第14話
二人は駅隣接のファミレスへ。未果はコーヒー、タテはクリームソーダを注文。この場所も当然未果持ちである。
「それで、私に話というのはなんだ? 下手をしたら、そなたの赤い糸を切る事態になりかねんのだぞ」
「それは、きっとできません。瓜生君がいるから。私のを切ったら、きっとタテさんは瓜生君と戦うことになります。そうすれば、きっと無事じゃすみません。そんなことをするような軽率な人だとは思いません」
「それはユウキを買い被っているだけと言えなくはないか?」
「信じてます。瓜生君は私の赤い糸を守ってくれると言ってくれましたから」
「過信にもほどがあるな。けれども、よかろう。聞きたいことは何か?」
「あふろでぃ~てっていう群類の人は知ってますか?」
「聞いたことのない名だな。というか、我々は人ではないのだが」
会話の合間々々でクリームソーダに浮かぶアイスを口に放り込んでいる。
「タテさん達の群類じゃなくて、カツさん達の群類かもしれません」
「それでも聞いたことはない」
「え? 敵のグループ、群類のこと知ってるんですか?」
「サンクウミカ、そなた部活に入ってはいないのか?」
「今は入ってません。中学の時はバレー部に入ってましたけど」
「それならば、対戦相手の中学のメンバーを知らないで、試合をするということはあるだろうか?」
「それは……」
「規模が違うとでも言いたいのであろう。それならば、そなたはたった一組の相手とのみ勝負をするのか? 何組もいるだろう、全国大会を視聴するだろう、全日本メンバーの決戦を観戦するだろう、オリンピックに、ワールドカップに視線を送るだろう。その各々の選手を知らないということがあろうか? そういうことだ」
地上のバレーボールの様相を地方の大会から全世界レベルまで知っているアクマ。質問をした女子高生が、
――暇なのかな
と思ったとしても無理はない。
「じゃあ、あふろでぃ~てっていう人は……」
「だから、人ではないと……。まあ、よい。どちらの群類にも属していない。ただ、愛を司る女神の名であることは確かだ。私はお目通りしたことはないがな。会ったのか、その名の者に」
「はい。なんか瓜生君も気になっているみたいで。普通の群類の人じゃないって」
「そうか。一言付け加えるならば、女神ご本人でないならば、群類には属していないが、関与している者が名を借りてという可能性ならある」
「関与? バレーボールでいえば、学外のコーチみたいな?」
「そういうことだ。群類は青天白日というわけではない。私や、そうだなカツが知らないこともあるだろう。その辺りの者ということだろうな。群類を取り仕切っている上層部ともなれば、なおさらだ。そのさらに上、その上、いくつもの階層があるからな。さっきの話しで言えば、女神の階層に私などが立ち入ることはない。御方が私達の場所まで行幸いただける際にはお目通りできることもあろうが」
未果は、タテと話しながら、由亀のことを思い浮かべていた。単なるクラスメートの男子というステータスから変化し、瓜生由亀個人を知るようになった。知らないことと知ること、気付くことと知らないこと、未果はどことなく思っていた。未知は思いのほか身近にあるのではないかと。実際、由亀が先日吐露したことがある。赤い糸を結ぶことと切ることができるようになったきっかけは先ほどまでいた牛丼屋で勤労に励む級友のそれだったと言う。不可抗力とはいえそれを勝手に結び、さらには切ってしまった。友人だからこそ言えるはずはないと、由亀が示していたのは単なる反省だけではなく、懺悔とか自戒とかを含んでいるように感じられた。由亀がテンシやアクマを「邪魔」する、それはこのことに起因しているのかもしれない。そんなことを未果は思ったのである。その話を聞くまでは柳戸郷のくっついた分かれたは女友達の間の恋バナの一つだった。
それにしても。人知の及ばない異世界の内情をつらつらと述べ過ぎではないだろうか。牛鮭定食でこれくらいのなら、すき焼き食べ放題にでもしたら、神々の不倫なんていうゴシップでさえ吐露しかねない。
「そういう人が直接出向いてきたって、何か裏があるんですか? 瓜生君を観察するとか言ってましたけど」
「知らんな。情報がないものを裏が有る無しで判断しかねる。しかし、ユウキを観察というのはありえないことではない。あいつの処置が議題に上がったからな。現在は現状維持にまとまったがな。放置と言い換えてもよかろう。結局ユウキは一人。あやつを避けて仕事をすれば済むだけのこと。無益な衝突を避けるためだろうな」
「瓜生君が邪魔だからですか?」
「邪魔だな。しかし、殺しはしない。どうせ、あいつから聞き及んでいるだろうが、人間の身で赤い糸を結ぶことと切ることの両方をできるなど、まさに希少種なことに変わりはない。例えば、クワガタとカブトムシしか取れなかった時に、ヘラクレスオオカブトを捕まえたら、手放しはしないだろう。その某かが言っていたように、観察をした結果、あいつの力の性質が分かれば、それは私達にも還元できることかもしれんしな」
「危ないことには変わりないってことか……」
「心配するな。あいつはそれなりに腕に覚えもある。そう易々はくたばらん」
「そういうのもありますけど」
「『そういうのも』か。てっきり私はこういう話ではないと思ったんだがな」
「はい?」
「恋敵の糸を切ってくれとでも言われると思ってな」
「コッ! 私、恋なんてしてません。それにそんなお願いは……しない……つもりです」
「そんな話なら断るつもりだったがな。そんな怨念で糸を切ることなど私の矜持に反するからな。話がこれまでなら、私は行くぞ」
縁切り公園での行為は、祈願者とタテの業務対象者が一致するのみだったはず。やはり、タテにはタテの考えの元で行動しているようだ。ならば、カツは? そして、あのあふろでぃ~てと名乗る者は? 浮かぶ疑問をタテにぶつけるのは不適当に、未果には思えた。
「はい……ありがとうございました」
「これだけの話なら今日の礼にそぐわない。何かあれば、協力しよう。もちろん私のできる範囲でだがな」
未果のこれまでの人間関係の中で、タテほど非常に律儀な人はいない(アクマだが)。真面目さが、格段に違っている。
終えて先に立つタテに習って、残りのコーヒーを空け、
「お願いします」
会計へ。
二人は外へ出た。
タテは雑踏にまみれ、そこに紛れたのではなく、すぐに消えた。それを目の当たりにしてから、ふうっと静かに白い息を吐いた。口の中が苦い気がした。きっとコーヒーだろうと思って、一歩出して、未果は頭を抱えた。もっと聞きたいことがあったのだ。川岸から見えた植物的な赤い糸のこと、そして柳戸にも彼の恋愛のいきさつを聞いてみたかったのだ。まったくの失念に自分自身が歯がゆかった。大きくため息をついて、のっそりと歩きだした。何とも言えない鼓動とともに。あふろでぃ~てなる存在に対して抱いている感情がどんなものなのかに、未果は釈然としないものを感じていた。
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