 未果の様子が普通でないのを察したようだが、言い方がオブラートに包まれてない。糖衣のないこの薬はさぞかし飲みにくいだろう。それを存分に知っているから、

「いや、燦空さん。後者は切り捨てていいから」

 由亀は話しを終えようとするのだが、

「由亀。お前切っていいのか? そしたら……」

 そこさえも緑子には聞き逃せないらしい。

「あー! 燦空さんの話!」

「声でけえよ。おい、由亀。湯呑洗ってこい」

 勢いで制するしかないのだが、緑子に言われて店の奥に入っていく。結果としては、下ネタを終わらせたことになる。

 由亀を見送ってから、

「カメのお礼だ」

 店主は、レジの脇のケースの中から、領収書をかき分け見つけ出した長方形の用紙を未果に渡した。

「これ……」

 絵画展のチケットだった。まじまじと見つめ、摘む指先に力がこもった。

「私は見るよりも描かれるべきだからな。気分転換でもして来い。由亀が理由だか知らんが、せっかくの美人さんがイライラしてたら台無しだぞ」

「褒めてもらってうれしいですけど、緑子さんのような人を美人ていうんですよ。あの人もどっちかというと美人だし」

 心もちしょげている感じだった。

「あの人?」

「いえ、なんでもないです。でもいいんですか、もらっちゃって」

 思わずあふろでぃ~てのことが浮かぶ。慌てて否定して、今しがた渡されたシンプルな柄のチケットに話しを戻す。

「ああ、構わん。絵に興味があるかは知らんけど。なかったら、同級生とかにやってくれてもいいぞ」

「いえ、行きます!」

「ずいぶんうれしそうだな」

 未果が店に来て今日一番柔和な表情になったように、緑子には見えた。

「買おうと思ってたんです。駅のプレイガイドでもちらっと見てたんですが、その時は小腹がすいたり、おごったりで」

「由亀は、そんなことさせてんのか!」

 今度は緑子が柔和でなくなる一言を聞き逃さなかった。まだ湯呑を洗っている男子に喝を入れなければならない。

「いえ、瓜生君におごったわけじゃなくて……」

 さっきとは別件で未果があわてていると、

「怪しい取引してるんじゃないでしょうね」

 由亀が戻って来た。級友が体をバタつかせている様子から緑子が例なことをしでかしたのだろうと制しなければならない。未果に緑子へのツッコミ役は荷が重い。

「取引はしとらん。未果にチケットを渡しただけだ」

 緑子にはエチケットの方が必要だろう。予想外のフレーズに由亀もそのカタカナ語を半疑問でオウム返ししてしまう。

「これ……瓜生君て、もしかして絵とか見るの趣味? こないだ先生達の件の時、美術館の方見てたから」

 ためらいがちに未果が緑子からのチケットを見せる。きわめて一般的な絵チケット。「ボッティチェリ展」と印字されている。

「先生の件?」

 未果にしては不用意な一言に緑子は疑問をはさむ。今度は由亀が慌てて、

「何でもないです。まあ、良し悪しが分かるわけじゃないけど、何となくね、見てるのは。でも、緑子さん、見に行かなくていいですか?」

 誤魔化した上で、話しをすり替えるしかない。

「私は見られるよりも、描かれる方だと未果に説明していたところだ」

「また理由になっているんだか、なってないんだか」

「見に行きたいなら、とっとと行くんだな」

「じゃあ、ありがたくもらいます」

 良い感じにまとめられた。妙にウキウキしている未果。彼女の機嫌がなぜだか良くなったとほっとする由亀。

 その二人をあたたかなまなざしで見る緑子。

 改めて淹れられたお茶は熱さというより、ぬくもりを伝えてくれたようだった。

 カメも空気を読んでいるのか、微動だにすることはなかった。

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