三 光と綾瀬
あぁ、やっぱりダメだったかぁ。
昔から、言葉のチョイスが少しズレてるって言われてきた。あと少しが足りないんだよって。
人間同士、仲良くできたらいいなって思うけど、こっちの気持ちが伝わらなかったらどうしようもない。自分としてはけっこう努力してるつもりなんだけど、これまでも怒られたり呆れられたりして、関係が途絶えちゃった人もけっこういる。頭で思ったことを正直にそのまま言うのってそんなにダメなのかな。
今日のことだって真希にはきちんと伝えるつもりだったのに、伝えられないまま終了。学生時代はもうちょっとつきあってくれたけど、今日はダメだったな。
「本心じゃないんでしょ? あんなこと言うために真希を招待したわけじゃないでしょ? 今日はもうどうしようないかもしれないけど、せっかく再会できたんだから、ちゃんとフォローしときなよ」
それでもこうして友達を続けてくれる人がいるっていうことは、恵まれてるな、とも思うし、きっと完全なる間違いっていうわけでもないんだよね。真希みたいに別れてからもずっと想っていてくれる人もいるわけだし。言葉は足りなくても、私の願望を理解して共感してくれるパートナーもできた。今さら私は私の生き方を変えることはできない。
「なんであんなこと言ったの? もしかしてだけど、実は光も真希のこと、今でも好きなんじゃないの?」
「うーん、ごめん。もう、それはない」
大学生の頃から、綾瀬は真希のことが好きなくせして私と真希を応援してくれていた。大学を卒業して遠距離恋愛からのありがちな自然消滅を迎えたとき、最後までなんとか復縁させようと粘ってくれたのも綾瀬だった。もし真希のためにやっているんだとしたら、なんて綺麗な心なんだろう。こうしている今だって私なんかと話してないで、真希のことを追いかけてなぐさめてあげればいいのに。
「じゃあちゃんと、旦那様のことを愛してるんだね」
「旦那っていうかパートナーだね」
「お腹の子を育てる上で夫婦は対等ってことか。確かにそういう時代だよね、ごめん」
綾瀬が謝る必要なんて全然なくて。実際、遺伝子上の父親は彼だけど、お腹の子は彼とのセックスの結果でできた子じゃない。体外受精で授かった子であって、もちろん私も協力するけど、育てるのは彼と彼の愛する人だ。日本の法律上、父母は私と彼ということになるけど、私は彼と好き合って結婚するわけじゃない。だから旦那じゃなくてパートナー。
産みの親より育ての親なんて言葉があるけど、育ての親が父親二人の場合、子どもにどんな影響があるのか明確な答えはまだない。母親二人の場合にも。産まれてくる子どもにできる限りの幸せを手渡したい。そのためにどうすればいいのか、私たちは考える。
彼は婚姻関係の法律を研究している。私たちの職場の大学で開催された、未来社会のイノベーションを考えるっていう若手研究者の発表会で私の研究内容を知って、彼の方から声をかけてきてくれた。
(ES細胞を使って女性同士に子どもができるようになったとしても、今の日本には乗り越えられない壁がいくつも想定されます。その解決方法も並行して考えていかなければ、未来社会を変える研究としては片手落ちと言わざるを得ないのではないでしょうか)
私の専門は生殖細胞の形成システムで、真希と別れたばかりの当時の私は、法律がどうとか倫理がどうとかまるで頭になかった。愛し合っている女性同士で子どもができるようにしたい。その思いだけが私の生きるよりどころだった。
研究上のディスカッションを続ける過程で、彼の研究動機である相手にも紹介してもらい、彼らの住む世界に少し触れることができた。そこには私と真希が直面したような障壁が同じようにありふれていて、彼らも同じように苦しんでいることを知った。
それから今まで、私は細胞生理で彼は社会法理で、お互いの専門分野で自分たちを含めた世界のみんなが幸せになれる道を探し求めている。私の代理妊娠も今日の結婚式も、その道程の半ばにある。
法律上、私と彼は夫婦になるけど、実質は共同研究者でありパートナー。今日の参列者の皆さんにはちょっと言えないけどね。
真希と綾瀬には伝えておきたかったけど、真希は帰っちゃったし、綾瀬だけに伝えるとまたいろいろ怒られそうだし、また二人が揃ったときにしようかな。
「ねぇ、綾瀬。綾瀬も早く好きな人と結婚できるといいね」
ポーカーフェイスを崩さない綾瀬の頭には、きっと真希の顔が浮かんでいる。私は真希のことを幸せにできなさそうだから、よろしくね、綾瀬。
「綾瀬は好きな人の子どもはほしい?」
「ちょっと怖い気もするけど、できるなら産んでみたい。だって、そういう時代でしょ」
私たちにできることなんてたぶん少ししかない。
それでもこの出来の悪い世界は変わる。変えることができる。
だから私たちは今よりも幸せになることができる。
絶対、できる。
了
出来不出来 阿下潮 @a_tongue_shio
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