第三章 大層変縁系

第10話

 日本有数の豪雪地帯を誇る県にあって、温暖化の影響か降雪量が少ない年が時折あるが、一月に入れば公共交通機関が雪や暴風、あるいはその両方によって遅延または運休を強いられるのは例年通りである。

 そうした自然環境は、学校行事にも反映される。例えば、由亀達の学校のように。

 未果がテンシやアクマに会ってほどなく、一年生達が強制参加する学校行事が予定されていた。スキー合宿である。

 雪がある生活に慣れているとはいえ、スキーやスノボを県民全員ができるとは限らないし、由亀達が日常過ごしているのは、県の中心都市で膝まで降り積もったことが幼少期の記憶にわずかにあるだけで、テレビや雑誌、あるいは教科書に象徴的に載るような、背丈以上に積もることはないから、スキーをやった経験のない者もいる。だから、中にはこの行事を、マラソン大会や体育祭なんかよりも苦手にする生徒も、毎年何人か必ずいる。

 あの件以来、学校でも以前よりかはコミュニケーションをとるようになった由亀と未果は、そんな行事を、二人ともワクワクとは言わないまでも、それなりに楽しみだと、話題にしていた。未果は何度か親に連れて行ってもらったことがあると言い、由亀はスキー未経験だが、いつか行ってみたいと思っていたのでちょうどよかったらしい。その二人にスキーもスノボも大好きな柳戸郷が雄弁にその面白さを語るものだから、行事への期待もなおさら高まっていた。

 だったのだが、それが開催されることはなかった。スキー合宿の前々日に、爆弾低気圧が西高東低の気圧配置からバンジージャンプをしたかのような猛烈な吹雪をもたらした。由亀達の町でも交通網が完全に麻痺し、高校が午前の授業をあきらめ、昼まで登校できればよいとのお達しをするという緊急対応したが、クラスの三分の一が結局は欠席するくらいだった。由亀達が行く予定になっていたスキー場につながる道路が完全にアウトになった。一晩で五〇センチ以上の積雪の上に、何本かの大木が倒れ道を塞いでしまったのだ。

 二泊三日の予定が丸々空白となったため、スキー合宿予定日の一日目には通常授業が行われることになったのだが、三日目にあたる日になぜか実力テストが行われることになり、生徒達は当然大ブーイングしたものの、それが翻るわけもなく、この実力テストの成績が二月の学年末試験の成績にも考慮され、もし仮に学年末試験で赤点になっても、この実力テストが高得点であれば、結果として赤点から免れると教師から飴も提示された。それを快くした生徒もいたが、実力テストで高得点をとれるのであれば、学年末試験が赤点になるなどとはよほど手抜きか、体調不良によるものであろうから、それは朝三暮四な目くらましでしかなかった。

 緊急対策として、柳戸から勉強会の提案があり、由亀、未果、それに未果の友人・川岸めぐみも参加。四人の中で学校から最も近い、柳戸の家に上がり、小一時間ほど切磋琢磨した後のブレイク中に、スキー合宿もし開催されていたらの仮定を話していた時に、

「そういえば、胎内スキー場って、一度行ったことがあるなあ」

 ふいに思い出して、由亀が言った。

 由亀達が行く予定だったスキー場。それは県北に位置する胎内市のスキー場だった。

 と同時に、

「星空観測会っていうのが夏にあってさ」

 由亀が言う通り、スキー場になるくらいの場所は夏になれば、その高度故に星々が煌々と見える。スキーばかりに気が傾いていたが、それが中止になり、記憶を辿るようなことをしていたわけでもないが、未果と会話していた折、ふと今まで開いていなかったアルバムがめくれて、そこにあった写真を見つけたかのように、言ったのが先のセリフである。

「それ、いつだよ」

 バイト生にして、体育会系の割に数学だけはずば抜けて点数が良い柳戸は、入学以来妙に息の合う友人に訊く。

「確か……五年、いや四年の時だったかな」

 行ったことは思い出したが、それがいつなのかを明確には思い出せない模様の由亀。

「なんかのイベント? 流星群とか」

 ちゃきちゃきという形容以外に当てはまらない川岸めぐみ。中学時代はバレーボール部だったが、高校では入っていない。何度となく先輩がわざわざ教室まで勧誘に来るところを見れば、優秀な選手だったのだろう。現女子バレー部が人数不足ということはなく、それ以外に理由はないのだ。

「恋! 恋しなければならんでしょうが!」

 というのが、未果がいつぞやに訊いた、川岸が部活に入らない理由なのだが、まだ彼女には特定の相手はいない。雑誌やらで「今月の恋愛運最高潮!」「今月は残念」に一喜一憂。さらには入学以来、そこかしこと彼氏ができる周りに、

「外堀が埋まっていく」

 と、意味を誤用していたが、未果としては分からなくはなかった。

 かといって、告白をされたことがないかというと、そういうわけでもなく、未果の知っている限り二人から告白されている。別のクラスの男子と先輩から。しかも結構いい男系。

 しかし、いずれも

「食指が動かなかった」

 まるで肉食系のような発言だった。

「だって、告られたから、付き合うって、付き合ってみて違ったーとかだったら、相手に失礼ジャン」

 川岸の理想がただ単に高いだけのような気にもなった未果。昨年末、クラスでも地味目だった女子が付き合いだしたと知った時の二人の衝撃。

「もう冬休みデビューしちゃったのかな。あー、遅れをとった。今年は絶対、彼氏作るから!」

 そう高らかに新年早々に言い出した川岸に、静かながら激しく同意した未果。その未果がまずしたのが、あの神社への参拝となったのだ。

「そういえば、小学校の時に、何年か経ったらなんか流星群が来るからって、上級生が騒いでいたような」

「瓜生って、小学校の時からクールなん?」

 大ぴらに開けられた菓子袋の中から薄くスライスされ揚げられたポテトの何枚かを重ねて口に運んだ後、川岸からの質問。柳戸の想起に脈絡をつなげようという気はまるでないようだ。

「クール? 俺が??」

 言われた本人にはまるで自覚なし。

「クールか? 俺」

 しまいには隣の柳戸に訊く始末。

「クールっっつうぅかねぇ」

 川岸に負けないくらいにスライスポテトを重ねて頬張るから、言葉が不安定だ。

「淡白なんだよ。なんでも。草食系っつうか、光合成系なんだろ」

 それはそれで、プラスなのか、マイナスなのか甲乙つけがたい評価に反論を挟もうとすると、

「そうかな。瓜生君はけっこうアグレッシブだと思うけど」

 未果が代打を買って出た。

「「「アグレッシブ?」」」

 由亀本人までも、未果の評価に疑問符を提示する始末。四分の三の疑義に、

「あれ? なんか変なこと言った?」

 慌ててコーヒーブレイクに出された紅茶にミルクを注ぐ。ちなみにミルクは運ばれてすぐの時に注いである。焦りのせいで突飛な行動。

「それより。私も行ったことあるんだ。星空観測会。えっと、あ。私も四年生の時だったような。胎内市のスキー場で」

 未果も失念していたようだ。

「てーことは、由亀と燦空さんは小学校の時に会ってるってことか?」

運命ディスティニー! あれ? 運命って、反対に命運てするとなんかアウトっぽい印象になるね」

 盛り上がっている外野をさておき、由亀と未果は七年前が正解かどうかの答え合わせにあぐねていた。

 腕組みをして、目をつむり、頭を水差しの鳥のように何度か振る由亀、未果。

「由亀もこうなるだなあ」

「未果、おもしれ」

 外野は野次ならぬ好き勝手言っている。

 振り子が活動を止めた。しかも同時に。

「「八年経ったら流行るんや」」

 言った途端に、由亀も未果も声を上げて笑い出した。

「どこも面白くねえけど」

「呪文?」

 まったくついていけず、柳戸も川岸もきょとんとしたままだ。

「いや、観測会でレクチャーしてくれた人が言ってたんだけど、この似非関西弁だったなって思い出して。八年後、そうか来年か皆既日食あるんだって」

「流行るの『ハ』『ヤ』、文末の『ヤ』全部八年を印象付けて覚えさせようとして言い換えなんだろうなんて、今なら思えるけど。小学生に言うかな」

 現場にいたと言う二人が意味不明ながら爆笑しているのを、今になって聞かされる柳戸や川岸にはまったく外様状態である。

「しかし、由亀が……」

「未果って……」

「「こんな風にして笑うんだ」」

 柳戸や川岸にとって、友人の知らない一面を垣間見たのだった。


 ちなみに行われたテスト。英語と数学と化学と古文文法。この勉強会が功を奏したのかは、判断つきかねるが、四者四様に満足のいく結果となったようである。

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