第7話
「ここ……」
カツを追ってみたら、とある店の前になった。
由亀は眉をひそませていた。不思議そうにも、実に忌々しそうでもある。
「瓜生君」
心なしか未果の言葉にもためらいが含まれていた。
二人に意図せず、自動ドアが開き、
「入ろう」
未果は店内を覗き込むようにしてから、由亀にならって入った。
「いらっしゃいませ」
男性スタッフの声は実に闊達だ。
「あ?」
しかし、その丁重な言い方が一瞬にして、懐疑の色に変わる。
「何してんだ? 由亀」
喫茶店を出て徒歩五分強の、通りを二つ経た別のアーケード通りの入り口にある牛丼チェーン店で二人を出迎えたのは、クラスメートだった。
「と、燦空さん? スゲー組み合わせだな」
柳戸郷。さっき話題に上っていたその男子が大学生アルバイターやパートさんにまじって、まさにその牛丼店の制服を着ていた。由亀達の高校は申請して、許可が下りればバイトをすることはできた。夏休みに短期でなんてことは、未果の周りでは話しくらいが耳に届くことはあったが、こうして目の前で勤労に汗を流すクラスメートがいるというのは初めてだった。
「こ、こんにちは」
思わずの挨拶はぎこちない。
一方の由亀は店内をしきりに凝視している。未果もすぐに訝しくなる。カツを追って来たはずなのに、店内にはその姿がなかった。
「座れば。そこに立ってられてもな」
労働に勤しむ同級生の言うことは正しい。自動ドア付近にいつまでもいられたら、他のお客が入って来られない。空いている席に並んで座る。
「ここか。言ってたバイト先は。ま、いいや。エビフライ丼。卵とじで」
「だから、揚げ物類はねえって言ってるだろ。てか、本当に来るとはな。場所言ってなかったのにめぐり会うなんて、俺とお前の縁て」
「やめろ。気色悪い。てか、顧客ニーズに答えないのかよ」
「需要と供給の匙加減次第だ」
「カキフライはないですか?」
男子の戯言に負けじと割り込んでいくが、
「燦空さん、揚げ物類自体が元々ないから」
汗をかかんばかりに困り顔になった同級生店員にやんわりとたしなめられた。
「燦空さん、牡蠣食えるんだ?」
「うん、エビフライは苦手だけど。口の中、切っちゃうから。瓜生君は牡蠣苦手なんだ?」
「いや、牡蠣自体はギリ食べれるんだけど、カキフライのカリ→ベチャって食感がどうも」
「あのさ、お二人さん、どうでもいいけど、牛丼屋来てなんでさっきからフライの話になってんの」
「「いや、なんとなく……」」
牛丼屋スタッフの指摘に、微妙にしょげる二人だが、正気に戻ればそんなコントなどしている場合ではない。
「郷、聞きたいんだけど」
柳戸が両手にして二人の前に置こうとした氷入りのコップを制した。
「なんだよ。食いに来たんじゃねえのかよ」
「それは返答次第。季節感がアホになった浴衣姿の金髪男、来てないか?」
名前を言うよりも、カツの服装を言った方が分かりやすいだろう。
「おう。それならほれ、そこ」
柳戸が指した先、ちょうどその寒々しい格好の男がトイレから出て来た。
カツは鼻歌なんぞを漂わせていたが、
「ゲっ」
その陽気さも由亀と視線が合った瞬間に、げんなりした。
カツは、由亀と未果とはちょうど真向いになる席に座った。
そこへ
「牛丼並みです」
柳戸は平静に業務を行う。新たにちょうど入店してきた客へコップを持っていく。
タイミングよくクラスメートとの距離をとることができた由亀はどことなくほっとしたような表情を浮かべてから、本題の輩にきつく視線を送る。
「何やってんだよ」
問われた方は割り箸を割り、紅ショウガと一味唐辛子を軽くかけ、合掌。返答するのも惜しむようである。
「カツ」
「んだよ。飯くらいのんびり食わせろよ」
テンシの通常業務を邪魔する人間がこの期に及んでまで問いを反復してくる。ほとほと面倒くさそうだ。
「なら、お前の業務はのんびりになるってことでいいんだな」
「勝手なこと言ってんじゃねえよ」
カツはその風体に合わず、丼からかきこむことはせず、箸に少しずつ乗せ口に運ぶ。咀嚼が丁寧である。由亀への答えを間延びさせている、とも見なくはない。未果などは何をどう言ったらいいのか、落ち着きのない上半身の揺れである。
「お前、腹が減ってはやつか?」
つまりこの後、カツがその業務に向かうかを由亀は尋ねているのだが、
「……」
浴衣の男は無言で食を進ませる。
「郷。その客に味噌汁出してやってくれ。俺が支払う」
どうにも埒が明かない。となれば、このテンシが口を割るような策をとるしかない。
「まいど」
奥の調理場から瞬く間にカツの前に味噌汁のお椀を差し出す柳戸。
それを目で追う未果。こういう店には入ったことがないのか、昆虫が何種類もいる虫かごの中を注視する小学生のような目になっている。
「礼は言わんぞ。その代わり、飯の後は勝手にすればいい」
アツアツの味噌汁を堪能する悦とした表情と暖をとった息。敵の塩に、まんまと乗っかかる、牛丼を食うテンシ。
その光景さえも未果は相変わらず珍獣の食事を見るようにしていた。
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