第3話 篠本先生

「うふふふふ」


 僕の横で謎の笑顔を浮かべている人物がいる。岸である。その横には相原もいる。どうして彼女たちは僕と涼葉についてくるのだろうか。


「えっと、岸と相原、いったい何を狙っているんだい。僕が今、個人的かつ家族的な問題に巻き込まれていることはわかるよな。こういうことには深入りしない方がいいぞ」


 ところが、岸はなぜかそこで口に手を当て、謎の笑い方をした。


「あらぁ奥さん、それはちょっと大変なんじゃありません? 何しろ、急に三人も家族が増えたわけでしょう? 私たち近所の人たちがサポートしないといけませんわ」


 なぜか岸は近所のおばさんモードになっている。さらに相原が便乗する。


「まあ、高見くんには少なくとも家まではついていかないといけませんわね。だって、こんな面白いことってないわよ。まるでよくあるラノベや漫画の冒頭のようよ。今から大ヒット作が始まる気がするわ」

「相原、君は文学に影響を受けすぎだ」


 そこでくるりと涼葉が振り向く。


「へえ、もしかしてここの中の誰かが文芸部だったりする感じ?」

「その通りよ。高見くんと涼花ちゃんは文芸部で、高見くんは部長、涼花ちゃんは副部長よ。ちなみに私は美術部部長よ」


 岸がすかさず自分が部長であることをアピールしてきたが、僕はここで岸に釘を刺しておく必要がある。


「おっと、岸、これから僕の呼び方は『保人くん』で頼むよ。なぜなら高見姓の人が二人になってしまうからね」


 涼葉にちらりと視線を送ってみる。自分でもなんだが、なかなかいい状況だわ、これ。


「それじゃあ私は『保人』でいいわね?」


 涼葉がなぜか僕との距離を詰めてくる。


「いきなり呼び捨てなのか!?」

「当たり前よ。私たちは家族で同い年なのよ。敬称をつけるのがそもそもおかしいわ。まさか『保人お兄ちゃん』とか呼ばせないわよね?」

「そんなことさせるもんか。僕をお兄ちゃんと呼んでいいのは妹だけだ。ということで僕も遠慮なく君を涼葉と呼ばせてもらうよ」


 さて、果たしてこれで二人の距離は詰まったのだろうか。というか僕は今涼葉に初めて会ったばかりなのだが、意外と気が合っている。これはなぜなのだろう。


「ところで保人くんの妹は何人になったの?」


 岸が今日の朝からでは一番のにやけ顔を見せている。嫌な予感がする。


「そりゃあ、僕の妹なんて一人しかいない……あれ?」


 そういえば涼葉も妹なのだった。


「で、涼葉、この後三歳児二人を引き取らないといけないというのはマジなの……?」

「マジよ」


 なんか僕の家がめちゃくちゃ狭くなりそうなのだが。


「さて、着いたわね」


 幼稚園に着いてしまった。実はここの幼稚園は僕や相原も通った幼稚園だったりする。まさかこんな形で再び訪れることになるとは思わなかった。


「まあ、今回は私に任せて。実は朝に例の親父と一緒に幼稚園に来て、手続きとかは済ませているから。あとは保護者として何食わぬ顔で入っていけばいいのよ」


 涼葉はどんどん幼稚園の中に入っていった。


「この幼稚園は3年制なのね」


 とは、岸である。


「うん、だから3歳から入れるってわけさ。問題は彼女たちの誕生日がいつかということだね。今はもう十一月だから、そろそろ4歳になっていてもおかしくないはずなんだけど……誕生日が遅いみたいだな」

「まあ、私の誕生日も3月だしね。この年になるとあまり困らないわね。ところで、幼稚園のお迎えって、中学生がやってもいいものなの?」

「僕にはその経験がないけど、事情を説明すれば認められるんじゃないか?」


 そんなことを話しているうちに、中から涼葉が出てきた。


「お待たせ。保人も先生に挨拶しといて」


 涼葉は中年の女性保育士(いや、幼稚園なのだから教諭か……)を連れている。


「あ、高見保人と申します。これからいろいろお世話になります」


 すると、幼稚園教諭は人当たりのよさそうな笑顔を見せた。


「こちらこそ。それにしても保人くんは大きくなったわね。卒園したのがつい昨日のことのようだわ」


 ちなみに僕はこの幼稚園の卒業生である。


「あれ、そっちは涼花ちゃんかしら? 久しぶりねえ」


 だが相原はこちらを見ていない。


「おーい相原、なぜお前はこのタイミングで単語帳を取り出しているんだ」

「塾の先生は少しの空き時間にも勉強しなさいとおっしゃっていたわよ」

「このガリ勉め。いいから先生に挨拶しろ」

「んー……あっ、篠本しのもと先生でしたね。こんばんわ、たぶん何年かぶりですね」


 篠本先生は(僕はすっかり彼女の名前を忘れていたが)苦笑した。


「たぶん8年ぶりくらいにはなるわね。でもさすがは涼花ちゃんね。当時からあなたは頭脳明晰だったわ。学年一の天才といわれているのでしょう?」


 やはり幼稚園の先生というのは地域の情報通である。だが、いくら相原が天才であっても、この場面では役に立たない。


「じゃあ、保人くんとこの子たちは初対面になるわけね?」


 篠本先生がちらりと目をやると、先生の後ろから二人の幼女が出てきた。

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僕たちはまだ目覚めてすらいない 六野みさお @rikunomisao

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