後輩と先輩さん

蒼ノ下雷太郎

第1話

 1


「へいへいーい」ツインテールの後輩が妙な踊りをしながら近寄る。「先輩、ボクと付き合っちゃいなヨー」

「………」

 長い黒髪を二つのお下げにし、薄い眼鏡をかけている美少女は読書にふける。

「いや、聞いてよ!」

 ツインテールで、首にリボンをつけ、サ○○オのカバンをブンブン振り回す地雷系は叫ぶ。この子も顔は可愛く、黒のセーラー服を独自解釈しコミカルなピンバッジや腕輪や指輪をはめてて、小柄な子がピーピー言ってる姿は小型怪獣みたいで微笑ましい。

「ごめんなざい」急に謝りだした地雷系。「調子に乗りましたぁ。もう告白しませんからこっち見てください」

 二人がいる部屋。

 映画部。

 かつては栄華を誇ってたらしいが、カリスマ的人気を誇った部員がいなくなると人は来なくなり、廃墟同然となる。それでも十六畳ぐらいの部室が現在にまで存続し続けたのはそのカリスマ部員が校長の孫娘だったからで、悪く言えば校長の独裁で現在も部員が二人しかいないのに、ろくに活動もしてないのに、存続が許されている。

「……いやお前」可憐な見た目に見える眼鏡の少女。地雷系より一つ上の学年だが、背格好は同じぐらい。今は部室のソファーに座ってるが立って少女二人が並ぶと同じ目線になる。背格好が同じでも可憐さは段違いで、彼女は新雪のような怪我しがたい神秘性があるように見えるが。「何度も告白しすぎだろ。昨日も一昨日も十日前からしてんじゃねーか」

 口調は結構荒っぽかった。

 眼鏡の美少女――二宮美衣(にのみやにみい)。

「いや、ほら、何万回もすれば答えが変わるかなって」

「何万回も鑑賞すれば結末変わるかな的な言い方するな。答え変わらん。私はお前と付き合う気はない」

 バッサリと、枝切りばさみでやられたように失恋する地雷系。

 フンッ、そんなのはもう慣れてるぜ。まだまだこれから何万回も告白するぜ、と全くノーダメの地雷系だったが。

「そんなことより、お前ってもしかして男?」

「突然とんでもないこと言わないでください」

 地雷系は珍しく憤慨した。

 昭和のヤクザ映画の主人公がキレかける寸前みたく、静かな怒り方ではあるが。

「てか、どう見ても女の子でしょ! この可愛さとか小柄さとか」

「でも胸ないし」

 1000000のダメージ。

「肩幅は……確かにないんだが。いや、でも……お前」

「股間を見るな!」

 絶叫する地雷系だった。

「……ついてる?」

「ついてませんよ!」

「ほんと? おちんちんついてない?」

「平然とおちんちん言わないでください!」

 どうやら、あんだけピーピー騒いでた割りには下ネタには弱いようだ。大分ピーキーな性能をしているおしゃべりキャラである。

「なぁ、おちんちんちゃん。頼むからちょっと」

「ほんと、ぶっ飛ばしますよ。先輩といえども」

「いや、やっぱさ。シュレディンガーを言うわけじゃないけど、観測しないとそのモノの正体って分からないじゃない。少なくても観測できてない私の中には、おちんちんの地雷系と、おちんちんじゃない地雷系がいて」

 この野郎……と、さっきまでの崇拝っぷりが嘘のように殺意が湧きだす地雷系だった。

「てかボク、地雷系って名前じゃないんですけど」

「あぁ、なんだっけ。カオルって名前だっけ? 男にも女にも使えるから余計に怪しいな」

「カオルコ! 薫子ですよ!」

 しっかり女性的だった。

「いや、名前で女か男か判断するのは失礼に値する」

「あーいえば、こう言うなぁ……ボクは女の子です!」

 峯川薫子(みねかわかおるこ)。まー、地雷系って呼ぶ方が手っ取り早い気もするが。

「てか、先輩そんな上品そうな雰囲気出してるくせに、下ネタさらっと言うのやめてくださいよぉ」

「知るか。勝手に人の中身を判断して落ち込むのはそっちの落ち度だろ。私は私だ……正直、お前の告白は断ったがお前のボディには超興味ある」

「ほんと、黙っててくださいよぉ」

 口を開くと、変なことを言う先輩。

 それが、二宮美衣という少女だった。

「さらに言うと、お前が付き合いましょうよと言ったのは断ったが。セックスしてくれだったらOK出したと思う」

「誰かこの人の中身変えてよぉ」

 さっきは薫子のことをぞんざいに扱った美衣だが、別に彼女のことは嫌いではない。むしろ好きだ。容姿が。見た目が。小柄な肉体もだ。

 意外と個性的な女の子は好きらしい。見るからにメンヘラ要素を醸し出してる地雷系の薫子も、それはそれで、見た目可愛いなと素直に好きだったりする。

「ボクの言う告白ってその……もっと、こう、あれなんですよ。乳繰り合ったりじゃなくて、適度に会話して互いを尊敬したり高め合ったりしてですね」

「映画見る? 今日もホラーでいいよね」

「聞いてないしなー。ボクが恋愛を語ると秒で興味なくすしなー」

 薫子は当初はもっと真面目そうな子だった。

 堅そうな名前からして、実家が代々由緒ある家系なんだとか。広めの和風庭園なんかもあるらしく、金田一耕助の事件が起きてもおかしくないと勝手に美衣はにらんでいるが、ともかく、そんなお堅い家の子が、どういうわけか美衣と出会うことで変なスイッチが入り、今に至る。

 ちなみにこの格好はこの部室だけで廊下に出ると即座に解除するらしい。キャストオフである。

「先輩って、ボクと最初にあった時もそうでしたよね」

「覚えてないな。どんな対応してた? あ、『食人族』でいいか」

「よくねーよ。気軽にやばいの流さないでくださいよ。ボク、それトラウマなんですからね……えーと、いや、最初に出会った反応も『食人族』とか見る? だった気がします」

 うわぁ、と昔から変わってねぇー、とため息をつく薫子。ま、昔と言っても数ヶ月前の話だが。

「いや、私さ。『食人族』をおすすめして、その反応次第でその人を測るからさ」

「へー、どういう?」

「えー、嘘ありえなーい。はまだマシで。静かに『……ない』って言う奴は絶対親しくならない」

「いや、ドン引きしてるんだから、そりゃまぁ」

「ドン引きって映画の一ジャンルだろ。別に本物見てるわけじゃないでしょ。それなのに、あたかもそいつが殺人鬼みたいな目する奴は平気で人殺せる奴だから絶対信じない」

 こじらせてる。

 昔何かあったのだろうか。

 いや、しかし彼女の言い分も分からなくはなかった。好きなエンタメのジャンルに一々文句言う奴は絶対ろくな奴じゃない。

「薫子は嫌だー、トラウマー、とか言う割りには一緒に見てくれるから好き」

「……好きって言ってくれるのは嬉しいけど……解せぬ……てか、『食人族』セットしないでくださいよ!」

 結局、その日はその映画を見ることになった。あんなことを言われたら、薫子も拒否するって選択肢が取りづらく、しかも途中から美衣が腕を絡め取って抱きついてきて(え、何のご褒美?)と思われる行動をしてきたので、最後まで見続ける結果に。そう、美衣は抱きつくことで薫子をドキドキさせただけじゃなく、映画を見終わるまで拘束するという結果までなし得たのだ。

(この野郎……でもそういう所も好き)

 後輩も大概チョロい性格である。


 2


 薫子はお堅い家の子である。

 学校生活でもお堅い家の子という認識をされていて、普段は真面目に暮らしてる。

「あらあら、お帰りなさいねぇ」

 と、使用人のトモエさんが出迎えてくれた。長年峯川家で働いている女性で、昔はもっといたらしいが、現在は彼女一人。髪は白髪を黒く染めており、息子どころか孫までいる。それでもここで働いてくれるのはお金もあるし、長年の恩があるからだとか。「ただいま、トモエさん」と笑顔で返す薫子。

 ツインテールはしておらず、長い黒髪をストレートにしている。

 独自解釈した制服はなく、ピンバッジもあの部室にいるときだけのようだ。現在は全部外してカバンにしまってる。

 部屋に行く。

 彼女の部屋は殺風景で、勉強机とベッドの他には参考書やら色々が詰められた本棚があるぐらいだ。お堅い家特有の漫画は禁止という法律はここにも存在しており、本棚は色気がないものばかり。これらの本を書いた第一線の者達だって、ある種の楽しみを見出してるからこそ、本を書けたりする。それらの楽しみを全部敵視してる峯川家はだから滅んでいくのだろうなと薫子は思っている。

「そのくせ、ボク……私の名前は小説からなのよね」

 口調も変わる。一人称だってボクっ子なのはあそこだけだ。

 薫子、名付けたのは祖父で昔の小説の主人公からとったらしい。その作家は大河ドラマの原作に選ばれるほどの有名作家らしく、ミーハーな気持ちから選んだのだろう。なので、選んだ基準はゲームやアニメのキャラから名前を拝借したのと変わらない。

 峯川家は代々金貸し業に勤しんでいたらしく、地元では有名な地方銀行の総裁をしている。といっても、あくまで地方で有名なだけでその力は東京に及ぶ程ではない。当主である父の給料も、ヒルズに住む人達のと比べたら月とすっぽんだろう。

 所詮は井の中の蛙。だが、妙に古い因習がこびりついていて、この家は歩く度に嫌な感じがする。

 瓦屋根が城のように多く連なり、全体的な見晴らしは武家屋敷のようである。だが武家の血はどこにもなく、江戸時代に商人だった者達が成り上がり、見栄で建てたのがこの家だ。醜い、愚か、みっともないという感情が入り乱れるが、薫子が一言で表すなら。

「どうでもいい……」

 立派な家には暮らしてるのだし、良くも悪くも思ってはいない。この家のことは全部どうでもいい……のに、古い因習がある。

 漫画禁止って、今時誰も言わないよ……学校でも漫画あるぞ。普通に。と。

 部屋にはノートパソコンがある。これが唯一、彼女が外につながれる。

 複数の配信サイトに登録して、映画やアニメを見まくっている。

「峯川さん、あの部室によく通ってるの?」

 昼休み。

 食事を一緒にしていた女子からそんなことを聞かれた。

「えぇ、まぁ……」

「よした方がいいわよ。あの二年の先輩、おっかない噂が多いんだから」

 曰く、自分よりも上級生の相手にも手を出すとか。

 曰く、教師にも刃向かうとか。

「へぇー……それは」

 それらの噂は以前から薫子も知っていた。

 だから、知ろうと思ったのだ。


 3


「……当の本人は寝てるし」

 美衣はソファーで膝を折り曲げて収納し、眠りに就いていた。その姿は愛くるしい猫のようで、背徳感のあるうら若き乙女、の寝姿というよりファンシーな小動物のそれだ。

 触れたくなる気安さからか、薫子はつい指を伸ばしてしまう。

 つん、つんと……頬を指でつっつく。

「はむっ」

 喰われた。

「いや、ちょ、定番みたく指を咥えないでくださいよ。ちょっ」「んぅぅ」

 歯でかみ砕くのではなく、優しく舌でなめ回し、唇でもみもみする美衣。もちろんだが、指をハムハムする姿はとてつもなく可愛く、エロく、離そうとする薫子の気持ちがそがれ、しばし見入ってしまう。

「はむ……んぅぅ……ん? ……何をしてる」

 咥えながら尋ねる美衣。途中から目が覚めたようだ。

「……ガチガチガチッ」「いだだだっ!」

 本気ではないが、歯でお仕置きする美衣。指がぬかれる際も美衣がハンカチで彼女の指をぬぐった。その後、薫子が自身の指を咥えようとするのをガチで止める。

「いきなりセクハラってどういうシチュエーションだよ! この、バカ!」

「うわぁ、ツンデレヒロインみたいな台詞」

 からかう後輩。怒る先輩。

 微笑ましい光景を行う。

「先輩」

「あ? 何だよ」

「どうして、生徒殴ったりしたんですか?」

「……お前、それって気にしても中々聞けないタイプの質問じゃね?」

「いや、どうせ先輩のことだから大切な人の悪口言われたからじゃないかなって」

「………」

 え、どうして分かったん?

 という、異常に分かりやすい顔をして反応した美衣。いや、嘘がつけないにも程があるのだが。

「昔、運動部に入ってたからさ。後輩をいじめる先輩にブチギレたり、未だに髪の色や長さを守らせようとする教師にも正直イラッときてな」

「ふぅーん」

「元から茶色が地毛の奴だっているのにさ。あいつら、前時代的な奴らだから」

 分かっていた。

 この先輩は、いい人だと。

 だから、好きになったのだ。噂なんて、初めからどうでもよかったが。改めて、この人の良い部分を見つけられて嬉しかった。

「て、急に抱きつくな!」

 こんな先輩だから、一緒にいたいと思えた。

 

(了)

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後輩と先輩さん 蒼ノ下雷太郎 @aonoshita1225

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