彼氏の浮気相手がメチャクチャ可愛い女の子だった話

tama

第1話

『瑠香の言う通りあれはクロだわ』


 それは友達からのLIMEのメッセージだった。続けて今取ったであろう写真が何枚も届いた。


 その写真には私の彼氏と女の子が2人で仲良く手を繋いで歩いている場面が映し出されていた。相手の顔は彼氏の腕に隠れて見えないけど、でも彼氏の幸せそうな顔を見たらこんなの誰だってわかる。どう見ても浮気してるじゃん。


「……ふ、ふふ……」


 私はその衝撃の事実を知ってしまいショックのあまり顔を手で覆ったが……思わず笑みをこぼしてしまった。


(ふふ、面白くなってきたなってきたじゃない……アイツの方から私に告白してきといて浮気だなんてさ……殺されても文句は言えないよね……?)


「さて、どうしてやろうかなぁ……?」


 私こと九条瑠香の怒りのボルテージは最大級にまで達していた。あまりにも怒りすぎると人は笑顔になると、昔テレビか何かで見たことがあったけど、まさにその通りだった。


 今現在、私は満面の笑みを浮かべながら浮気男の事をどうやってボコボコにしてやろうかで頭が一杯になっていた。


◇◇◇◇


 私の名前は九条瑠香。高校二年の女子高生だ。


 子供の頃から地元の空手道場に通っており、学校の部活も空手部に所属している。ヘアスタイルは黒髪のショートヘアで、身長は150センチ後半で体型は細身な方だけど筋肉質だから若干ゴツゴツとしている。


 私は女の子っぽくない身体つきは結構なコンプレックスになっていた。本当はもっと可愛らしい女の子らしい服とか着たりしたいんだけど……でも自分では似合わないのは知ってるのでそういうのは諦めていた。


 でもそんな私には最近付き合いだした同い年の彼氏がいる。最近付き合いだしたといっても、その彼氏とは幼馴染の関係なので、付き合い自体はだいぶ長い。


  私と彼氏は幼少の頃に一緒の空手道場に通っていていて、そこから次第に仲良くなっていったんだ。まぁアイツはもうとっくの昔に空手は辞めちゃったのだけど。


 そして子供の頃のアイツは素直で人懐っこく、いつも私の後ろをべったりとついてくるようなちょっと可愛い感じの男の子だった。だから小学生の頃はほぼ毎日アイツと一緒に行動していた。


 まぁ毎日一緒に行動してるとちょっとメンドクサイなって思う時もあったけど……でも子供の頃からアイツは私に好意的な感情を持ってくれていたし、私としても好意的に思ってくれるのは嬉しかったから、それからもずっと幼馴染の関係性として遊んだりしてきていた。


 そして私達が高校生になったタイミングで、改めてアイツは私に告白してきた。私としては別に断る理由はなかったけど、でも私達はまだ高校生だから卒業するまでは不純異性交友はしないという事を条件にして彼女になる事を受け入れた。


 アイツと付き合って最初の数ヶ月はとても楽しく過ごせていたと思う。


 でもそれそれからすぐに私達の関係はおかしくなっていった。アイツは彼女には何をしても良いと勘違いしているようで、私に対してどんどんと傍若無人な態度を取るようになっていった。


 金無いからお金貸して、飯がないからご飯作って、めんどいから今日のデート中止で……などなど、まぁとにかくアイツの言動が色々と酷くなっていった。


 それにこちらが連絡をしても既読スルーも多くなっていったし、どうやら私の事を召使いか何かと勘違いし始めたようだった。流石に温厚な私でも段々とイライラしだしたんだけど……でもついに私をブチ切れさせる事件が起きた。


「ははっ、お前の腹めっちゃ割れててウケる。筋肉やばすぎだろ。男みたいだなw」


―― ブチッ


 その日、アイツは金欠だから飯を作って欲しいと言ってきたので、私はいつも通り彼氏の家に行ってご飯を作り始めたんだけど……でもその時、唐突に彼氏は私のお腹を触りながらそんな事を言ってきたのだ。


 彼女である私のお腹を突然触るのはまだ百歩譲って許せるけど……でもそれは笑いながら言うべきセリフでは決してないだろ。


(……こいつは一体何を言ってるんだ?)


 一瞬で私は真顔になった。


 私が幼少の頃からずっと空手やってきてるの知ってるだろ、馬鹿かコイツは? だから私が筋肉質な身体をしてるなんて当たり前だろ。ってかもうすぐ空手の全国大会もあるのに何私の腹見てわろてんねん、ブチ殺すぞ?


「お前の体いつどこ触ってもゴツゴツすぎてヤバイよな、あはは、まるで岩だよ。それに胸もスカスカで触り心地も悪いしもっと女の子らしい身体になってくれよなぁw」


―― ブチブチッ


「……ふっ、ふふ、ふふふふ」


 それで私は完全にキレた。いやブチギレた。


「え? あ」


 彼氏は私のブチギれた顔を見るのが初めてだったようで、恐怖のあまり一瞬で顔を歪めていった。


 でもそんな顔をされてももう遅い、私はもう止まらない。


―― ドスンッ!


 私は彼氏の腹めがけて正拳突きを食らわしてやった。いやもちろん威力は相当抑えてあげたけど。


「ガハッ……!?」


 彼氏は私の一撃を綺麗に貰ってそのまま膝から崩れ落ち……そのまましばらくは床をのたうち回っていた。


「……ふふ、良かったねぇ? お腹に穴が空かないでさぁ……??」

「……ぐっ……はっ……っ!」


 私は彼氏がのたうち回っている様子を見てその日の怒りは沈める事が出来た。いや許しては一切いないのだけど。


 そしてその日以降、彼氏は私の事をあからさまに避けるようになった。私としては謝罪の一言でもあれば許すつもりではいたんだけど……でもアイツが謝罪に来る事は無かった。


 そしてそんな大喧嘩から2ヵ月程が経ったある日、私の友達から衝撃の言葉を貰った。


「あ、あのさ、前の休みにさ……瑠香の旦那が違う女の子と二人きりで出かけてるの見ちゃったんだけど……」


―― ピキッ……


「しかもその子と仲良さげに手とか繋いでたんだけど……」


―― ピキピキッ!


「ひ、ひぇっ……!?」


 私のキレた顔を見て友達は悲鳴のような声を上げた。おっといけない、友達を怖がらせるのはよくないね、まずは落ち着こう。


(でもそっかぁ、なるほどなぁ……どうりで様子がおかしいわけだよねぇ……ふふ、ふふふ……)


 私はすぐにスマホを取り出しLIMEを開いた。


 そしてそこから学校の友達、部活の先輩後輩、空手道場に通う道場生などなど、アイツと私の関係を知っている人達に連絡を取った。


『カスが浮気してる可能性アリ。もし街中でカスを見かけたら私に連絡ください、お願いします』


 私と交流がある人なら、私がアイツと付き合ってる事は知っている。だってアイツは事あるごとに私と付き合っていると、あちこちに言いふらしていたから。


 だから私はその人脈を利用して、人海戦術でアイツの浮気調査を行う事にした。連絡をした人達は皆、アイツよりも私の事を信頼してくれているのでとても協力的だった。


◇◇◇◇


 数日後の土曜日。


『瑠香の言う通りあれはクロだわ』


 そんなメッセージと一緒にとある写真が送られてきた。アイツが女の子と手を繋ぎながら歩いている写真だった。


「……ふ、ふふ……」


 一緒に写っている女の子の顔はアイツの腕で隠れて見えないけど、きっと私なんかとは違ってとても可愛らしい女の子なんでしょうねぇ……って、あれ?


「いやこれ、私達の地元じゃん」


 送られてきた写真をよく見ると……それは私の家の最寄り駅の写真だった。私は急いでメッセージを送ってくれた友達に返信を飛ばした。


『ありがとう。今からそっち行くからカス野郎を見張っといてくれない?』

『了解。待ってるね』


 友達から了解というメッセージを確認した後、私は頭に上った血を下げるためにも一旦深呼吸をし始めた。


―― すーはー、すーはー……


 よし、これで頭に上った血はだいぶ下がった。頭の中もスッキリしてきたし、私のやるべき事も明確にわかった。


 うん、やっぱり怒りに身を委ねるのは良くない事だね。一度冷静に判断出来るようになるまで時間を置く事の大切さを知る事が出来た。ということで……


「よし、殺すか」


 ということで私はこの状況を冷静に判断した上でこれからやる事を決めた。アイツを殺す。ただそれだけだ。


◇◇◇◇


 アイツにバレて逃げられたらメンドクサイので、一応バレない程度の変装として帽子とメガネを装着してから家を出た。


「ずっと見張ってもらっててごめん」

「ううん、大丈夫」


 ということで家から出て数十分後、私はLIMEのメッセージを飛ばしてくれた友達と合流した。


 彼氏と浮気相手は公園のベンチに座っている所だった。なので私達はバレないように遠くの木陰から覗いていた。


「せっかくだしこれ使う? 面白そうだったからさっき買ってきちゃった」


 そう言って友達は双眼鏡を私に手渡してきた。


「準備が良いわね。ありがたく使わさせてもらうわ」

「うん、どうぞどうぞ」


 せっかくだから浮気相手の顔を拝んでみようと思い、私は双眼鏡を使ってその女の子の顔を見てみた。すると……


「えっ!?」

「え? ど、どうしたの?」


 私は思わずビックリとしてしまった。だ、だってその女の子……


「い、いや、めっちゃ可愛すぎないっ!?」


 だってその女の子……めっちゃ可愛かったんだもん。


 おそらく可愛い子なんだろうとは思っていたんだけど、でも想像以上に可愛らしかった。小さめの身長にゆるふわヘアでついつい抱きしめたくなるような甘い顔。そして服装は可愛らしいワンピースで、チラっと見えるその女の子の生足に私はドキっとしてしまった。


「ふ、ふふ、あのカス野郎、羨ましい事してるじゃん……」

「る、るか……?」


 そして私はそんな彼女の姿を見て何故かわからないけどドキドキが止まらなくなっていた。


 いやなんというかその……あの女の子は私にとって理想としている完璧な女の子像そのものであった。私みたいなゴツゴツとした男っぽい身体つきなんかとは比べるまでもなく、綺麗でとても愛らしい身体つきだった。


(あ、あんなに可愛い子がアイツなんかと……?)


 いやいやそんな冗談はやめてほしい。あんなに可愛い子にカス野郎なんて勿体なすぎるって。


 あの子には絶対にもっと良い男の子がいるはずだから。だから私があのカス野郎の魔の手から救ってあげなきゃ……


(いやでもさ、もし既にあの子とカスは体の関係まで進んでいたとしたら……?)


 うん、その時はカス野郎を殺そう。惨たらしく殺そう。あぁなるほど、私が子供の頃から体を鍛えてた理由は今日この時のためだったのか……なんて事を思いながら友達と一緒に監視を続けていった。


 するとしばらくしてから、アイツは女の子の手を掴んで立ち上がった。どうやら公園から移動するようだ。


「あれ、裏路地の方に行くっぽいね? って、いや待って……あっち方面って確か……」

「うん、あっちはラブホ街だね」

「だ、だよね……」


 友達は私の事を心配そうに見つめてきたけど、でも私の心は晴れ晴れとしていた。私はニヤっと笑みを浮かべて手をゴキっと鳴らしながら、カス野郎とその女の子の後をついていった。


 すると案の定、アイツは女の子の手を掴んだまま路地裏を進んでいき……そしてラブホの前で止まった。


「どうする、瑠香。ここらで止める?」

「いや、もう少しだけ待とう。今出て行ってもラブホ前に居ただけだってはぐらかされる」


 最近のアイツの言動から、ここで飛び出ても確実に言い訳してはぐらかしてくるはずだ。だからしっかりとラブホのドアに入ろうとした瞬間を狙おうと考えていた。


「了解、それじゃあもう少しだけ様子見を……って、あれ? な、なんかおかしくない?」


 友達がそういってアイツと女の子の方を指さしてきたので、私もそちらの方に視線を向けた。


「……確かに。すぐにラブホに入るのかと思ったのに……止まったままで全然入ろうとしないね」

「う、うん。それにさ……なんだか、女の子嫌がってない?」

「うん。私にもそう見える」


 アイツは女の子の手を掴んでホテルの中に入ろうとしているのだが、女の子の方が抵抗しているように見えた。それに何か言い争いをしているようにも見えた。私は二人が何を喋っているのかが気になったので、こっそりと聞き耳を立ててみた。


……

……


「……放してください、私はもう帰ります」

「えー、なんでー? ただ休むだけだよ?」

「い、いや、付き合ってもいない人とこんな所には入れませんよ!」

「あははー、姫ちゃんは奥手だよねぇ。今時さ、付き合ってるとか付き合ってないとか、そんな事を気にするなんて人いないよ? それにお互いに好きあってるんだからそれでいいじゃん? ほら、こんな所で止まってると変な風に見られちゃうよ? だから早く入ろうよー」

「い、嫌です……は、離してください……!」

「あはは、いいじゃん別にさぁ、ほら早く入ろうよー」


……

……


「あーあ、ありゃあ駄目だね」

「うん、駄目だわ」


 どうやらあのカス野郎は女の子の手を引っ張って無理矢理ホテルに連れ込もうとしていたわけだ。


 でも女の子は頑なにそれを拒んで必死に抵抗していた。流石にそんな酷い光景を見てしまったらもう我慢なんて出来なかった。


「……どうするの?」

「どうするって……ふふ、わかるでしょう?」


 私は友達に向かって満面の笑みを浮かべてそう答えた。もちろん嬉しくて笑っている訳ではない。本気で激怒していた。


「本当に殺さないでよ」

「善処する」


 私は友達にそう言って、ゆっくりとアイツの元へと近づいていった。そして……

―― ぽんぽんっ……


 私はアイツの後ろにまで辿り着いて、そしてそのまま肩をぽんぽんと優しく手で叩いてあげた。


「あっ!? なんだ……よ?」

「ふふ、どうもこんにちはー……ふふ、何だか楽しそうな事やってるねぇ……?」

「え……えっ? げ、げっ!? る、るか――」


―― ビュンッ……!!


 肩を叩いてきた相手が彼女である私だと認識したその瞬間……私はアイツの顔面に当たるギリギリを狙って渾身のストレートパンチを放った。


「……ふふ、良かったねぇ……顔潰れないでさぁ……?」

「あ、あばばばばばばっ!?」


 恐怖心からかアイツはそのまま地面へ膝から崩れ落ちていった。私も一緒にしゃがみこんで、倒れ込んだカス野郎にだけ聞こえるように小さく耳打ちをした。


「わかってると思うけど今日で別れるから。それと他にも話があるから明日絶対に学校に来なよ? もし来なかったら……ふふ、わかるよねぇ?」


 私がそう言って手をゴキっと鳴らすと、カス野郎は全力で頭を縦にぶんぶんと振り出した。これで当初の目的は果たせた。後で手伝ってくれた友達全員にLIMEで報告しておこう。


 もうこれでこのカス野郎に用は無いので、私はそのまま隣でへたり込んでしまっている女の子に手を差し伸べた。きっと怖い思いをしただろうから、私はなるべく優しい声でその子に喋りかけた。


「大丈夫? 立てる? はい、私の手掴んじゃっていいからね」

「あ、は、はい。すいません……」


―― ぎゅっ……


 女の子は私の手を掴んで立ち上がった。手を握った感触はとても柔らかかった。ゴツゴツな私の手とは大違いだ。


 立ち上がった女の子の姿をもう一度よく見てみる。やっぱり近くで見ると本当にとても可愛らしい女の子だった。そしてさっきから私の心臓はドキドキと高鳴り続けている。


「ど、どうかしましたか……?」

「えっ!? あ、ご、ごめんなさい、なんでもないの」


 私はその女の子の顔をじっと眺めていたため、女の子は不安そうな顔をしながら私の事を見つめてきていた。


「と、とりあえずここから移動しましょう。駅前でいいかしら?」

「は、はい……」


 ここはラブホ街だし女の子がこんな所に入り浸っているのはマズイよね。


 ということで私はその女の子の手を握りしめたまま、駅前までへと連れていってあげた。地面に横たわっているカス野郎の事はそのまま無視しといた。


◇◇◇◇


 駅前まではすぐに到着する事が出来た。私は握りしめていた女の子の手から一旦手を離して、もう一度女の子に喋りかけた。


「駄目よ、あんなゴミカスクソ野郎についてっちゃ。そもそも嫌がってる女の子をホテルに連れ込もうとする時点で犯罪だからね」

「は、はい……そ、その、すいません……」

「え? あ、あぁいや、別に貴方を責めてるわけじゃないのよ。悪いのは全部アイツだから」


 私がそう言うと女の子は悲しそうな表情をしながら謝ってきた。別に私は怒ってるわけじゃないのだけど、もしかしたら威圧的に感じさせてしまったのかもしれない。


「あ、そういえばあのカス……じゃなかった。あの男は貴女の彼氏なの?」

「え? あ、い、いや違います! あの人は中学の頃の先輩で、昔から趣味とか好きな話が合うので時々こうやって一緒に遊んだりとかはしてたんですけど……」

「へぇ? そうなんだ」


 それは初耳だ。確かにアイツとは中学は別々だったから、その頃のアイツの交友関係なんて全然知らなかった。


「でも何だか最近の先輩、ちょっとおかしくて。唐突に私に可愛いとか好きになっちゃいそうとか、君の彼氏になりたいみたいな事を数日前から言うようになって……」

「は、はぁ? アイツが?」

「は、はい。それで私、男の人に可愛いとか好きって言われたの初めてだったからちょっと嬉しかったんですけど……でも別に先輩から告白とかしてくる素振りもないからただの冗談なんだろうなって思ってたんです」

「う、うん……」


 アイツ……もしかしてこんな可愛い女の子をキープしようとしてたってことか? アイツほんま……


「それで、今日会いたいって連絡がいきなり来たので、私は先輩に会いに行きました。最初はいつも通りご飯食べて普通にいつも通りな感じで過ごしてたんです。で、でも……」

「でも?」

「で、でも……途中でちょっと休まない? って言われて……裏路地のホテル前に連れていかれたんです」


 女の子の話を聞いていて私もどんどんと悲しい気持ちになっていたのだけど、そんな事よりもあのカス野郎への怒りゲージの方が無限に溜まっていっていた。


「そ、それで、その時になってようやく気が付いたんです……先輩が急に私の事を可愛いとか好きになったとか言ってきたのは本心ではなくて……ただ私の身体が目当てだったんだってわかって……それで……ぐすっ……うぅ……」


 そこまで言うと、女の子は涙を流しながらも喋り続けて来た。


「ぐす……そ、それで、あぁ……この人は私の身体目当てなんだなってわかって……ぐすっ……そ、それで逃げだしたかったんですけど、腕を掴まれてて逃げれなくて……な、何だか怖くなって座り込んじゃって……そしたら……」

「そしたら?」

「そしたら……あ、あの……アナタが助けに来てくれたんです。だ、だから……ひっぐ……本当にありがとうございました……ぐす……」

「あぁ、いや、全然、私は別に何もしてないから」

「そ、そんな事は無いです……!私、本当に何も出来なくて……ひっぐ……本当に……ぐす……ありがとうございました……」

「も、もういいからさ……ほら、これ使って」

「あ、ありがとうございます……」


 私はそう言って女の子にハンカチを手渡した。女の子はそのハンカチを受け取って、涙を拭い始めた。


(可哀そうに……)


 この子は本当にとても可愛らしい女の子だ。それに今の話を聞いていただけでも何となくわかるんだけど……この子はとても素直で優しい女の子のようだ。


 あぁ、これは確かにあのカス野郎が好きになる理由もわかるわ……って、いや本当はわかりたくないんだけど!


 でも、だからこそ、この子には泣き顔は似合わないと思う。この子には常に笑っていて欲しいなと……私は本心からそう思った。


(あんな奴のせいで……)


 やっぱりこの子はあんなカス野郎なんかには勿体ない。そもそも女の子を泣かせる時点でアイツは駄目だ。この子の事を大切にしてくれる素敵な男の子は必ず他にいるはずだ。


(はぁ……私だったら絶対に悲しませる事も、それに泣かせるような事も絶対にしないのに……ん?)


 その時、私は衝撃的な閃きを得た。この子には他に素敵な人がいるだって? いやそうじゃないだろ!


「……ねぇ、私の名前は九条瑠香というのだけど、アナタの名前は何て言うのかしら?」

「え? えぇっと、椎名……姫子と言います」

「椎名姫子さんね。それじゃあ早速だけど椎名さん。あんなカス……じゃなかった、あんな男の事なんて忘れてさ……私とお付き合いしない?」

「えっ!? お、お付き合い!?」


 椎名さんはビックリしたような声を上げた。


「あ、もしかしてあの男にまだ未練があるの?」

「い、いえ! そ、そういう事ではなくて……あ、あの、九条さんって女の方ですよね?」

「えぇ、もちろん。17年間女子をやらしてもらっているわ」

「で、ですよね? あ、あの、私も女子なんですけど……?」

「そんな事関係無いわ。だって……私はアナタに一目惚れしてしまったのだから」

「え……ええええええ!?」


 椎名さんはあまりにもビックリしたようで、大きな声をあげた。


「そんなに意外? それとも女子は恋愛の対象外?」

「い、いや、そ、そういうわけではなくてですね……い、いや、なんといいますか、その……唐突過ぎてビックリしたといいますか……」

「しょうがないじゃない。だって私、一目惚れをしたのはこれが初めてだし、恋の駆け引きなんて上級な事も出来ないから……私は直球で攻める事しか出来ないの」


 恋愛経験が乏しい私にはこんな直球勝負しか出来ないのが悲しいけど仕方ない。私はそのまま椎名さんに向かって直球勝負で優しく喋りかけていった。


「それに、私はこう見えても好きな人には一途だし家庭的で献身的な女なのよ? 連絡はこまめにするし、デートも沢山するし、いつでもアナタの好きな料理を作ってあげるわ。貴女が来てって言うのであればいつでも迎えに行くし……あぁ、それと……」

「そ、それと……?」


 私は椎名さんの顔に近づいて、そっと涙を拭ってあげた。


「私なら絶対にアナタを泣かせるような事はしないわ……絶対にね」

「あ……」


 私がそう言うと椎名さんはほんの少しだけ顔を赤くした。


「ふふ、どうかしら? 自分で言うのもアレだけど、私って結構最良物件だと思うのだけど?」

「え、えっと……そ、その……」


 私がそう言うと、椎名さんは腕を組みながらもの凄く悩みだした。でも真剣に考えてくれているようで私としてはとても嬉しかった。


「そ、それじゃあ……まずはお友達から始めませんか?」

「お友達?」

「は、はい。だ、だって私……まだ九条さんの事を何も知らないですし、まずはお友達として、九条さんの事を知れたらなって思うんですけど……ど、どうでしょうか……?」


 そういうと椎名さんは上目遣いをしながら私の顔をじっと見てきた。


―― ドキッ!

いやもう駄目だ、この子何をしても可愛すぎるって! 昔から“恋は落ちた方が負け”なんて言葉があるけど、まさにその通りだと私は思った。


「……そうね、確かに少し急すぎたわね。 それじゃあ、まずはお友達からお願いしてもいいかしら?」

「は、はい! それでお願いします!」


 私はあくまでも冷静な顔で椎名さんにそう告げた。内心はとても残念な気持ちになってはいたけど、でも友達になれただけでも十分良しとしよう。これから仲良くなっていければいいしね。


「それじゃあ早速だけど……良かったら少しお茶でもしない? 私も椎名さんの事を色々と教えてほしいの」

「あ、は、はい! 私もその……九条さんの事を教えて頂きたいです」


 顔を真っ赤にしている彼女の顔もやっぱりとても可愛らしかった。もうどんな顔をされても私は可愛いとしか言えないのかもしれない。


「それじゃあ行きましょうか」

「は、はい!」


 そう言って私は椎名さんと一緒に近くのカフェへと向かって行った。


◇◇◇◇


 そしてそれから数時間後。


「今日は本当にありがとうございました」

「こちらこそありがとう、とても楽しかったわ」


 椎名さんとカフェでお茶を楽しんだ後は今日はこのまま解散する事となり、私達は駅の改札前に来ていた。


「私も楽しかったです。それじゃあ帰ったらまた連絡しますね」

「えぇ、楽しみにしているわ。それじゃあまた会いましょうね」

「はい、私も楽しみにしています。それでは失礼します」


 そう言って椎名さんは駅の改札口へと入って行った。 私は彼女の背中を見えなくなるまで椎名さんの事を見送りを続けた。


「……ふぅ」


 椎名さんが見えなくなったタイミングで私はようやく一息ついた。こうして私のとても長かった一日がようやく終わりを告げた。


「……ふふ」


 何だか色々と厄介な事が起きて非常に疲れたのだけど、でも最終的に私は小さく微笑んだ。きっと最後に椎名さんと出会えた事で、私は穏やかな心を取り戻す事が出来たのであろう。


(願わくば……この縁が長い間続きますように)


 心の中でそう願いながら、私も自分の家へと帰っていった。そしてこれが私と椎名さんと出会った一番最初の日の出来事なのであった。


 そうしてここから私と椎名さんはとても長いお付き合いをしていく事になるのだけど……でもそれを私が知るのはもう少しだけ未来の話である。

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