第3話 始まりと出会い 2
「此処にいたか」
不意に、凛とした声が地下牢に響いた。
声のした方……背後を朦朧とする意識の中振り返ると、子どもが腕を組み牢の中に立っていた。
さっきまで、この牢には俺とミルファリアしか居なかった。いつの間に、この子は此処にいたんだ? そう疑問に思ったのは琢磨だけではなかったらしく、男達からも動揺の色が見えた。
「てめえ……一体、何処から入り込んだ」
「そんなのはどうでもいい。おい」
男の言葉なんぞどうでもいいかのようにあしらい、琢磨に向けて声をかけてくる。
「さっさと行くぞ。勝手にはぐれるな」
呑気に琢磨の方に近付き、睨んでくる。中学生くらいの背丈に、太腿辺りまである銀の髪、相手を射抜く金の瞳。少年とも少女ともとれる見た目の子どもだが、見たことも会ったこともない子どもだ。だが、何処かで会った気もする――。
「はぁ……意識が朦朧としているのか。これだから人間は……」
琢磨の反応のなさから瞬時に現状を理解すると、子どもはやれやれと肩を竦め盛大に溜息を吐いた。そんな中、無視された男は怒りに顔を赤黒くさせて子どもを睨み付ける。
「てめえ……調子に乗ってるんじゃねえぞ!」
力任せに、子どもへ拳を振りかざす。だが、子どもに届くすぐ直前で、その手が止まった。
「兄貴!?」
琢磨を羽交い絞めにしていた男の悲鳴に似た声が響く。男は地面から隆起した複数の真紅の突起で、体を串刺しにされていた。子どもの背からは真紅というよりも赤黒い木の枝のようなものが複数生えており、その何本かが地面を突きさし、男の体を貫いていた。ミルファリアを押さえ込んでいた男達は顔面蒼白となっていく。
叫び声もなく、男は絶命する。突き出された突起が男の体から抜け、ビシャリと血の海に男の死体が倒れた。穿たれた穴から臓物が飛び出し、更に鮮血が広っていく。男の体から抜けた枝は収縮し、子どもの背に戻る。
「神に人間ごときが手を出せると思ったか?」
シン、と静まり返った牢の中、子どもの声だけがはっきりと響いた。
「じゃ、邪神だ……」
一人の男が呟く。その言葉に、他の男達の顔色は更に悪くなり、震えだす。
「邪神だあああああ!」
「ひいいいいいいいっ」
男達は、二人を置いて一斉に地下牢から走り去っていく。琢磨は拘束されていた体が自由になり、ふらふらしながら床に尻もちを付いた。子どもは逃げた男達にフン、と鼻を鳴らすと、改めて琢磨に近付く。
「おい」
「う……」
朦朧とする意識の中、子どもに足蹴にされる。一体、何が起こったのか、霞む視界ではさっぱりわからない。
「タクマさんっ」
慌ててミルファリアが琢磨に駆け寄ってきた。上体を抱えられ、目尻に涙を溜めたミルファリアと視線が重なる。
「ミルファリア……」
「タクマさん、しっかり……っ」
ミルファリアの声に、次第に意識がはっきりしてくる。彼女の背に、大きな翼が見えた。
「天使、か?」
「え?」
琢磨の声に、涙目で首を傾げるミルファリア。そんな二人に、子どもは溜息を吐く。
「おい」
振り向き、子どもに視線を向ける。子どもと思えない威圧的な視線に、背筋が震えた。
「混血か。行く当てはなさそうだな……共に来い」
静かに目を細め、子どもは手を差し伸べる。ミルファリアへと差し伸べられた手に、彼女は目を見開く。
「いいのですか……?」
「混血がどうした。いいから来い」
近付き、ミルファリアの手をぎゅっと握りしめる子ども。その目は琢磨に向けられたものとは打って変わり、相手を慈しむかのような眼差しだった。ミルファリアは涙を堪えながら、小さく頷いた。
「ありがとう、ございます……っ、神様」
(神様……)
ミルファリアの言葉を聞きながら、琢磨は少しずつ意識が白んでいく。琢磨の状態に気付いたミルファリアが琢磨の名を呼ぶ。
「タクマさん、タクマさんっ」
ミルファリアの涙が頬を濡らしていく感覚を受けながら、琢磨は意識を手放した。
「う……」
ゆっくりと、意識が浮上してくる。瞳を開けると、何の変哲もない白い天井が見えた。
(ここは……?)
ゆっくりと上体を起こし辺りを見回す。白い木の壁に木目調のサイドチェスト、そして自身が眠るベッドにうつ伏せになりながら眠るミルファリアの姿があった。
「っ、ミルファリア!」
ベッドから起き上がり、ミルファリアに駆け寄る琢磨。瞼が震え、ミルファリアが目を覚ます。
「ん、んぅ……。タクマ、さん?」
「良かった。無事なんだな、ミルファリア」
琢磨の声に、ミルファリアの意識が覚醒していく。ハッと目を覚まし、琢磨の腕に縋り付く。
「タクマさんっ、良かったはこっちの台詞です! 心配したんですから……っ」
涙を浮かべ見上げてくるミルファリアに、琢磨は申し訳ない気持ちになる。二度殴られただけで気を失ってしまうなんて、情けない話だ。雰囲気に流されるまま、そっとミルファリアを抱き締めようと腕を背に回そうとする。
「ほいほ~い。お二人さん、そろそろいいか?」
「うわあっ」
突然の声に、腕を離す。折角いい雰囲気だったのに、誰だよっ! そう思いながら振り返ると、見知らぬ青年がドアに凭れ掛かっていた。白髪に赤い目。長身で筋肉の締まった体躯……そこまではいい。
「耳……」
その男の頭には、白い犬の耳が付いていた。
「お、なんだよ差別かよ。差別反対~」
歩み寄りながら、耳をピコピコと動かす青年。よく見ると、フサフサの尻尾まで付いている。
「ま。しゃーないか。俺はサイファ。見ての通り獣人だよ」
「じゅ、獣人!?」
ファンタジーの世界でよく耳にするような単語が青年から飛び出てきて、琢磨は開いた口が塞がらない。サイファは首を傾げながら、一人納得したように自身の手を叩いた。
「主さんよ~。ちゃんと話しておけってば」
「面倒だ」
「うわあっ」
いつの間にか現れた先程の子どもに驚く。一体、何処から現れたんだ! 心臓に悪い……。
「ま、細かい所は後で主さんが話すとして……此処は俺らの拠点。あんたら二人はオークションに賭けられそうになってた所を主さんが助けた。此処まではいいか?」
サイファの説明に、琢磨は頷く。「偉い偉い」と頭を撫でられた。
「んで、俺らは此処におわせられる神様……周りには邪神なんても呼ばれてる主さんの守り人やってるんだ」
「神……」
隣のベッドに腰かけ、だんまりの子どもを見やる。この子が神様……? そんな風には見えなくて、目を何度も瞬かせる。
「ちなみに、お前たちも守り人になって貰うからな~」
「はあ!?」
突然の言葉に、再び開いた口が塞がらない。拒否権なしかよっ!
「助けて貰ったんだ。その恩くらい返せよ」
「いや、助けて貰ったのは事実だけど、急に言われても困るって!」
「貴様を助けたのは二度目だ」
だんまりを決めこんでいた子ども……もとい神が言葉を発する。
「海で溺れていた所を助けただろ。もうあの時に契約はしてしまってある」
「は!? ちょ、契約って……それどう意味だよ?」
琢磨の問いに、またしても溜息を吐く。仕方ないとばかりに、言葉を発しだす。
「貴様はあの時、海で一度死んでいる。我が蘇生させてこの世界に連れてきた。お前はもう不死の身だ。我との契約も済ませてあるから、後は番の契りのみだ」
死んでる……? 不死身? 契約? さっぱり訳がわからない。琢磨は神に掴みかかり、睨み付けた。
「ふざけんなよっ、勝手に蘇生させて、この世界に連れてきた? 契約も済ませてあるって、勝手すぎるだろ!」
頭に血が上り、落ち着こうとしても感情が抑えられない。掴みかかられている神は、表情も変えず更に言葉を発する。
「なら聞くが、あのままなら死体も陸に上がることはなかった。それでも良かったか?」
「っ」
「助ける為には我との契約が必須だった、それだけだ。不死身となってしまった以上、あの世界では生きられん。蘇生させてやった恩を感謝されるのなら構わんが、文句を言われる筋合いはない」
確かに、コイツの言う通りだ。少しずつ落ち着きを取り戻すと、手を離し謝罪した。
「……悪かった。俺の癇癪だ」
「わかればいい」
神は服を直しながら、淡々と答える。くそ、なんだか癪に障るな……。
「さて、さっさと番の契りを済ませろ」
「番の契り? 何だよそれ」
「番の契りってのは、守り人には二人一組になって行動して貰うんだよ。だから、その契りっていう訳」
サイファの言葉に納得し、頷く琢磨。だが、誰とすればいいんだ?
「番になるのって、サイファさんとか?」
「残念。俺にはもう番がいるんだな、これが」
「え、てことは……」
もしかして、と目の前の少女を見る。今まで黙っていたミルファリアは、微かに頬を赤く染めていた。
「み、ミルファリアと!?」
「ぴんぽ~ん♪ ミルファリアとお前さん、これから番ってくれよな」
サイファの言葉に、頬が次第に紅潮していく。番って、あの番だよな!? 琢磨は羞恥に混乱してきた。ミルファリアは一目惚れした相手だが、そんな子と番になれと!? 頭がパンクしそうだ。
「はぁ……このマセガキが。番というのは血の契約だ」
「えっ」
神の一言に、琢磨もミルファリアも驚きの表情を向けた。そんな二人に対し、サイファは大笑いしている。
「ぶはははははっ、番ってのは一生を共に歩むって意味で使われてるんであって、性交までしろって話じゃないってば」
肩を震わせながら、サイファは二人に説明した。つい番という単語で夫婦になれと言われたのかと思った自分が恥ずかしい……。琢磨は肩を縮こませた。ミルファリアも恥かしさに、頬に手を当てている。
「ほら、さっさとしろ」
「主さんよ、少しはゆっくりさせてやれよ~」
「まだ娘と契約が済んでいない。さっさとしなければ面倒だ」
神の一言に、サイファは「納得」と言い琢磨達の方に振り返った。ポイッと小さな筒を渡される。
「これは?」
「見ての通り、小刀だよ。それで指先でいいから切って血を出してくれ」
はい、とミルファリアにも同様に渡すサイファ。ミルファリアは意を決して、指先に刃を立てた。
「いたっ」
プツ、と切れ、ミルファリアの白磁のような指先から血が滲む。琢磨も意を決し、人差し指の先に刃を立てる。
「よし、んじゃ互いに血を交わらせてくれ」
言われた通り指先を合わせ、血を交わらせる。そこで神が言葉を発する。
「汝は我に、我は汝に。契りを交わし、この日この時からその身が終わりを迎えるまで共に歩むものなり」
呪文のような言葉が紡がれた後、琢磨とミルファリアの体が淡く光った。光は左手の薬指に集約されていき、指輪の様に円を描くと光が収まる。そっと持ち上げ確認すると、まるでエンゲージリングのように緑の紋様が描かれていた。
「これで終わりだ」
神はそう告げると、ミルファリアの元に足早に近付いていく。クイと顎を掴み顔を上げさせると、唇を奪った。
「ちょっとおおおおおおおおおおお!!」
突然の行動に、琢磨が叫ぶ。目を見開くミルファリアに、深く口付けていく。
「ん、ん……っ」
舌を絡ませているのか、微かに水音が聞こえる。ミルファリアの声がいやらしいな……等と思ってしまった琢磨はすぐさま我に返り、二人を引き剥がす。
「何をするんだ」
「それはこっちの台詞だ!!」
引き剥がした神は呑気にやれやれと溜息を吐き、腕に抱えたミルファリアは頬を紅潮させて目を回している。
「まあいい。これで契約は済んだ」
起き上がり、真っすぐ部屋のドアに向かう神。もう此処にいる意味はないとばかりの態度だ。
「あ、待ってくれっ」
慌てて、琢磨が声をかける。ピタリと足を止め、振り返った。
「……なんだ」
「その、ありがとう、二度も助けてくれて」
ぎゅっとミルファリアを抱える腕に力が籠る。神は微かに笑みを浮かべると、部屋から出て行った。
*****
あれが、始めての出会いだった。あの後も色々とあったが、それでも今こうして此処にいる。
「なんだ、まだ居たのか」
ドアの方を振り返ると、主たる神が立っていた。小柄で中学生くらいの背丈、上着は体にフィットする材質で背中ががら空きの黒いタンクトップ。ズボンは逆にゆったりとした伸縮性のある真紅のズボンで、何時見ても少年か少女なのかわからない。見える範囲である胸は平で、男にも思えるのだがそれにしては可愛らしすぎる顔立ちだ。毎日起こしに行っても髪の毛で局部は隠れてしまっていてわからない。
「なあ……主さんは男なのか? それとも女なのか?」
未だに気になっていることを正直にぶつけてみる。そうすると、主は微かに笑みを浮かべながら答えた。
「どちらでもないし、どちらでもある」
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