第6話

 喫茶店を出た。男子と二人だけですでに二時間を待とうとしていたとは。その話しゆえに、これからどうするかなどは考えていなかった。新刊を買って家に帰る。それがこの日の未果の日程としていることだった。が、あの非現実だが、実在する濃密な話の後で、単にバスに乗って帰るというのは、この場所に高揚した気持ちを置き去りにしてしまうような気にもなった。さりとて、これ以上由亀といる理由はない。彼にも予定があるだろうし、自分の興味にこれ以上付き合わせてしまったことも気にならなくもない。それは白くなった息が消え、由亀はどうするのだろうと他人任せな言葉を待つための視線になって彼に向けられた。

 すると、彼は未果の視線には気付いていないようで、どこか違う方を見ていた。

「瓜生君?」

 思わず呼びかけた。発声と同時に漂い消える息の向こうから、由亀が視線を未果に向け直した。

「燦空さん、俺から離れないで」

 唐突に言われる、薄氷の気を帯びた言葉に、未果は戸惑った。何も返事ができない。

「カツがいた。後をつけるから、離れないで」

 耳元でささやかれ、未果はただ二度肯いただけだった。テンシの後を追う。彼に狙われている未果が先頭に立つことはない。

 ――なら、横に並ぶ? 

 いや、由亀は未果を守ると言った。ならば、彼の後ろをなぞるのがせめてものマナーというか心遣いだ。けれど、その距離感をどう保っていいか、未果はあぐねた。アーケードを抜け、六車線の大通りには多様な自動車が絶え間なく流れていく。人がごった返している歩道で、由亀にぶつかりそうなくらいに近づいたり、間に一人二人が割り込まれそうに離れたり、由亀との間隔をつかむのに四苦八苦して、ついには由亀のコートの腰の辺りをつまむしかなかった。

 さすがにコートの一部を後方に引っ張られる感覚があれば、由亀も一度それが何なのかに視線を送る。未果がためらいがちにうつむきながら早足で、片手では肩にかけたショルダーバッグを抑えつつ、もう片手で由亀のコートに触れているのを見れば、

「大丈夫」

 小声だが、カツを見つけた時とは違うがやはり張りのある断言だった。

 未果はただ一度小さく肯いた。

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