第8話
「で、どこ行く?」
「どうでもいいが、邪魔すんなよ」
「それは状況による」
質問と答えがまるで合ってない。というよりも由亀もカツも言いたいことを言うだけで相手の話を聞く気などさらさらないようである。
牛丼屋を出てみれば、肌寒さに拍車をかける寒風。店内の暖房の後だからなおさら凍てついて感じられる。そんな気温にも身を縮こませることもせず進む浴衣に並ぶ由亀と、彼の半歩後ろからうかがうようについていく未果。
「だいたい、そこのおんなのことはいいのかよ」
「いい。燦空さんの赤い糸は俺が守る」
「そういうことじゃねえんだがな」
すたすたと歩く二人に口を挟まないようにして、由亀とのやり取りを見ていた未果。カツへの恐怖心は徐々に消えていっていたが、いつどこからショットガンがまた飛び出て来るか知れない。銃口が目の前に向けられる、あの怯えは思い出したくもない。
「それにたぶん、燦空さんはお前の業務を見てみたいようだからな」
言われて由亀の方を見れば、ちらと視線があった。見抜かれていた。
由亀は未果の意向を聞かずに、カツに同行する算段を整えていた。それはおかしなことだったと今さらながらに思い直していた。守ると言っていた未果を、狙っているまさにその追跡者と同行させるなど由亀らしくなかったのだ。しかし、それも喫茶店での話の延長線上にあるとなれば、ない筋ではなかった。むしろ、未果にとってはその日のうちに沸き立った興味が解決する格好の状況。
――あ、そうか
仮に未果一人でいる時にカツやタテに遭遇したとか、彼らのどちらかを見つけて追いかけて……という展開の方が由亀にとっては気がかりなのだろう。それよりは、由亀がいる分、危険性が段違いに低い。由亀がいるのだから、あえてそこで狙うということはあるまい。それをするくらいなら、あの空中庭園でテンシとアクマの二人が武器を引っ込めることなどしない。由亀とカツの力は拮抗、または争えばただでは済まないバランス、という話の裏付けとなったわけだ。
「瓜生君」
「どうした?」
名を呼ばれ、未果に視線を向けてみたが、言ったその本人はうつむいたままだった。
やはり、不安や恐怖、あるいはその両方がないまぜになって、今更ながらどうしていいのか、戸惑っているのかもしれない。そんな風に未果の心情を察してみたのだが、
「ごめん」
いきなり謝罪され、
「え? 何が?」
いったい何をさしてそう言っているのか、見当がつかない。
「いろいろとご迷惑をおかけして」
改めて神妙に言われるまでもない。迷惑とさえ思っていないから、
「気にしなくていいよ」
と言うのだが、
「それよ……」
続けて言おうとする由亀を邪魔するのは一人だった。
「タテ呼ぶぞ」
煙たそうな声色が吐かれる。
「おいおい、テンシがアクマを呼び付けるなんぞ、穏やかじゃないな。なんだ? 日本同様にそっちも談合とか癒着とかか?」
「ヴァあ?」
クラスメート女子への返答がままならないのに、テンシに対して皮肉ならガラポン抽選のティッシュよりも豊富に出て来る。直接的な口撃よりも、こういうねじれた言い方の方がカツの機嫌を損ねることも重々知り得ていたというのも理由だろうが。
「さんくうみか」
急に背筋を伸ばす未果。服装はさておきテンシに名を呼ばれたのである。身を正さないわけにはいかない。
「ハイ。ナンデショウカ」
緊張に返答が片言化する。
「ゆうきは、本当に面倒臭え奴だからな。それを踏まえて、皮肉なり嫌味なりを言えるようになった方が良いぜ」
言い方も内容もテンシのイメージらしくない。由亀の言いに慣れているのだろう。自分の気分を損ねるよりも、新参者に白羽の矢を射た方が返し技としても冴えると踏んだのだろう。
そんなミディウムとテンシの緊張状態についていけないけれども、一女子高生は、
「ワカリマシタ」
テンシには逆らえない。
「何もテンシが言うからって従うことはないからね、燦空さん」
「チッ」
人間の野次に舌打ちする姿は、本当にテンシらしくなかった。
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