キス
アリアは昨日の言動を反省していた。その時は自覚がなかったものの、稼いでいた信頼度が一瞬で暴落してしまったのだ。無理は無理でも、難しいなど、言葉を濁しておけばこんな事にはならなかったかもしれない。
「チッ」
舌打ちと共にミランダから瘴気の塊が飛んでくる。アリアはそれを浄化して防ぐ。何でもない時でも、理不尽に瘴気を飛ばしてくる。昨日の解呪を断った時からずっとこの調子だった。
元々であった当初からとげとげしい雰囲気はあったのだが、それは呪いのせいですぐやめるからといった理由で投げやりになっていたのだろう。
しかし、現在は無関心ではなく、敵意といった形で明らかに攻撃的になっていた。
「お嬢様、機嫌を直してください」
「なによ、どうせあんたはこれを簡単に浄化できるんでしょ。だったらいいじゃない」
「いえ、理由なく攻撃するのはよくありません」
「こんなの攻撃じゃなくて、遊びよ。遊び。」
ミランダは苛立ちを隠そうともせず、言葉を紡ぐ。
「瘴気が出ないように我慢するのって、あんたには分からないかもだけどめちゃくちゃ苦しいの。だからこうやって発散するのは体にいいのよ。ちょうどいいサンドバックもできたことだしね」
「サンドバックですか」
「そうよ。こんな風にね!」
再び瘴気が飛んでくる。それはどうでもよかった。だが、ある言葉がアリアの逆鱗に触れた。子供がすること。理性がそんなことを叫ぶが、今のアリアには聞こえなかった。
「ねえ、お嬢様。私には3つの禁句があるんです」
「ち、近づかないで!」
怒ったアリアから溢れ出す気迫にミランダが怯えて瘴気の塊を飛ばしまくるが、1つたりともアリアには届かない。
ドンっ!ミランダは壁にぶつかり、これ以上下がれない。そんなミランダに向かって、アリアが一歩ずつ近づいていく。
「お嬢様は今まで我慢してきたし、かまってくれる相手もいなかったんでしょう。ですが、だからと言って何でもしていいわけじゃないんですよ」
「分かった! 分かったから!」
怒れるアリアの迫力に負けたのか、ミランダが涙を流しながら震えた声で謝りだす。
「ふふ、初めて見た時から人形みたいだと思っていましたが、泣いてる顔もきれいですね」
「ひっ⁉」
アリアは泣いているミランダの首根っこをつかむと、そのままベッドに放り投げる。
「逃げないなんて、いい子ですね」
アリアはベッドの上で震えているミランダを押し倒す。アリアの体格は一般的な成人女性よりも少し大きく、10歳にも満たないミランダがかなうはずもなかった。
それでも、本能的な恐怖のままに、ミランダは両手でアリアを押しのけようとする。
「やっ、やめて」
「うっとうしいですね」
押しのけようとするミランダの両手首をアリアが片手で掴み上げて、両手を持ち上げさせる。そして、仰向けのままミランダの身体がベッドに大きく沈みこむ。体格差の前にはミランダの些細な抵抗は無意味だった。
「ストレスの原因を失くしてあげますよ」
ミランダの唇をこじ開けて、舌をねじ入れて絡みつける。唾液をとろとろと送り込み、お互いの粘液を混ぜ合わせてから呑み込ませる。顔を真っ赤にして目をつぶっているミランダを超至近距離じっと観察する。
「はふ、んぅ……♡」
「んー、んっー」
アリアは両手を抑えられておきながら、胴を、足をじたばたと動かして抵抗をやめないミランダがうっとおしくなり、一度唇をはなす。
「ふはぁ、はぁ」
荒い息をしながら、キッとこちらを睨みつけるミランダを一瞥すると、耳元に口を近づける。
「おい、動くなよ」
アリアはあえて低い声で簡潔に命じる。出会ってからずっと敬語で接してきたアリアからの命令に背筋がゾクゾクして、ミランダは先ほどまでの抵抗を止めてしまう。目の前の女の気分次第で自分の命が潰されてしまうことを本能的に理解してしまったからだ。
「ふふっ♡ いい子ですね♡」
アリアによって、再び唇が割り広げられる。もうミランダに抵抗する気力も、覚悟も残っていなかった。アリアの舌が口内深くに侵入してきて、熱い甘露が送り込まれる。部屋の中で夢見ていたような甘いキスとは違う、無理やり蹂躙するような荒々しいキスで、ゴクリと唾液を飲み込まされる。
嫌なはずなのに、肉体からも精神からも蕩けていき、何も考えられなくなっていく。
「ぷはぁ♡ もう動いていいですよ♡」
「な、何す……るの……よ」
一瞬怒鳴ろうとするも先ほどの行為を思い出したのだろう。勢いが徐々にしりすぼみになっていく。
「しおらしいお嬢様も、きゃんきゃんしていたお嬢様もかわいいですよ。」
「うるさい! この変態!」
お世辞を言われ気を遣われた恥ずかしさを隠すため、ミランダは腕を突き出して、無駄だと知りつつも瘴気を出そうとする。しかし、何も起きなかった。
「どうしました~?」
ミランダはニマニマと愉快そうに見てくるアリアに対して何も言えなかった。自分の中にあるはずの瘴気が見つからないのだ。瘴気を抑えるために我慢していた頭痛も存在しない、夢にまで見た状況に、涙が零れだすのを両手で抑えようとするも止まらない。
「あ~、お嬢様。泣いているところで悪いのですが、これは対症療法であって、解呪したわけじゃないので泣かないでください」
「そうなの?」
「はい。お嬢様が集中すればまた瘴気を出せると思いますよ」
ミランダはアリアの言葉通りにもう一度集中する。そうすると、呪いの塊がいまだ残っているのを感じることができた。
「というわけで、完全に解呪というわけにはいかないんですね」
「そう。でも、ありがとう。私がどうかしてたわ。ひどいことを言ってごめんなさい。」
「いえいえ、わたしも大人げなかったですから。」
ミランダは深々とアリアに対して頭を下げる。気持ちが伝わってくる謝罪だった。
「……だけど、次もキスが必須なの?」
「あら、嫌ですか?」
アリアはミランダの顎に片手を添えて、無理やり目線を合わさせる。
「ご所望なら、キスなんていつでもしてあげますよ」
「二度としないから!」
顔を真っ赤にして否定するミランダだが、呪いのせいで毎日キスをする羽目になるのを知るまであと10時間。
光魔法の使い手が呪われた令嬢のメイドになって、お嬢様のために働く話 アガペー @tanakatarou2
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