第2話 突然家族が増えた

「あれ? 誰だっけ……」


 突然大声を上げた岸に、親父は驚いている。というか、そもそもこういう家族のデリケートな話をただの僕の友人に聞かせることからして親父は間違っている。ここは場所を変えるべきだ。


「親父、ちょっとーー」


 だが、親父は完全に僕を無視して、えっへんという感じで腰の横に手を当てた。すっかり自分の世界に入ってしまっている。


「さて、保人、今まで保人には隠していたが、私は水戸に愛人を持っていた。ところが、彼女は経済的に困窮してしまい、とても三人の子どもを養える状況ではなくなってしまった。そこで私が引き取ったというわけだ」


 親父は何やら説明を始めたが、その話は突っ込みどころが満載なものだった。


「ちょっと待て親父。どうして親父は愛人が経済的に困窮しているところを黙って見ているんだ。親父は経済的には不足していないはずだ、援助してやればいいだろう」


 親父はきまり悪そうに僕から目線をそらした。


「いや、実は、その人とは最近疎遠になっていたのだ」

「それならそれで、子どもを引き取る理由はないじゃないか」

「彼女には身寄りがないんだ。それで私が引き取るしかなかったのだよ。私も本当は、彼女たちを引き取りたいわけではないのだが……」


 親父はだんだん声も小さくなって、ぼそぼそと言い訳を続けている。


「あのー、そろそろいい?」


 そのとき、これまで親父と隣で黙っているだけだった謎の少女ーー親父によれば、僕の義妹ーーが初めて声を出した。


「あなたに喋らせるといろいろ収拾がつかなくなるわ。残りの説明をするけど、あっ、まずは私の自己紹介が必要ねーー私は涼葉、中学二年生よ。本当は別の名字があったんだけど、この親父の親権に服してしまったから、今は高見姓になっているわ。えーと、私の義兄の保人くんと、そのお友だち? まあ、突然私が現れて動揺していると思うけど、よろしくお願いします」


 少女ーー涼葉は、こちらにぺこりと頭を下げた。


「え、あー……よ、よろしく」

「よろしく。……あっ、あの、私、岸っていいます。岸星羅です。それでこっちは相原涼花です」


 岸が相原に話を振るが、相原は話の流れについていけないのか、目をあちらこちらに忙しく向けているだけである。白黒させているとまではいかないが、混乱していることは間違いない。


「……よろしく」


 結局こう言っただけだった。たぶん声が小さすぎて涼葉までは聞こえていない。これが岸と相原のコミュニケーション能力の違いである。


「さて、ここらへんで親父に一言聞いておきたいことがあるんだけど……」


 涼葉が親父に向き直って、何か質問しようとしている。それにしても、涼葉にさえ親父呼ばわりされるとは、親父は全く涼葉の信頼を勝ち得ていないようだ。まあ、もともと嫌々引き取っているのだから、当然といえば当然である。


「さっき私には、私と保人くんは同じ日に生まれたということになっていたわよね。どうして私が妹になっているのよ」

「それは簡単なことさ。私も調べてみて驚いたのだが、保人の方が十分くらい早く出生届を提出していたのだ。まあ、惜しかったということだよ」

「そんなのありかよ……」


 どうやらタッチの差だったらしい。


「まあいいわ。それで、今後の私たちの予定なんだけど……今から幼稚園に行って紗奈と美奈を回収して、そのまま保人くんの家に行くということね?」


 幼稚園で紗奈と美奈を回収する? いったいそれは何の話だろうか。


「いや、私が同行するのはここまでだよ。義兄妹どうしで積もる話もあるだろ。ごゆっくりどうぞ」


 ところが、親父は涼葉の質問に答えず、さっさと向こうを向いて歩き始めた。


「ちょっと待て親父! いろいろ気になることがあるんだけど……」

「あとは涼葉が説明してくれるさ。じゃあな! 私は忙しいんだ!」


 親父は逃げるように走っていってしまった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 そして、僕と涼葉と岸と相原がその場に残された。


「えっと、涼葉さん、聞きたいことがあるんだけど……その、回収、というのは、いったいどういうことで?」


 すると涼葉は、さらに僕が仰天することを言ったのである。


「彼女たちは私の妹よ。私と完全に血がつながっている妹、ということになるわね。双子で、どちらも三歳よ」


「は、はあ?」


 僕が引き取る義妹は涼葉だけではなかったらしい。そして、なぜよりにもよって三歳なんだ。僕の家がカオスになってしまう。


「親父は『三人を引き取った』って言っていたでしょ。悪いけど諦めなさい。それに、あの二人は普通の三歳児よりは賢いと思うから、保人くんには迷惑はかけさせないはずだわ。とにかく、幼稚園に向かいましょう。幼稚園はすぐそこよ」


 涼葉が歩き出したので、僕はついていくしかない。

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