第8話 初稽古!!元気!!

お、終わったぁぁぁぁぁあ!!!

いやもうね、無理よね!?俺の体力0!明らかに俺がマンション燃やしたかのような状況!目の前にはマジカルブルー!そして何故か口からでた俺の謎のセリフ!

あはは!終わりだぁ!もう全部終わりなんだぁ!俺はここで死ぬ!!

『いや死なないでよ……疲労のせいか勇斗の頭がおかしくなっちゃった』

だってどうするんだよ!無理ぢぁん!

『そのたまにネットで見掛ける意味分からん“ぢ”と“ぁ”の誤用やめて?取りあえずボクに考えがあるんだ』

ほう?

『急に冷静になるね…さっき男の子をテレポートしたみたいに勇斗もボクがテレポートさせてあげることが出来るんだ』

マジ?今すぐお願い!

『いやそれがね?どうやら魔法少女の力が作用してボクの力が通りにくいみたいだから一度変身解除する必要があるんだ』

は?無理やん。俺この黙りこくってる状況でも怪しまれてるのに変身解除なんてしたら正体モロバレで最悪じゃない?

『うん、だから勇斗にはマンションから落ちてもらうんだ』

………はい?

『そこ、10階でしょ?1秒か2秒くらい落下までに時間があるからその間に変身解除するんだよ。そうしたらマンションに隠れて正体もバレないでしょ?』

『じゃあボクはタイミングミスらないために集中するから好きなときに落ちてね!』

えぇぇぇぇぇぇ!?ちょ!ミカ!?ミカさん!?!?間違えたら死ぬよね!?ねぇ!?

あ、プツッて鳴った。無理矢理テレパシー切りやがったな、あいつめ……

うぅ…やるしかないのか……でもなぁ…確かに目の前に……

「?なんですの?それよりも早く答えなさい!貴方は何者なのですか!」

何者もなにもただの男子高校生なんです…本当なんです…

でも言っても信じてもらえない上に面倒事に巻き込まれそうなので俺は取りあえず鋭い眼光を頑張って向けて威圧感を出す。

「……!?」

「俺は…大したものじゃ…ない。ただ1つ言えるとすれば…この火事を引き起こしたのは俺ではないと言うことだ」

「ですが!貴方がこの火事の中屋上にいた以上、犯人は貴方以外考えられません!」

うん、だよね。俺もそう思う。

「………浅いな」

「は?」

俺はなんかそれっぽい雰囲気を醸し出しながらゆっくりとマンションの端まで移動する。

ちらっと下を見ると…うん、引っ掛かっちゃいそうな出っ張りはないな…

「浅い…?この私が…?随分愉快なご冗談を仰いますね?」

「……物事を表面的にしか見れないのは浅い他ないだろう」

「~~~っ!」

案外沸点低いんだな、水信……マジカルブルーって

よし…完全にイライラしている今がチャンスだ。

俺は屋上の縁に乗り、万一にも顔が見えないように笠を深く被る。

そして極めて低い声でそれっぽく不敵に微笑む。

「ただ悪いな、俺も忙しいんだ。ここらで失礼する」

「へ!?あ、ちょっと待ちな」

「あばよ」

慌てて向かってくるマジカルブルーを無視して体を後ろに傾けて落下する。

「頼んだぞミカ……!リターン!!」






「~~♪~~♪」

ん…なんだ……?花の匂い……?

周りを見渡すと一面に花畑が広がり、薄い霧のようなものがかかっている。

俺は確か…マジカルブルーから逃げるためにマンションから落っこちたハズなんだけど……まさか天国!?ミカのやつミスったのか!?

「~~♪~~♪」

……さっきから聞こえるこの鼻唄はなんなんだ…?どこかで聞いたような声だけど……。

更に周りを見渡すと丘の上に髪の長い女の人が座っているのが見える。

俺がしばらく見つめていると女の人はこっちを見てニコっと微笑んだ。

そして何か言うようにパクパクと口を動かす。

「なんだ……?マ タ ネ……?」







誰かが俺の顔を触る感覚がする。

これは撫でているのか…?それに後頭部に何か柔らかいものが………?

「んん……?」

「あ!勇斗、おはよう!」

…………?

なんかミカの顔がすげぇ近くにある……というかこれ後頭部のやつまさか……

「ひ……ざ……?」

「ピンポーン!正解!いやぁラッキーだね勇斗!元神様に膝枕をしてもらえるなんて!」

「お~う…ラッキー……じゃねぇ!!」

何が膝枕だよ!とっとと起き上がらねぇと!

ん?あれ…?力が入らない……?起き上がれない!?

「随分消耗してたみたいだね、勇斗を部屋のベッドにテレポートさせたんだけど音沙汰がないから心配してきたらもうぐっすり。体に力入ってなかったのか死体みたいになってたよ?ボク、驚いてここら辺吹き飛ばしそうになったもん!」

「もん!じゃねぇ…吹き飛ばすなよ。……で?それとこの膝枕と何の関係があるんだ?」

「いや~枕も使わずぐっすりだからやってあげようかな~って」

「そこに枕あるだろ!!」

「えぇ~?こういうのってやってあげるの定番でしょ?ほら、ボクって完璧なボディだからお肌すべすべでしょ?」

「いやこう言うのは可愛いヒロインがするもんだろ」

「ボク可愛いよ?」

「一応男だろお前!」

俺がツッコミをいれるとミカはやれやれと首を振る。

「勇斗?今の時代はね?多様性の時代なの。男が男に膝枕しても何の問題もないの、分かる?まぁそんなに女の子が良いなら今すぐ性転換しても良いんだけど」

「やらんで良いわ!」

確かにミカは美少年ではある。絵面としても地獄とまではいかないが…いやそもそも俺の恋愛対象男じゃねぇし……。

後ミカはいつでも性転換が出来る…というか神様だから明確な性別はない。でもそういう問題じゃない!

「まぁどんなに嫌がっても勇斗は逃げれないんだけどね。ほらよしよし~良い子だねぇ~」

「ええい、やめろ!」

「あ、そうだ勇斗」

「なんだよ。あと撫でるな」

「さっき寝てたときなんだか魘されてたみたいだけど大丈夫?悪夢でも見たの?」

「魘されてた?いや…特に悪夢は見てないけど……」

「けど?」

「不思議な夢は見たんだよ」

「へぇ~どんな夢?」

「気がついたら一面花畑の丘にいてよ、その丘の頂上にいた女の人がなんか言ってた夢。またねとかなんとか言ってさ。ヘンな夢だったよ」

「……ふ~ん、女の人…かぁ」

「なんだよ」

「浮気?」

「なにが?俺別に彼女いないんだけど?」

「いやなんとなく夢の中で出逢うってこう…ロマンチックな浮気できそうじゃない?」

「ロマンチックな浮気ってなんだよ…」

「あはは!冗談!勇斗も浮気出来るようなモテモテ男になれたらいいね!」

「嫌味かよ!」

「あはは!」

ケラケラとミカは笑う。

戦闘の緊張が無くなったせいか俺も釣られて笑い始める。

ひとしきり笑った後に、俺はそのまま泥のように眠ってしまった。




勇斗が寝落ちし、ミカは静かになった勇斗の自室で彼の頭を撫でていた。

「丘の頂上の女の人……か」

複雑そうな顔で勇斗の頬を撫で、くすぐったかったのか顔をしかめる勇斗を見てミカは微笑む。

「もうだいぶ迫ってきているんだね…『あの子』が……」

カチ…カチ…と時計の針が進む音だけが部屋に響く。

帰ってきていた由紀子も寝たため、本当に家は静まり返っている。

「……勇斗」

ミカは勇斗の目尻を撫でると後悔と悲しみを混ぜたような表情を落とした。

「ごめんね…」




「よいしょっと……」

ミカはそっと勇斗の頭を自身の膝から枕に移すと最後に額を一撫でして勇斗の自室から出る。

階段を降りてリビングに入ると誰もいないことを確認して右手を開く。すると、空中にいくつもの光の板が現れ、板に様々な文字が浮かび上がる。

「……知性のある夢魔……予定よりも随分早い……」

板をスライドさせたり出現させたり消失させたり、あらゆる情報の乗ったその板をミカは厳選していく。

「この地区と…この路地と……あとこのスーパーマーケット……こっちの橋の下もそうか…」

ブツブツと呟きながら光の板を操作していき、地図のようなものが表示された板にそれぞれ1ヶ所赤い丸を打つとそれを並べていく。

「芯間町の周りを囲むように……よくもまぁここまで周到にしたもんだ……」

ミカはフッと腕を振ってすべての板を消すと1つ息を吐いてベランダの引き戸を開けて空を見上げる。

「そこまでして欲しいのかい……あの子のことが」



「ふぁぁ……ねむ……」

今日は俺、黒井勇斗がマジカルブルーもとい水信夏穂の剣術指南として初めて指導する日、土曜日だ。

あのニンドウとかいう様子のおかしい夢魔と戦ってからというもののこの一週間、日常的に弱い夢魔が現れることくらいしか出来事はなく、正直何事もない一週間だった。

あーいう特殊な個体が出れば何かありそうなもんだけど…まぁ平和なら良いんだ、戦いたい訳じゃないし。

現在時刻は朝の3時、なお、稽古開始は5時である。

いや早すぎんだろ!!自己研鑽とかさ、軽いトレーニングなら5時でも良いけど指南受けるのに朝の5時から??始発電車じゃねぇんだぞ!?

詳細を伝えるために昨日わざわざ水信パパが俺に連絡をしてくれたんだけど、申し訳なさそうな声色で開始時刻を伝えてきたから多分、水信夏穂が時間を決めたんだろう。

まぁ、1日10万円とかなり良い報酬だから早起きくらい構わないんだけど。

稽古内容も好きにして良いと言われた。何故か水信パパからの信頼が厚い。会ったこと無いのに何でだろ。

「何だか勇斗、憂鬱そうだね」

「そりゃあなぁ……全然知らない同級生の剣術指南だなんて…」

「まぁまぁ自信持ちなよ。気合い入るように今日の朝御飯はカツ丼だよ」

「ん、さんきゅ」

でん、と置かれたどんぶりを持つと俺はガツガツと食べ始める。

「………作っといてなんだけどよくそんな重いもの朝から食べれるね」

「ほひゃあひふひははふほひはっへふへふほひひふははひほ」

「飲み込んでから話しなよ……ほら、ご飯粒付いてるよ」


「いってきまーす」

4時、カツ丼を食べた俺は家を出るとスタスタ歩いて水信家に向かう。

確かここから30分とかからなかったハズだ、近いんだよね。

ただ、いつも学校へ行く方向とは反対側で水信家が高校と近いわけではない。

駅を越えて高級住宅地に入り、でっかい道路とその両側に位置するでっかい家々を眺めながら歩いていく。

しばらく歩くと一際大きい……いや、明らかに異質なほど大きい豪邸にたどり着いた。

住所を見ると間違いなさそうだな、うん。

にしてもでかくね?

門から母屋らしき豪邸まで軽く100m以上はありそうだし、その中間地点に噴水がある。

両脇には庭園のようなものが広がっていて、遠目だけどテニスコートなんかも見える。

なにより豪邸が超でけぇ……ウチの道場何個分なんだよ……豪邸の敷地だけでも10越えるんじゃねぇの?

そうして水信家のデカさにビビっていると奥からこちらにツカツカと澄まし顔で歩いてくる一人の女性が見えた。

え、この人もしかしてメイド?メイドって現代に存在したの?

「おはようございます。私は夏穂様のメイド、麻野と申します。黒井勇斗様、で間違いないでしょうか」

「あ、はい。初めまして、黒井勇斗です」

「………」

「?どうかされました?」

「あの…長袖シャツにジーパンな上、手ぶらというのは…それに全部黒…」

「いやぁ、服装なんでも良いって言われたんで、好きなんですよね、黒」

「………」

メイドさんがすっごい疑いの目を向けている…

まぁそりゃあ警戒するよね、剣術指南呼んだらこんなラフな格好なんだもん。

全身黒なのも拍車かけてそうだけど……でも辞められないんだ、黒コーデ。

この真っ黒な服装はただの俺の趣味趣向だけどラフな格好には一応意味がある。

でもここで説明しても理解されないだろうから一先ずここは誤魔化そう。

「まぁまぁ、とりあえず入れてもらっても良いですか?」

「……分かりました、ご案内します」

麻野さんががらがらと門を開き、中に招いてくれる。

そして、俺が敷地に入った瞬間。麻野さんの体がブレ、俺の目の前に移動したかと思えば喉元に手刀を迫らせた。

その動きは一瞬で、手刀を喉の手前で止めると麻野さんはこちらをじぃっと睨んだ。

「………この程度、避けられないようであればお帰り頂いてもよろしいのですよ?」

「あはは…」

この人怖くね?





睨まれつつも俺は麻野さんに案内され、水信家の中を歩いていく。

どうやら稽古場は豪邸の裏にあるらしく、豪邸を迂回するバラ園のある道を通って稽古場に辿り着いた。

少し見渡すと、剣を持ち、綺麗な姿勢で立つ一人の少女が見える。

あれが多分水信夏穂だな、気の強そうな顔してるし多分そうだろう。

そして水信夏穂はこちらの足音に気付き、俺を見ると………

「……は?」

意味不明と言った顔をした。

麻野さんははぁ、とため息を付くとかなり、かな~り嫌々な雰囲気で俺の紹介をする。

「こちら、夏穂様の剣術指南役、黒井勇斗様です」

「どうも~」

俺が気軽に挨拶すると水信夏穂は口をパクパクさせながらどんどん眉間にシワを寄せていく。

「はぁぁぁぁあ~!?!?!?」

そして怒号のようなソレは広い水信家の敷地に響き渡った。

う~ん、朝から元気だな。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って麻野!この男が本当に、ほんと~~~に私の指南役!?」

「はい、夏穂様」

うんうん

「剣どころか木刀の一つも持ってない…というか何も持ってきていないこの男が!?」

「はい、夏穂様」

うんうん

「私と同年代どころか同じ学校の同学年のクラスで見かけたことあるようなこの男が!?」

「はい、夏穂様」

ん?俺のこと知ってるんだ

「こんな黒一色のダッサイ服装の男が!?」

「はい、夏穂様」

おいやめろ、それは心に刺さる。

水信夏穂は一通り言いたいことを言って疲れたのかはぁ、と麻野さんと同じようにため息を付くとこほん、と咳払いをする。

「……お見苦しいところをお見せしましたわね」

「ホントだよ」

「お黙り」

「あっはい」

強気だなぁ…水信夏穂……俺一応君の先生として来てるのよ?

「では…早速、黒陰流の技を教えて頂けますか?」

ん?俺、自分の流派伝えてないよな?

なんで知ってるんだ…?

「俺、自分の流派言ったっけ?」

「あぁ、それでしたら父上から聞きましたわ。ひどく興奮して黒陰流を語っていましたわ…」

うわぁ…絶対関係者じゃん。

黒陰流は何故か病的にまで熱心な人が多いんだよね。道場主の実子である俺はそこまでなんだけども。

でも聞いたことないな…水信さん。俺と同時期に稽古していたなら知っているハズなんだけど……兄弟子なのかな。

「で、曲がりなりにもあなたは私の指南役…すぐにでも技を教えて頂けますか?」

「ん~そうだなぁ…」

水信夏穂は………う~んそうだな、これは…

「とりあえず剣を置いてこようか」

「………はい?」

ん、聞こえなかったのかな

「だから、剣を置いてこようか」

俺はそう言いながらほらあそこの木に、と指を指す。

「い、いえ、聞こえてはいますわ…あの、あなたは剣術の指南役なんですわよね?」

「うん、そだね」

「では剣は必要なのでは…?」

「いんや?今は要らないよ。先にやることあるから」

「は、はぁ……そうですか」

水信夏穂は渋々といった様子で剣を木に立て掛けてこちらに戻ってくる。

「はい、それでどうしますの?」

「んじゃあそうだなぁ…まずは座禅組もうか」

「は、はい…?」

「座禅、多分剣の訓練してたなら柔軟くらいしてるでしょ?組めるよね?」

「ま、まぁ…はい。」

水信夏穂はこれまた渋々といった様子で座禅を組む。

そして俺も彼女の前で座禅を組む。

「んじゃあそうだな……まずは1時間、瞑想しようか」

「……これ、どんな意味がありますの?剣技に関係が…?」

「まぁ関係があるといえばあるけどそんなに直接関係ないかな。ほら、さっさと瞑想する」

「む、むぅ……分かりましたわ…」

案外素直なんだな。

さて、俺も瞑想するか




いくら時間が経ったのかしら…

私が目の前で座禅を組んでいる少年、黒井勇斗に剣技を学ぶハズだったのに何故か1時間の瞑想を命じられた。

体を落ち着けるための短い瞑想なら分かる。でも…1時間なんて瞑想しても剣が上達するわけではない。

メイドの麻野も同じように気持ちだろう、この男はあまり信用にならない。

仮にもこの水信家に雇われているのにラフな格好、大した所持品もなく立ち姿も隙だらけ。今にも取り押さえられそうなほど、強者のオーラが全くない。

それに剣を置いて瞑想しろだなんて…私は何のためにわざわざこの稽古を受けているのかしら……

なんか腹立ってきたわね……

「あの…これいつまでやるんですの?」

「黙って、瞑想」

「………」

取り敢えず今は言うことを聞きましょう…

もしかしたら、これが技に関係あるかもしれないし…。

………

……

「よし、1時間経ったかな。もう良いぞ」

よ、ようやく終わったわ……

これで技が…!

「じゃあ次は10mダッシュするぞ」

……はい?

「あ、あの…そのような基礎はいつも行っていますわ」

「うん、だろうな。でもやるぞ」

「………分かりましたわ…」

「んじゃあ合図したら開始な、よ~いどん!」

こ、これも技の為……技の為…!

「あ、忘れてたけど取り敢えず50往復ね」

「そんな量、すぐに終わらせてみせますわ!!」

「やる気が凄い」

当たり前ですわ!…もういっそのことこの無駄に思えるトレーニングを一瞬で終わらせてこのトレーニングと技が本当に関係があるのか、彼が本当に黒陰流を受け継ぐものなのか、見定めてみせますわ!!




「50…っと。よし、OK。一旦休憩に…」

俺がそういってストップウオッチから目を離すと水信夏穂がずいっと俺に詰め寄ってきた。

「あ、あの…?」

「次は!次のトレーニングは!」

「………休息は取れるときに取るべきだ」

「……ッ!……分かりましたわ」

水信夏穂は拗ねたように頬を膨らませるとこちらにずっとガンを飛ばしている麻野さんからタオルを受け取ると汗を拭き取ってついでに渡されたスポーツドリンクを飲み干す。

いやぁ、流石はご令嬢。周囲の気遣いが凄いな。現実にここまでの従者って実在するんだな。

「まぁ…最もこの麻野さんの場合は…」

「………夏穂様を弄ぶ男め……少しでも隙を見せれば……」

……愛が重いようで。

さてと…どうしようかなぁ。そろそろ適当なトレーニングを考えるにも限界がある。

多分、水信夏穂も麻野さんも俺のことを黒陰流を騙る詐欺師…とでも思っているんだろう。その判断は間違いないし、俺はそう思われるように立ち回っている。

このトレーニングも意味がないと言えばウソなんだけど黒陰流の技をだけなら必要ない。と言うか、実戦経験の無い一般人でも少し頑張れば覚えられる。

だが、黒陰流は一定の水準を満たした人間でなければ技の伝授はされない。それは、力や頭脳や志などではない、黒陰流を持つに相応しい人間に……遥か昔の祖先の言い方をすれば魂にならなければならない。

だから俺はこうして無意味なトレーニングを長時間行うことで水信夏穂本来の人間性を見ている。人って疲れると本性でやすいからね、飽きるトレーニングをやっているならなおさらだ。

「さ、修練を再開しようか。次はそうだな…逆立ち腕立てでもしようか。」

「……分かりましたわ。やってやりますとも」

さて、水信夏穂。君はどんな人間なのかな?





………適当なトレーニングを課して結局10時間以上が経ち、気がつけば辺りは夕日に照らされて赤く染まっていた。

この子あれだぁ…

「ハァ……ハァ……お、終わりました……わ、ぜ、全力疾走さん、3時間……」

相当な筋肉バカだ。

基礎をやっているとは言っていたけど身のこなしからして多分基礎しかやらされていない。技の習得に異常なまでに熱意を向けていたのもそれが理由だ。

多分水信パパが基礎以外の修練を禁止していたんだな、人はダメだと言われるものほどやりたくなるし、始めたときののめり込み具合は尋常じゃない。

だから基礎が完成し、様々な技術を吸収出来るようになった時に貪欲に知識を、技術を吸収して腐らず強くなれるよう仕組んだんだろう。

だけど…これはやり過ぎだ、頭の中9割技の習得にしか割いてないのかって位パワーブレインなお嬢様だ。多分この無駄なトレーニングをゴリ押しでやり続ければどうにかなると思っている。

ま、まぁ分かりやすくて助かるけど…。

「ぜえ…ぜえ…そ、それで…?技は教えてもらえるのですか?」

「うん、そうだな。教えても良いけど今日は遅いから次回の稽古から…」

「お待ちください」

今日はお開きにーなんて思っていたら麻野さんに待ったをかけられた。あ、これ多分すっごい怒ってますわ。

「今日一日…我慢していましたがもう我慢なりません」

…ん?なにかが近づいてるな……獣っぽい気配が…

「夏穂様をそそのかす不埒な輩は私が…」

ナイフを取り出した麻野さんの背後に大きな影が映る。

水信夏穂も気が付いたのかハッと声を出す。

「麻野!避けて!」

「か、夏穂様?」

状況が把握できていない麻野さんに影の一撃が降り注いだ。






麻野が気づいたときには彼女は青年の腕の中にいた。

いつの間にか自分は抱きかかえられる様にされていることに麻野は困惑し、目を丸くした。

顔をあげれば、ついさっきに敵意を向けた青年の横顔があった。

そして一息もない間にどしゃりと物体が地面と衝突する音が鳴り、麻野はようやくソレを見た。

熊のような体格に四つの顔をもった狼、その明らかに異質な姿の物体は夢魔であった。

「そうだ、水信夏穂さん」

「は、はい…?」

「黒陰流の技、見せてあげようか」

青年は借りるぞ、と器用に麻野からナイフを奪い取ると、麻野をそっと地面に立たせてナイフを納刀するように左腰に当てた。

「グ、グゥアウルグウウウウ!」

起き上がった夢魔が一目散に青年へ襲い掛かるが青年は動かない。そして夏穂と麻野が固唾を飲んだ時、それは放たれた。

「黒陰流十三頁第二之技…」

「グウラアアアアアアアアアアア!」

「黒波!!!」

ナイフから現れた黒の刃が夢魔の胴体を切り裂き、夢魔は糸を切られた人形のように崩れ落ちた。

夢魔は黒の灰となって紅色の空に消えていき、何事も無かったかのように静かな空間がすぐに戻ってきていた。あまりにも一瞬の出来事だったのだ。青年…黒井勇斗はふうと息を吐いてナイフを立ち尽くしている麻野に渡す。

「怪我してないか?麻野さん」

「…は、はい…………」

「敷地内とはいえ夢魔には気を付けないといけないぜ」

勇斗はそういって麻野の肩をトントンと叩くとじゃあな、とさっさと歩いて水信家を後にした。

麻野は右手を胸の前でぐっと握り、その背中を見えなくなるまで見つめていた。

「黒井勇斗…あなたは…」

「麻野!麻野!あれこそ私の求めていた技だわ!明日にでもまた来てもらいましょう!」

「…はい、そうですね」

ひどく興奮する夏穂が目をキラキラさせながら麻野に話しかけるが心ここにあらずといった様子の麻野は生返事を繰り返す。

夏穂はおかしいなぁと思うが、今はあの剣技が気になって仕方なく、そんなことは気にならなかった。

結局、屋敷に戻った2人は1度黒井勇斗を信用してみようという話でまとまった。

そして水信夏穂はワクワクしすぎてその夜は一睡も出来なかった。

───

『次回予告!!』

皆様ごきげんよう。水信夏穂ですわ!

剣技に魅せられて私がテンションブチ上げている間にどうやら風花さんは黒井勇斗を家に連れ込んでいるようです……連れ込む!?

なんて卑しいの!?

次回!!『突入!桃江家!』

あ、でも私も今日ある意味連れ込んでいますわね…?

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