後編

 八年前の事件での被害者四人に、共通点はなかった。少なくとも現在までに繋がりは見つかっていない。

 唯一の関連性は、二人目の被害者のカードには一人目の被害者の、三人目には二人目、四人目には三人目の被害者の血液型の血によって杖と杯が描かれていたこと。

 一人目のカードにも血液で杖と杯が描かれていたが、それは人間のものではなかった。豚の血液とだけ判明している。

 犯人の呼称に「蛇」が使われている理由だが、螺旋に剥がされた腕の皮膚が、杖と杯に巻き付く蛇を連想させたからだ。

 アスクレピオスの杖とヒュギエイアの杯。ギリシア神話に登場する名医アスクレピオスと、その娘のヒュギエイア。二柱の名を付けられたシンボルには蛇が巻き付いている。特にアスクレピオスの杖はWHOのシンボルとしても使われており、目にする機会も多い。

 アスクレピオスの杖は医学のシンボルとして、ヒュギエイアの杯は薬学のシンボルとして扱われることが多い。また、それぞれ主義としてアスクレピオスは外部からの施しによる治療を信仰し、ヒュギエイアは内部から発生する治癒を信仰する一面もある。

 しかし、犯人である「蛇」の手掛かり上にも、被害者たちにも、特別な医療関係の背景は見当たらない。多くの者がそうであるように、それぞれ身近な病院や歯科医に通っている程度だ。

 それが、今回の被害者は医療関係者どころか、その道の権威である。そのことがギャビーには異様に思えた。

「そもそも犯人に『蛇』なんてニックネームを付けたのは誰だい?」

 ギャビーは過去の蛇による犯行のファイルを閉じて、アンディに渡しながら訊いた。

「俺だよ。そして、医療関係から繋がりを探したのもね。見事空振りに終わったが」

「そうだったのかい? それじゃあ今回の事件は複雑な心境だろう?」

「複雑? どうして?」

「八年前は繋がりが見つからなかった。だけど、今回は医療に携わっているどころじゃない。医療をけん引する人物が被害者だ」

 言われたアンディは、眉と口を山の形にした。

「今回だけだ。繋がったわけじゃない」

 アンディから返ってきた言葉に、ギャビーは大きく開いた掌でアンディの肩を二度叩いて頷いた。

「そう、今回だけだね。でも、八年前の加害者が医療に携わっていた人物だとしたら」

 一瞬ギャビーの視線が鋭さを増した瞬間、ギャビーのジャンバーのポケットからポップなメロディーが流れた。その発生源のスマートフォンを手に取ると、応答する前にその画面でギャビーは時刻を確認した。テレビで事件の第一報が流れて二時間が経っていた。

「もしもし。ああ、そうか。分かった、ありがとう」

 ごく短い返答で用件を済ませたギャビーは、アンディから訊かれる前に電話の相手と内容を話した。

「ジニーによるとね、まだ『蛇』からの犯行声明もなければ、ネット上にも『蛇』の犯行だと示唆するような投稿は見られないそうだよ」

「犯行声明? 八年前もそんなものなかったし、被害者家族に対してでさえ殺害状況は伏せてある。もちろん『蛇』という呼称も。世間が八年前の事件と繋げて見ることはないよ」

 ギャビーはアンディの説明をひと言も逃すまいと注意深く聞いた。

「なるほど、そうか。それもそうだね。ジニーには無駄働きをさせてしまったかな」

 苦笑するギャビーの肩を、今度はアンディーが叩いた。

「下手な芝居はするなよ。ギャビーはFBIの人間を疑っているのだろう? それも八年前の事件に関わった、ね」

「ふむ、バレていたとは意外だね。スミス捜査官」

「初めからもしかしたら、と思っていたが、君に肩を叩かれたときに確信したよ。これの存在を確認したかったのだろう?」

 アンディはギャビーに肩を叩かれたときに触れられたものを手にした。首にかけられた金属製の細いチェーン。そこにはカンヌの海を映したようなラピスラズリの指輪が揺れていた。

「俺のおふくろのだよ。五年前に逝っちまったけどね」

「そうか。結婚を前に、古くて青いものを既に借りていたわけだね。最後の被害者が」

 アンディは指輪に手を伸ばそうとしたギャビーの手を払いのけた。

「分かっているのなら触れるな! 穢すんじゃ、ない」

「穢したのは君だろうに」

「いいや、コイツだ! モトキだ!」


「つまり、タケゾウ・モトキは、認可されていないワクチンを被験者に投与して、不利な結果を見せた被験者を殺害して注射痕を目立たなくするために皮膚を剝いだのね」

「今となっては推測だよ。スミス捜査官もタケゾウ・モトキとの会話の内容には口を噤んでいるからね」

 ギャビーは科学捜査官のジニー・バラスコと共に、彼女の横に立ってモニターに表示される結果を待っている。

「出た」

 モニターに表示されたのは「Match」の五文字。

「間違いない、彼女の血液ね。この日のために採っていたのよ。凄い執念」

「その執念は罪状を重くするんだろうね」

 ギャビーの呟きに、ジニーは目に涙を溜めていた。

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杖と杯 西野ゆう @ukizm

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