第3話

 アーケードを歩く。商店街には、古い喫茶店、古書店、陶器を売っている店もあれば、「しばらくの間休業します」の薄汚れた紙の張ってある銭湯、えらく現代的なモダンなマンション、専門学校、大衆演劇の演芸場などが、さらに通りには市出身の漫画家の作品に出てくるキャラクターのブロンズ像が並んでいる。

神社に来る前よりも粒の大きな雪が二人には落ちない。

 首を縮込ませて寒さを迷惑そうに早足で行く壮年達。はしゃいで走り去っていく小学生達だけが寒さを感じていないようだ。

 インパクト大の女性オーナーは、同じクラスでもたいして話しをしたことのない間柄には格好のネタとなり、その距離感を縮める。

「すごい人だったね。こないだ初めて行った時はきれいなお姐さんだと思ったのに」

「竹を割るどころか、粉砕してそうな性格でしょ。見てくれに騙されない方がいいよ」

「でも、緑子さんと話している時、瓜生君楽しそうだったね」

「楽しいかどうかはさておき、緑子さんの話はためになるんだよね、いろいろと。ただ、本筋からすぐ外れるから、軌道修正に疲れるけど」

 未果がウキウキしているのに対して、由亀はホトホトといった相槌をする。

「クラスとは違う男子の姿って新鮮。瓜生君もあんなにおっきな声出すだね」

「でかい声なら体育祭やスポーツ大会でも出してたよ」

「そうだね」

 身近な話題の和やかさで未果は一つ笑んでから、真顔になって

「あの……」

 ゆっくりとたどたどしくというよりも、恐る恐る由亀の顔を覗いた。

「あの二人のことは」

 遮られた。にこやかな表情がむしろそれ以上の立ち入りを拒否していた。まるで門番のようである。

「きっと大丈夫だから」

 力強い言葉と目に言い返す言葉がなかった。瓜生由亀という男子のクラスの中での存在位置を思い出してみた。

 クラスでリーダーになる者、悪目立ちする者、ただふざけている者、お調子者、クラスに馴染もうとしない者、物静かにいる者などなどとは違うタイプの男子。明るく、話しをする友人もいる、目立ちはしない、積極的に挙手をして発言はしない、クラスに非協力的という訳ではなく、体育祭やスポーツ大会なんかの決まったことには協力していた。

 これまで話したことは数度くらい。ぶつかって「ごめん」とか、学園祭の際に、「それ持って行かなきゃなんだよね。じゃあ俺が持って行くよ」とか。

 一言でまとめるなら、普通の男子だった。

 その普通だと思っていた男子は、どうやらただの普通ではなかったようだ。その普通でなさを聞きたいのだが、由亀が拒否しているのなら立ち入れない。未果には謝辞を述べることしかできなかった。

「今日はありがとう。じゃあ、バスに乗るから」

 非日常が、アーケードと共に終わる。

 由亀と未果は携帯電話の番号とメールアドレス、LINEIDの交換をした。同じクラスでも、そうそう親しくなければ、一年近く経とうがそれを知ることはない。そう会話を積んだりしたわけではないが、強烈な邂逅が瞬間的に二人の距離を縮めていた。

「もしあいつらからちょっかい出されたら連絡して。たぶん今日みたいなバカなことするやつらじゃないけど」

「うん」

 未果がバスに乗り、それが発車するのを見送ってから、由亀はおもむろに空を見上げた。鈍色の雲が乱反射していた。頬に一粒の雪が溶けた。

「ゆうき」

 その声に、由亀は眉間にしわを寄せて顔を空から外した。

「つけてたのか?」

 彼の背後には浴衣姿の男が立っていた。カツである。

「たまたまだ。これから腹ごなしでもしようかと思ってな」

 袖に手を突っ込んだまま話しを続けている。

「燦空さん、狙うなよ」

「お前がいるところではな」

「てか、赤い糸出てねえのに、何で追い駆けてた?」

「あの子が……いや、これもたまたまだ」

「なら、余計なことするじゃねえぞ」

「タテじゃねえが、人間は身の程を弁えた方がいい。縁無き衆生は度し難し。お前はさすがに衆生じゃねえだろ」

 聞いて、由亀は腰部に凸な圧を感じた。カツは未果の前でショットガンを構えていた。それがカツの武器である。ならば、由亀が感じているのはその銃口ということになる。

「身の程を弁えて邪魔してるだけだ」

「減らず口が。お前でも最近の、いやせいぜい困り果てろ」

 感触が抜ける。振り返れば、カツは手を鉄砲の形にしていた。

「恐ろしくベタなことを」

 安堵半分、あきれ半分の由亀に、

「ビビったろ、さっきの仕返しだ」

 カツは快活に笑んでいた。本当にうっとうしい輩に小さからぬ反抗ができて心持がいいのだろう。

「とっとと腹ごしらえに行け」

 カツは「そんなこと人間に言われんでも」と言わんばかりに軽妙な草履の擦り音を鳴らした。

「で、お前。あれに惚れてんのか?」

 二歩ほど進んで振り向きがてらにカツが訊いてきた。

「何だよ、藪から棒に。彼女はクラスメートだ。それに見えるだろ、俺の赤い糸。……ん? もしかして……」

 由亀に意味深な表情を見せてから、

「違えよ。赤い糸はお前からは出てねえ。さぞかしがっかりしてろ、バーカ」

 吐き捨てるように言って、さぞかしおちょくったのを満喫した様子でとっとと行ってしまった。

「お前みたいのが結ぼうとしてるから、邪魔してるってのが分かんねえのか、あいつは。てか、最近て、何言いかけたんだ? ま、いっか」

 嘆くようにつぶやいて、由亀は早い夕刻の雑踏の慌しさにまぎれて行った。

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