第2話

『●△;+$■@×%*▼§≠』


知らない家の前の階段に座って、聞こえてないフリをして地面をじっと見つめる。

相手は諦めたのか、それとも用が済んだのか。

こちらを向いてた革靴は右を向き、スタスタと歩いて行った。

街の様子をぼぉーっと眺めて、声をかけてきた子等の事は全て知らんぷり。

そこでちょっと過ごしてから立ち上がってジャンパースカートのお尻をポンポンと叩く。それから目的もなく道のとおり歩きだした。


3メートルくらいある足の長い子が真横に体を折り曲げて、私を覗き込むようにして正面から歩いてくる。

太陽みたいな仮面を付けていて、体はカラフルなモールを繋げたみたいだ。その目と私の目が合うことはない。


『◇η/#∂£▲∬~ю★?』


自然な流れでその子の股下を通り抜ける。

ついて来てるかどうかは分かんない、何があっても振り返らない。私は何も見えてないし聞こえてない、この世界でただひとりだけ。

そう過ごすことが私の決めたルール。アレが存在していると気付いちゃいけないし、関わってもいけない。

だってきっと、そうしてしまったらここから戻れなくなっちゃう。


「あ、リリカちゃんみっけー」


急に名前を呼ばれてうっかり立ち止まっちゃった。

不自然じゃないように靴ひもを結び直してみるけど、緊張で手が震えて上手く結べない。

どうしよう、反応したと思われたかもしれない、バレちゃダメなのに。

ドキドキする胸を片手で押さえて一回深呼吸をした。立ち上がってまた足を踏み出す。


「こんなところに居たんだねー、探すのに時間かかっちゃった」


私に話しかける声が後ろから追ってくる。

この世界の子は皆知らない言葉を話すのに、この声は私の知ってる言葉で話す。なんだかちょっと怖い。


前から逆立ちしたギザギザの子がやって来たからいつものように避けて歩く。


『〆Å∩ё〷■¥й⇆Ф♪◎~‡』


そうコレだ、何を言ってるか全く分かんない言葉。聞こえてくる声はいつだって言葉になってないのに。


「わぁ!気付いてないフリしてるんだ偉いねー。じゃあそのままでいいや」


そしてやっぱり後ろから追ってくる言葉は分かるし知ってる言葉だ。でも諦めてくれたのかな・・・?


「おっきな独り言を言うねー」


声がさっきより大きくなり近付いた気がした、でも距離が縮まったかは確認しないまま歩き続けるしかなかった。


「バクの名前はヌレ・テンジャロ、ヌーちゃんって呼んでね。バクは夢の世界に住む画家なんだー。

それもね、悪夢を楽しい夢に描き変える画家。

今日はリリカちゃんの悪夢を新しく描きに来たんだ」


パァン、と遠くで何かが撃たれた音がした。

パリンガシャンとぶつかったり割れたりする音も聞こえる。この世界で珍しい音ではないけど、いつもとは違う気がする。


「オーリーとユーセイ、バクのお友達が悪夢のバケモノ達を倒し始めたみたいだねー。

ここは色んな形のバケモノがいっぱいで街中ハロウィンみたい!倒したバケモノはね、夢を描く絵の具に変身するんだよー。

だから2人が倒しきるまでもうちょっと散歩しながら待ってよう」


ヌーちゃんと名乗った声の言ってることはあんまり信じられなかったけど、明らかに街中で出会う子の数が少なくなっていった。

角を右に曲がるとピンク黄色水色のザ・春みたいな髪色の人が、大きな装置を背負って道端のナニカの塊を吸い込んでた。

周りで色んな形の機械が塊やスライムを吸い込んでいった、お掃除ロボットかな?

春みたいな人がこっちを向いてニッコリと笑う。


「ユーセイもう終わりそう?」

「(ゆーせい、さっき言ってたお友達?じゃあヌーちゃんも人間なのかな)」

「え?あぁ、この子は賢いから夢ではナニモノとも関わらないようにしてるみたい」


ヌーちゃんの言葉にコクリと頷いたユーセイさんが不思議そうな視線を私に向けている。

そして、なるほどと言うように目をぱちくりとしてから笑った。


ドォン。


少し遠くでキラキラの花火が上がった。

なんだかパチパチキャンディみたい。


「オーリーも全部倒してくれたみたいだね。リリカちゃん、バケモノみんな居なくなったよー」


その声にまたうっかり足を止めてしまう。

すぐに左を向いて目に入ったベンチに走ってから座り込んだ。

視界の右側からナニかがひょっこりと私を覗き込む。

赤いベレー帽からはみ出てぴょこぴょこ動くちょっと長い耳、真っ黒な体にオレンジ色の服、服の間からは白いお腹が見えた。

ふわふわモコモコしててぬいぐるみみたいだけど、確かに喋って動いてる。


「かわいい・・・!」


思わず声が出てしまい慌てて口を押える。

ヌーちゃんは人間じゃなかった。

自分の左側にドンと何かが落ちたと思うと、大きな軍人みたいな人が座っていた。


「そうだ、ヌー先生は可愛い」

「いきなり現れたからリリカちゃんびっくしてるよ、オーリー」

「怖い奴らはみんな倒してきた。

これからヌー先生が素晴らしい絵を描いてくださるから、安心して見てろ」


鋭い目つきのオーリーさんはちょっと怖かったけど、私に棒付きキャンディをくれた。

ヌーちゃんがオーリーさんにげんこつしてから、私に笑いかけてクレヨンを取り出した。



ヌレ・テンジャロがクレヨンで何かを描くと、そこにランドセルくらいの小さな大砲が現れた。

小さなフタを開けて黄色の液体が入ったカラーボールを中に入れる。

発射口横のヒモを引くと、カラーボールが勢いよく空に向かって発射され空の彼方へと飛んで行ってしまった。

ボォンと空が爆発して見る見るうちに下へ流れ落ちるように空が淡い黄色に染まっていく。

次いでもう一発空へと飛んで行き、爆発と共に今度は上からオレンジ色に染まっていく。

黄色とオレンジ色がじわりと混ざり、水彩のように広がっていった。


春野はポップコーン製造機で水色のポップコーンを作っていた。

弾けたポップコーンはチューブで吸い出され、機械についた煙突から巨大化して出てきて空へと浮いていく。

ポップコーンは次第にフワフワと膨れて柔らかくなり、様々な形の雲へと変化していった。

時々弾けて、水色から別の色に変わった。


織部は大きなバケツでそこら中にバシャリとインクをぶちまけていった。白、黄緑、ピンク、青、景色がどんどんと色付いていく。

キラキラキラ、カラフルな星が落ちてくる。

リリカが空を見上げると、三日月に乗った白いウサギがシャボン玉で遊んでいた。

そのシャボン玉がゆっくりと落ちながら、お菓子みたいな星へと変わっていく。


「それ、食べると美味いぞ」


リリカは織部の声に恐る恐る降ってきたピンク色の星を両手で捕まえた。

ひとくちサイズの星をぱくんと頬張ると、甘みがじわっと広がって溶けていった。

嬉しそうな様子を見て織部も星を口に含んだ。


ヌレ・テンジャロがローラーで塗った緑の中に、1枚や2枚葉っぱの芽を何本もペンで描いていく。

リリカがその様子を覗き込んでいると彼女の横に長い影が伸びた。

隣に来た春野がしゃがみこんでリリカと目線を合わせる。

そして彼女にトリ型のじょうろを手渡して、芽に水を撒くようなジェスチャーをした。


「お水入ってないよ?」


それでも春野はニッコリと笑うので、左端の芽に向かってじょうろを傾けると不思議な事にシャワー状に水が出てきたのだ。

そして1枚葉っぱの芽がプルプルと震えだし、たちまちにグングンと伸びて真ん丸なチューリップが咲いた。


「すごい!」

「リリカちゃん、いっぱい咲かせてくれる?」

「うん!」


春野の問いかけに元気いっぱい返事をすると1つずつ丁寧に芽に水を撒き始める。

黄色、ピンク、青、うす紫、色とりどりの花がポンポンと咲いていった。

染料を重ねて形作って、色を溶かして創っていく。

線が描かれることで浮かぶ建物もあれば、グラデーションや色の切り替えだけで存在する植物や景色もある。

現実よりも鮮やかで、でも絵にしか出来ない遊びもあってリリカは不思議で楽しくてたまらなくなった。


「んー、この悪夢は違うみたい」

「・・・?何か言ったか、ヌー先生」

「なんでもないよー」



完成目前、リリカは2人と一緒に空を見上げている。ヌレ・テンジャロが仕上げのスパッタリングをして、空飛ぶブランコに乗って降りてきた。

ぴょんと降りたヌレ・テンジャロにリリカがぎゅっと抱き着く。


「わぁ!よしよし、今日は嬉しい気持ちで起きられそうかなー?」

「うん、今日はいつもお休みしてる学校もがんばれそう!」

「そうか、無理はするなよ」


織部がリリカの頭を撫で、春野はしゃがみ込んで笑いかけた。

彼女は小学校で悲しいことがあってから不登校がちで、ストレスから悪夢障害に陥っていた。

悪夢を見た後は怖くて外に出られない。

でも今日は、このワクワクする夢を誰かに話したい気持ちだった。


「ヌーちゃん達、また明日も来てくれる?」

「勿論だよー」


君が悪夢を見なくなるその日まで、何度だって楽しい夢を描きに来るよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢画家、獏 白野椿己 @Tsubaki_kuran0

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ