第4話 仲間たち

 主が部屋に戻り、リビングに一人になる。ふと、初めて主に会った後のことも振り返る。そう、皆に自己紹介をされた時だ。その時から、俺は今のポジションにつかされたのだ。




*****




 あの後、サイファは何処かに行ってしまった。忙しい身らしい。

 ベッドに腰掛けながら、未だ気を失っているミルファリアに視線を落とす。あの地下牢で見たのは幻だと思っていたが、彼女の背には大きな羽があった。天使かと錯覚してしまったが、よく漫画で見る天使の輪はないし、何だか少し違う気もする。起きてから聞いてみよう。

 そう考えていると、ミルファリアの瞼が震えだした。

「ん、んぅ……」

「おはよう、ミルファリア」

「……」

 暫くぼうっとしていたミルファリアだったが、今の現状を思い出したのか急に飛び起きた。額同士がぶつかり、いい音が部屋に響く。

「~~~~っ」

「いってえ……」

 互いに涙目になりながら、視線を合わせる。次第におかしくなり、笑みが零れた。

「ごめんなさい、タクマさん。痛かったですよね」

「いや、俺の方こそ悪かったよ。額は大丈夫か?」

 スッと前髪を掻き分け、額の状態を確認する。うん、傷はないみたいだ。ふと視線を下にずらすと、頬を紅潮させたミルファリアと目が合う。

「ご、ごめんっ」

「いえっ、その、驚いただけなので……」

 パッと離れ、互いに距離を取る。心音がかなり煩い。好きな子にこんなに触れてしまった。ドキドキする。

 チラリとミルファリアを見るが、ミルファリアも頬を赤く染めている。自分の勘違いじゃなければ、脈ありなのだろうか――。そう、プラス思考に思ってしまう。

「あ、あのさミルファリア……」

「ミルファでいいですよ」

 え、と目を瞬かせていると、ミルファリアは笑顔を向けてくれた。

「長いでしょうから、ミルファリアではなく、ミルファと呼んでください」

 嬉しさに舞い上がりそうになる。琢磨は目を泳がせながら、頬を掻いた。

「な、なら俺のことはタクマでいいよ。さん付けとか、むず痒いし」

「は、はい……タクマ」

 上目遣いで見上げられながら名を呼ばれる。ぐうう、効果絶大。ってそんな事よりも、ミルファのことを聞かねばっ。

「その、ミルファはさ、天使なのか?」

「天使?」

 首を傾げるミルファリアに、この世界には天使はいないのかと悟るタクマ。では、ミルファはどのような種族なのだろうか。

 サイファはどう見てもイヌ科の獣人だ。となると、ミルファも鳥の獣人なのだろうか。タクマは頭の中で考えを振り絞るが、答えは浮かんでこなかった。

「ミルファの種族を聞いてもいいか?」

 その言葉に、ミルファリアは微かに俯いた。何か、聞いてはいけないことを聞いてしまっただろうか――。

「……私は、混血なんです」

「混血?」

 混血ということは、ハーフということか?

「父は人間ヒューマーですか、母はセイレーンなんです」

「セイレーン……」

 確か、古い物語でも良く耳にする、歌声で船を遭難させるというモンスターだ。この世界では普通に生活しているのだろうか。

「セイレーンは大きな翼を背に生やしてます。私も母の血を濃く引き継いでいるので、背に翼がありますが……ただの飾りです」

 そう言うミルファリアは、どこか悲しそうな表情でタクマに告げた。そんなミルファリアに、タクマはかける言葉が見つからなかった。

「ミルファ……」



「はいは~い! お邪魔するわよ!」

「わあ!?」

 ノックもなしに扉を開け、知らない金髪の美女が室内に入ってきた。驚いたタクマは、ミルファリアと共にベッドの上で飛び跳ねた。

「自己紹介が必要よね。私はアイシャ。見ての通り魔術師よ。よろしくね♪」

 見ての通り……と言われても、ミニ丈の体にフィットしたワンピースを着ているだけの彼女はどう見ても一見魔術師には見えない。が、そんなタクマの思ったことが表情に出ていたのか、アイシャと名乗った女性は指を突き出す。

「そこ! 見えないとか言わない!」

「いや言ってないから!」

 思わず突っ込みを入れてしまったが、この人もさっきのサイファ同様、神の守り人? という奴なのだろうか?

「あの、アイシャさんも、守り人なのでしょうか……?」

 片手を挙げ、ミルファリアが質問する。アイシャは微笑みながら答える。

「サイファには会った? サイファは私の番よ。要は私はあなた達の先輩にあたるわ」

「先輩……」

 サイファにも番がいたのか――。そう思っていると、アイシャが近付いてきて、太腿に固定してあったベルトに付いていた小さな杖を取り出した。

「まず、あなた達のスキルを確認するわ」

「スキル?」

 何処かのRPGのようなことを言い出すアイシャに、思わず聞き返してしまうタクマ。そんなタクマに、アイシャは杖を振りかざした。するとタクマを囲うように光の輪が浮き上がり、タクマの周りを浮遊しだした。

「うわっ、なんだこれ!?」

 慌てだすタクマに、アイシャは首を傾げた。

「あ、そっか。君は異世界からの来訪者なんだっけ。これはスキルっていう、人ぞれぞれに宿る個性みたいなものを確認するための魔術よ。害はないわ」

 アイシャの言葉に、ホッと安堵する。それにしても、魔術というのを初めて見たが、こんなに凄いものなのか――。

「えっと、何々……調合に簡易鑑定、剣術、だけ?」

「え、普通じゃねえの?」

 タクマの言葉に、アイシャはうーん、と唸る。

「異世界からの来訪者ってこと聞いてたからちょっと期待してたんだけど……残念ね……」

「悪かったな。微妙で……」

 微妙に残念がる表情を向けるアイシャに悪態をつく。続いて、ミルファリアの番となった。

「いくわね。はいっ」

「わあ……」

 アイシャの魔術に驚くミルファリアに、つい驚く姿も可愛らしいと鼻の下が伸びてしまう。

「あなたはえっと、セイレーンの歌声に飛翔能力、それに魅了チャームのスキルもあるわね」

「本当ですかっ」

 急にアイシャに詰め寄るミルファリア。一体、どうしたのだろうか。

「本当に私、飛べるんですか!?」

「え、ええ。練習すれば確実に飛べる筈よ」

「良かった……」

 ホッと嬉しそうに笑顔になったミルファリアに、先程の言葉が蘇った。そうか、ミルファリアは今はまだ飛べないのか。そう気付いたタクマだったが、敢えて何も言わないでおこうと思った。



「アイシャ」

 新たにやってきた短髪赤髪の男。優しそうな雰囲気の人だが、この人も守り人か? そう思っていると、アイシャが自己紹介をしてくれた。

「二人にも教えなきゃね。この人はガイアスさん。主様の番よ」

「ええ!?」

 アイシャの一言に、目を見開いて驚いた。あの神に番!? 神にも番って必要なのか? そんなことを頭の中でぐるぐると考えていると、ガイアスは優しそうな笑顔を向けた。

「ガイアスだ。アイシャの紹介通り、フェリの番だ。宜しく頼むよ」

 ガイアスの笑みに、つい会釈をしてしまうタクマ。ん? フェリって誰だ?

「あの、フェリって……」

「私達の主様よ。ただし、名前で呼んでいいのはガイアスさんだけだからね」

 名前で呼んだりしたら殺されるわよ? と一言添えてアイシャが答える。あの神様、フェリって名前だったんだ――。

「フェリは気難しい性格かもしれないけど、守り人は皆『家族』だと思っているから」

 ガイアスはそう言うが、今までの素振りからしてそうは見えないとつい思ってしまう。そんなタクマに、ガイアスは苦笑した。

「あの子は人嫌いなんだ。あまり気にしないでやってくれると嬉しい」

「あ、はい……」

 人嫌い。その言葉に、素直に頷く。誰だって好き嫌いはあるだろうし。

「ガイアスさん、用があって来たんじゃないの?」

「ああ、そうだった。食事の用意をしようと思ったんだけど、鍋が何処にあるかわからなくてね」

「そっか~。君たちもリビングに行きましょ。この家のこと教えてあげるから」

 そう言われ、タクマとミルファリアはベッドから立ち上がり、ガイアスとアイシャの後に引き続き部屋から出た。

「さっきの部屋がサイファとあなたの部屋よ。そういえば名前聞き忘れてたわね」

 苦笑するアイシャに、タクマとミルファリアは挨拶する。

「俺、タクマっていいます」

「私はミルファリアです」

「そっか。二人ともよろしくね♪ 私とミルファリアの部屋は向かいよ。奥の部屋が主様とガイアスさんの部屋ね」

 間取りを聞くに、どうやら一つの家にルームシェアしているような印象を受ける。そんなタクマだったが、次の部屋を見て、開いた口が塞がらなくなる。

「で、ここがリビングよ。キッチンも備え付けられてるから、ここでいつもみんなで食事をするの」

「…………」

 リビングも広かった。誰が掃除をしているのか知らないが、綺麗に整えられている。……リビングは、だ。

「あそこが、キッチン……?」

 タクマがキッチンとおぼしき場所を指差す。キッチンは流し台に皿や使い終わった調理器具が山のように置かれている。恐らく俺の世界でいうガス台と思しきかまどの場所も、食材カスで汚い状態だ。あれは一体……。

「恥ずかしいことだが、調理は皆して苦手でね……気づいたらあんな状態なんだ」

 申し訳なさそうに話すガイアス。これは苦手というレベルではないのでは? と思ったが、口にはしないでおいた。

「鍋……多分前に使ったから、シンクの何処かにありますよね」

「うーん……どうやって発掘しようか」

 アイシャとガイアスの言葉に、唖然とする。発掘ってなんだよ!

「~~ああもうっ! 片付けますよ!」

 我慢できず、シンクの中からスポンジを見つけ出し上から順に洗い出す。そんなタクマに、ミルファリアも手伝いだした。

 順々に洗い流していくが、終わりが見えない。どれだけ溜め込んでいたのか――。タクマは溜息が零れた。シンクを片し終えると、次に食材カスのこびり付いたかまどだ。丁寧にこびり付いたカスを取り、近くにあった布巾で念入りに擦る。そうすると、綺麗なかまどとなった。

「ふうっ、今後はちゃんと片付けしてくださいよ」

 ピカピカになったキッチンに満足気に頷き、振り返る。するとアイシャが何故かスキル鑑定の魔術をタクマに使っていた。

「……? 何ですか」

「……君、面白いスキル持ってたのね」

「は?」

 気付かなかったわ、と話すアイシャに、首を傾げる。一体、何のスキルがあったというんだ?

「うん、『お世話係』なんてスキル、聞いたことも見たこともなかったよ。タクマ、君は本当に面白いね」

「……は?」

 ガイアスの言葉に、再び首を傾げるタクマ。お世話係?

「うん。今日から家事は君に任せるよ」

「え?」

 突然のガイアスの発言に耳を疑うタクマ。今、なんて?

「よろしくね♪」

 にこやかに笑顔を向けるアイシャ。

「あ、あの、少しくらいならお手伝いしますから……っ」

「……ありがとう、ミルファ」

 キッチンを片したら、何故か家事全般を任されるようになってしまったタクマだった。




*****




 あれから、何故か今も家事全般を任されるようになってしまった。その分、家事の腕はめきめきと頭角を現し、今では『お世話係』のスキルも相当なレベルだ。

「おーい、タクマ」

 声をかけられ、思い出に浸っていたタクマはハッと我に返る。玄関のドアの側には、サイファが卵を抱えていた。

「コカトリスの卵、今日もちゃんと割らずにゲットしてきたぞ」

「ありがとうございます。氷室に入れておいてください」

「了解」

 一通り言葉を交わすと、サイファは家の外に出ていった。今日の卵の収穫は三個か。明日にでも、再び卵焼きにしてしまおう――。そう考えていると、ミルファリアが外から篭を抱えて戻ってきた。

「タクマ。菜園のお野菜、良い具合に実ってたから採ってきたんだけど……氷室に入れて大丈夫かな?」

「どれどれ……」

 ミルファリアの持つ篭を覗き込み、簡易鑑定のスキルを発動させる。どれも新鮮だが、追熟させた方が美味しいと判定の出た野菜もあった。

「こっちの野菜は昼にでも出しちゃおう。で、そっちは室温で保存しておこう」

 篭の中の野菜を分別し、指示を出す。ミルファリアは「わかったわ」と返事をして野菜を所定の場所に移動させてくれた。

「さて、と……掃除でもするとしますか」

 腕を天井に向けて高く伸ばし、背伸びをする。今日も一日、頑張るとしますか。

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邪神の守り人 ~寧ろお世話係~ ねこいかいち @108_nekoika1

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