光魔法の使い手が呪われた令嬢のメイドになって、お嬢様のために働く話

アガペー

呪い

「えっ、何この日当⁉ 相場の3倍じゃないですか!」


 黒髪黒目の女性が驚いて声を出す。周囲の人とは少し雰囲気が違い、よく見ればよそ者だとすぐにわかる。そんな新しくやってきたこの土地で仕事を探そうとしている中でアリアが見つけたのは1枚の張り紙だった。


この地域一帯を治める伯爵家三女のメイドとして、専属でお世話をするのが業務内容らしい。張り紙の宣伝文には『未経験でも問題なし!』『アットホームな職場です!』『年齢、学歴不問!』などなど、初心者大歓迎の仕事だった。


「すいません、この仕事を受けたいんですけど」

「はい。求人票を見せてください。」


 笑顔で仕事をしていた受付の職員の顔が急に曇る。


「あー、申し上げにくいのですが、他の仕事にするのはどうでしょうか」

「何かこの仕事に問題でも?」

「そうですね。実はこの伯爵家のお嬢様は呪われていまして。そのせいで、新しく入ったメイドがどんどんやめていき、こうして相場よりも高い給金を出しているんですよ。もう今じゃ新しくこの土地にやってきた呪いの噂を知らない人しかこの仕事を受けていないんです。しかも、そんな人たちも3日も持たずに辞めていくんです」

「そうなんですか」

「だから、新しく仕事を探す手間もかかりますし、やめておいた方がいいですよ。万が一、長続きしたとしても、お貴族様の専属メイドなので、礼儀作法が必要ですしね」


 宣伝文とは全く違う実態にアリアは思わずめまいを覚える。給金に目が眩んで、世間知らずで考えなしなことをさらしてしまった。だが、お金がなくて困っていることも事実であった。

 ついでに、礼儀作法の条件自体もアリアからすると昔取った杵柄であり、何も問題だと思えなかった。


「分かりました」

「それでは、こちらの仕事などは……」

「この仕事にします!」

「え⁉」

 

 受付の人の顔が驚きから徐々に呆れにかわっていき、そのままため息をはいた。


「最初はみんなそうなんですよ。分かりました。まだ午前ですし、お昼までにこの町で一番大きな屋敷に行けば即日で雇ってもらえますよ。またのお越しをお待ちしております。」


 アリアは受付嬢の言葉を受けて歩き出す。受付には言わなかったが、アリアは呪いを不安に思っていない。流れ着いたよそ者にはそれ相応の秘密があるものである。



     ◦



 太陽が頂点に上り切る前に、屋敷にたどり着いたアリアは、メイドの仕事を受けに来たことを説明すると、泣きながら歓迎を受け、あれよあれよと瞬く間にお嬢様の昼食を持たされて扉の前に向かわされた。


(ここまで警戒してないなんて、暗殺者だったらどうするんでしょうか? いえ、むしろ暗殺してくれた方が都合がいいということでしょうか。なんだか嫌になりますね。)


 「失礼します」


 扉をノックして入室する。その部屋は負の力を凝縮していた。廊下と部屋の中では明らかに部屋の中の方が空気が悪く、何も知らない人間なら即座に走って逃げだすだろう。


そんな薄暗い部屋にある大きなベッドに腰かけた少女にアリアは思わず目を奪われる。暗い部屋の中だからこそ逆に目立つ白髪に、呪いの影響だろうか、青色の左目に金色の右目をした所謂オッドアイの神秘的な少女がそこにいた。


 身長は8,9歳といった程度で、事前に説明された年の頃と一致する。この陰気な部屋には似つかわしくない異分子だった。


 そんな異質な少女が口を開く。出てきたのは綺麗な声だったが、投げやりな印象を与える言葉遣いだった。


「だれよ、あなた」

「本日からミランダお嬢様の専属メイドとなりました、アリアです。よろしくお願いします」

「そう。あなたはいつまでもつかしらね」


食事を持って、テーブルに近づこうとするも―おそらく掃除をしてくれるメイドもいなかったのだろう―微妙に手間取りながら部屋に備え付けられた机の上に食事を置く。


「こちら、本日の昼食です」


 机に近づくのに四苦八苦したアリアに比べて、ミランダはこの物が散らかっている部屋になれているのであろう、ベッドからすいすいと障害物など存在しないような様子で椅子に座る。


「ごくろうさま。出て行っていいし、今度からは扉の前に置いといてくれたらいいから」

「いえ、掃除をさせてください」

「いらない」

「これからはわたしがお嬢様の専属メイドなので、こんな暗くて空気の悪い部屋で生活させるわけにはいきません」

「やめて」

「まずは換気と行きますか」

「……やめてって言ってるでしょ!」


 怒鳴り声と共に、ミランダから飛び出した紫色のもやがアリアに激突する。


 その光景に対して一番動揺しているのは、もやを放ったアリアだった。俯いて両手で顔を抑えながら嘆きはじめる。


「……ああ。違う。違うの。そんなつもりじゃ……」

「そうよ、こいつが悪いの。部屋の瘴気に気が付こうともしないまま、換気しようと言い出して。鈍感なこいつが悪くて、私は悪くないわ」


 ひとりの命を奪ったことに動揺していたアリアは徐々に自分を正当化するような言葉を並べ始める。


「いやいや、お嬢様も悪いでしょう。わたしじゃなかったら死んでましたよ。あぶないですから、今度からは気を付けてくださいね。」

「え?」

「確かに、私が瘴気といった類には少し鈍いかもしれませんけど、ちょっとしたミスで殺しかけるのはないでしょう。」


 先ほど瘴気に包まれたアリアの方向から声がする。そんなことはあり得ないと思いながら、顔をあげると何事もなかったかのようにアリアがそこに立っていた。


「な、なんで生きてるの⁉」

「そう言われましても、ただ防いだだけですので」


ミランダの疑問に対して、アリアはなんてことも無いように答える。


「普通は瘴気の残留してるこの部屋で一呼吸すればめまいがして、10秒も部屋にとどまれば倒れて一晩は寝込むのよ。そんな瘴気を防げるわけないじゃない!」


 ミランダの心からの叫びと共に再び瘴気が飛び出す。しかし、2回目なのもあり今度はアリアにも余裕があった。紫色の瘴気がぶつかる前に、アリアから光が飛び出す。そのまま瘴気と光がぶつかった後には何も残らず、いや、空気が少し綺麗になっていた。


「うそ……」

「まあ、こんな感じで防いだというわけですね。それにしても、いきなり瘴気を出すのは危険ですからやめませんか」

「呪いのせいであって、私だって好きに出してるわけじゃないのよ」

「ああ、これが呪いでしたか」


 軽いノリのアリアに対して、ミランダは呪いについて少しずつ語り始めた。


「小さいときは瘴気の影響も少なく、自分でコントロールできていたの。でも、6歳、7歳、と大きくなるについて、体から瘴気が溢れ出すようになっちゃって。今では、ちょっとした感情の高ぶりで瘴気が飛び出すのよ。部屋の中にたくさん転がっている黒ずんだ箱があるでしょ。それは瘴気を浄化する魔道具なんだけど、瘴気の量が多すぎて、浄化が追い付かなくなったのよ。それだけ私の呪いは危険なわけ。」



 話を聞いたアリアは光魔法で魔道具を壊し始めた。


「ちょっと、何してんのよ。話聞いてた!?」

「もちろん聞いてましたよ。これがごみというわけですね」

「これがないと瘴気が……」


アリアからすれば、役に立たない道具が部屋の足場を奪っているのだ。これを片付けないことには今後の業務に支障をきたしてしまう。そもそも――


「わたしがいるんですよ」


アリアがパチンッと指を鳴らす。たったこれだけの動作で、部屋の中が浄化され瘴気がきれいさっぱり消え去った。

「え、え?」

「それじゃ、換気しましょうか」


 アリアの早業にミランダは驚きを隠せなかった。今までどうしようもなかった瘴気が解決しはじめたのだ。呪いのせいでミランダ自身は瘴気の悪影響を受けていなかったが、瘴気のせいで重苦しかった空気も、瘴気を抑え込むことで生じる胸の痛みや頭痛も9歳の少女には厳しいものだった。


「ねえ、アリア。この呪いを解呪して」


 ミランダにとって、アリアは神様が遣わした運命の存在のように思えたのだ。自分が長年苦しんでいた問題を何事もないかのようにあっさりと解決していく。初対面なのに、信頼が急激に積みあがっていき、アリアなら何でも解決できると思い込んでしまった。


 だからこそ――


「それは無理です。解呪は専門外なので」


 ――その言葉はミランダを絶望に叩き落すのに十分だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る