第13話
駅に着いて、由亀を見送ってから、バス乗り場へ行くつもりだったが、
「お腹空いた……」
未果は構内をふらいついた。たこ焼きやクレープのテナントの前を通る。喫茶店からかぐわしいコーヒーの香りが漂ってくる。
「うーん、少しお腹にたまるものがいいな」
ふらっと立ち寄ったのは、駅地下の牛丼屋だった。開店したばかりのため、新店オープンのクーポンがあったのだ。由亀と入って以降、実際に客として入るのは初めてだった。
そこには、
「あれ? 柳戸君。こっち……」
よく知った同級生が勤労していた。
「ヘルプで来てるんだ。俺、こう見えても優秀らしくて」
自己評価が不足なのか過分なのか判然としないが。
「えっと、アジフライはないですか」
お約束というか、本気というか、顔見知りの融通をきいてもらおうとしたというかの問いに、
「やっぱフライ系なんだね。こないだの店舗同様、揚げ物類扱ってないんだ。別の店舗ならあるから、今度そっち行ったら?」
店舗ごとにメニューに相違があることなど、チェーン店なら画一的と思っていた未果には新鮮な驚きとして、そんなもんかと易々と受け入れられた。
「そうですか」
小腹を満たすのにアジフライを注文しようとするあたり。
「燦空さんもアジフライ好きなん?」
「うん。……ん? 私『も』?」
「由亀もアジフライ好きだよ。こないだはフライ論争をしてたみたいだけど」
「ろ! んそうではないですよ」
「しっかし、高校生がアジフライ好きって渋いよね」
「そう? 他にもいっぱいいるでしょ?」
「かもしんないけど、少なくとも俺の周りでは由亀と燦空さんだけだよ。普通はトンカツだとかメンチカツとかだから」
店の奥から咳ばらいが聞こえた。店長だろう。それはそうだ。牛丼屋でスタッフと客がメニューにない商品がどうのこうのと話しているのだから、注意はするだろう。かといって多からず客のいる店内で叱責するわけにもいかない。
慌てて注文を取る店員。
並盛の牛丼を注文する女子高生。陳謝を込めて口の動きを「ごめん」で示す。同級生店員は「こちらこそ」の意を込めて軽く手を挙げて店奥に入った。
直後、
「あ」
見知った顔がもう一つ思いかけず入って来た。タテである。未果の真向かいに座ると、
「並一つ。それとみそ汁を」
カツといいタテといい、テンシもアクマも地上の味を堪能しているということなのかもしれない。ということは未果が知らないだけで、ファーストフードやファミレスのそこここに舌鼓をうつ異人がいるのかもしれない。
それよりもここでタテに会ったのはラッキーだ。由亀がしているように、未果も情報収集くらいはしたかった。それにうってつけの人物(アクマなんだが)が目の前に現れた。
カツだとやはりファーストインパクトのせいか身構えてしまうが、タテは女性の上、カツに比べれば恐ろしさはほとんどない。このアクマが真摯に応対してくれたせいだろう。だから、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
「あの!」
未果、立ち上がってアクマに声を投げ飛ばす。思いついたことがあるからだ。
「大盛りにしたら、私の話聞いてくれませんか?」
「私が、量で釣られるとでも思っているのか?」
「それなら、豚汁とサラダと焼き鮭とおしんこをつけるならどうですか?」
「乗ろう」
即答にもほどがある、テンシだけでなく、アクマも食の前ではチョロイのだろうか。
「良かった」
級友と男装女子の会話が否応なく耳に入ってきたのか、柳戸が、
「いや、それ牛鮭定食でいいだろ」
と、未果の前にどんぶりを置いて、メニュー変更を薦めた。
「最近、和風コスプレイヤーの友達の輪を増やしてんの? こないだの浴衣のヤンキーしかり」
小声になるのは致し方ない。
「まあちょっとね。じゃあ、さっきのメニューにしてあちらにお願い」
スタッフは客の注文通りに、そそくさと準備した。
タテの前にトレー狭しに並んだ皿やどんぶりやお椀が置かれた。
タテ、合掌後、十五分しっかりと噛んで食事終了。未果が支払いを済ませ、制服にコートを羽織った女子高生と、男物の和装な女子が店を出ていく。それを気にしない客はいないだろう。凝視しないまでも、ちら見している。
「たく、相性良いんだか、悪いんだか」
高校生店員は二人の食器を片づけながら、つぶやいた。
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