第8話 大団円
マサトは、実際につかさの後を追ってみることにした。あまり露骨にやると、本当に警察に通報される可能性もあるので、ある程度の距離を置くことと、最終的に、彼女がお店に出勤時間前に入店するかどうかを見極めればいいのだから、もし見失ったとしても、お店の近くに、出勤前にいれば分かることだった。
もちろん、こんなことはしてはいけないということを重々分かっていながら、しているという意識はあった。意識がなければ、本当のストーカーだからである。
彼女の様子を見ていると、大学にいる時は、本当に真面目な文学少女という雰囲気であった。
彼女には、この間の最初に見せていた。下ばかりを向いた、いかにも暗いと思わせる性格と、自分の興味のあることには、我を忘れたかのように前のめりになるその姿は、年相応だった。
だが、一人でいる時の、
「おそらく、素の姿なのだろう?」
と思われるその姿を見ていると、年齢よりもかなり若く見えて、幼さすら感じさせるのは、真面目さが本当の彼女なのだろうということを感じさせるからだった。
授業を受けていない間は、図書室で、本を読んでいるか、勉強室でパソコンを使って作業をしているかだった。
パソコンを使っている時は、小説を書いている時だろう。今までに見たこともないような真剣な表情が滲み出ていた。
それなのに、幼さを感じるのだから、彼女の本当の顔がそこにあるのだと思わせるものだったのだ。
彼女はパソコンを打っている時と、本を読んでいる時間を繰り返している。
「たぶん、小説を書いている時間が本当の目的で、本を読んでいるのは、他の人がいうところの休憩時間なのではないだろうか?」
と思うほど、本を読んでいる時はリラックスしていた。
「本を読むのに、これほどリラックスした表情もない」
と思うほどのその雰囲気に、マサトは圧倒されたような気がした。
そんな彼女を見ていると、
「ソープ嬢ではないか?」
と感じたことが悪かった気がした。
もし、そうだとしても、違ったとしても、そのことで彼女に対する気持ちが変わることはないだろう。
ただ、つかさに対して、
「俺の彼女になってほしい」
という感情はなかった。
きっと、つかさとは、友達以上恋人未満くらいの関係がベストではないかと思えた。友達以上にはなりたいが、恋人になってしまうと、彼女に求めているものが消えてしまいそうな気がしたからだ。
彼女にするということは、
「自分が求めているものが分かってはいけないのではないか?」
と思っていた。
今のように、漠然としてであるが、彼女に教えてほしいと思うことや、癒しを貰いたいというような感情を抱いたということは、
「きっと、彼女にまではしたくない」
という感情の表れなのではないかと思うのだった。
「つかさって、見ているだけでいいというか、言い方は失礼かも知れないけど、ひな壇に飾っておきたいと思うようなタイプなんだ」
と、先輩が昨日言っていた。
それは、まだ、つかさに会う前だったので、
「それって、どんな心境なんだろう?」
と思い、まるで自分の娘のように、
「目の中に入れても痛くない」
という感覚になるからではないか?
とまで考えたほどだった。
そのことを思い出しながらつけてくると、
「自分もつかさの正体が、思ったよりも早く分かりそうな気がしてくるのではないか?」
と、思うのだった。
ずっとつけていると、ある瞬間から、
「あれ?」
と感じる時間があった。
それは、あいりが出勤する時間の約30分くらい前のことだったが、急に大人っぽく感じられた。
顔が見えるわけでもないのに、どうしてそういうことを感じるのかというと、歩き方に妖艶さが感じられたからというのと、もう一つあったのだが、すぐには分からなかった。
だが、店に近づいていくうちに、
「何か懐かしい」
という思いがしたからで、それは、数日前に訪れたお店の近くまできたことで、お店に来たことが、
「まるで、昨日のことのようだ」
と感じたことだった。
あの時は先輩と一緒だったが、
「近い将来、もう一度、今度は一人で来ることになるんだろうな?」
と感じたことだったが、それがまさか、女の子を追いかけてこの近くまでくることだとは夢にも思っていなかったはずだ。
単純に、
「あのお店に、あるいは、ついてくれた女の子に嵌るかも知れない」
と思ったからで、実際に、えりなとは、
「最低、もう一度は会ってみたい」
と思ったのは事実だった。
しかし、それは、
「ソープのサービスを受けてみたい」
と思ったというよりも、
「彼女の口から、この業界の話をいろいろ教えてもらいたい」
と感じたからだった。
その思いが、強く、自分がソープを好きになったのは、実際に女の子から受けるサービスというよりも、
「お店に来るまでの間や、待合室で待っている時のドキドキ感を味わいたいからではないか?」
と感じるからだった。
話は変わるが、勝負事などでもそうではないか?
「実際の勝敗は、勝負の場に出る前の準備段階でその勝負はついていると言われている」
という話を聞いたことがあったが、今ならその時の言葉の意味が分かるような気がするのだ。
カーテンを開けて、女の子と対面した時が、精神的な絶頂ではないかと思う。そのことを、
「有頂天だ」
というのだと思うのだ。
有頂天というと精神的な絶頂であり、実際に肉体的な絶頂が訪れた時のような、
「賢者モード」
に陥ることはない。
だから、精神的な絶頂は目立たないのだが、その感情はしみついているはずなのだ。その思いがあるから、賢者モードに何度も陥っているにも関わらず、
「また、ソープに行こう」
と感じるのだろう。
その件に関しては、以前先輩から聞いたことがあったのだが、何しろまったく行ったことも経験したこともないのだから、話を聞いてもピンとくるはずはないのだった。
それを思うと、この間遭ったえりなの存在が自分の中で大きくなってくるのを感じたが、
「ずっと指名することはないだろうな?」
と思ったのは、女の子を飽きることになるということが分かっている感覚と、
「肉体的な絶頂と、精神的な絶頂である有頂天という感情が離れたところにあるのではないか?」
と感じたことだった。
ただ、今回の心にもないと思えるような行動で、つかさがあいりだということは判明した。
「一体、俺はそれが分かったというところで、自分の中の何を知りたいと思っているのだろうか?」
と感じたのだ。
次の日になって、マサトは先輩から呼び出された。
行ってみると、先輩は今までにないほどの真面目な表情をしていたので、思わず臆してしまう自分に気が付いた。
「お前は、昨日、つかさのことをつけていなかったか?」
といきなり言われて、ビックリして顔は紅潮してしまい、何もいい返せなくなった。
完全に金縛りに遭ってしまった感覚で
「どうしてそれを知っているんですか?」
と聞くと、それには答えずに、
「別に攻めているわけではないんだけど、お前が何を疑問に感じたのかを知りたくてな」
ということだったので、
「もう逃げられない」
と思い、例のソープで予約したのを拒否られたあたりから話をした。
「そうか、そういうことだったのか。これで、繋がった」
と言って、先輩はむしろホッとしているようだった。
「実は、俺の彼女とつかさが雰囲気がおかしいということを分かっていたのだが、その理由が分からなかったんだよ」
というではないか。
「えっ? 彼女さんとつかささんの雰囲気がおかしいことと、僕がつかささんをつけていたことにどんな繋がりがあったというんですか?」
と、まったく理由も分からずに、マサトは聞いた。
「ハッキリというと、お前の推測通り、つかさは、あの店のあいりなんだよ。そのことは俺も知っているし、実は俺の彼女も知っている。これは、お前だからいうんだが、俺の彼女はあの店で働いていたんだよ。そこで知り合ったのが、つかさだったんだ。俺は、彼女の客だったわけだが、俺は彼女のことが好きになり、彼女も俺のことを好きでいてくれたので、付き合うということになってから、俺のお願いとして、ソープ嬢を卒業してもらったんだ」
「先輩は彼女が元ソープ嬢でいいんですか?」
とマサトは聞いた。
「それはどういう意味でだい?」
と、先輩はそこまで怒っている雰囲気ではなかった。
マサトが感じていることが分かっているかのようだった。
「俺はいいと思っているよ。ソープ嬢だって、どんなに贔屓にしている女の子だって、何度も一緒にいれば、必ず飽きがくるものだよ。これが彼女であれば、そんなことはない。彼女には何度指名しても、飽きが来る気がしなかった。しかも、彼女に次第に嫉妬してくる自分を感じたんだ。これが彼女を好きになった一番の理由なんだ」
という先輩に、
「その気持ちはよく分かります。正直、僕も童貞の時、逆に、一人の女性を好きになって、飽きることなく、ずっと好きでいられるんだろうか? という思いがあったことから、自分が決まった彼女を作ることはできないのではないかと悩んでいたんです。だから、先輩からソープに連れていってもらっての。童貞喪失は、それなりに意義があったんです。風俗嬢に感じることは、自分の中にある、飽きという感覚を理解させてくれるのではないかと思ってですね。この間、相手をしてくれた、えりなさんと話をしていると、解決したわけでもなく、悩みが半分くらいは解消された気がしたんですが、話をしているうちに、彼女たちと話をしていると、自分がそれまで感じていた悩みを解決してくれるような気がして、先輩が風俗に彼女がいるのに通っている理由はそこにあると思うようになったんですよね」
とマサトは答えた。
「そうなんだよ。お前の言う通りなんだよ。だから、俺も彼女のことが好きだし、つかさのことも、放っておけないと思っているんだ。だけど、彼女は引退した時に、つかさも一緒に辞めるように促したんだけど。つかさは彼氏がいるわけではなく、小説を書くという目的があることで、風俗での経験を生かして、小説を書きたいと思っていることから、すぐに復帰することになったんだ」
というではないか。
先輩の彼女が元、風俗嬢だったということにもビックリしたが、一度辞めた女の子がまた復帰するというのにもビックリさせられた気がした。
「まあ、一度辞めた風俗嬢が戻ってくるという話は、別に珍しいことではない。お金の問題もあれば、こういう仕事が好きで、辞められないという人もいるだろうし、言い方は悪いが、男に騙される形の女性もいるから何とも言えないんだけど、彼女のように、この場所が自分の本当の居場所だと思っている人も珍しくはないだろうからね、だから、俺は彼女が戻ったことを知らないふりをしていたのさ」
という。
「そうだったんですね」
「ああ、だから、俺もあの時に最初に指名したのがまさか、あいりだとは思ってもいなかったので、拒否されたということも知らなかったんだ。あいりとしては、きっと俺が指名したとでも思ったんだろうな。だけど、彼女が俺に対して拒否ったわけではなく、俺の彼女に知られたくないというのが本心だったと思う。つかさとして一緒にいられることを志向の喜びだと言っていたので、その気持ちを尊重するつもりでいるのさ」
と先輩はいうのだった。
「分かりました。僕も絶対に口外しないようにします」
「ありがとう」
と先輩はそういった。
しかし、マサトは、どこか納得のいかない部分があった。
「本当に先輩の彼女さんは、つかささんがまたお店に戻ったということを知らないのかな?」
というと、
「そうなんだよ。それだけは、本人でないと分からないのでね、聞くわけにもいかないしね」
と先輩は言った。
「だけど、皆が隠そうとしているのであれば、俺はそれを尊重してやりたいという気持ちになるな」
と先輩は続けた。
「どうしてですか?」
と聞くと、
「だって、必死に隠そうということは、相手に気を遣っていることだけど、相手だってこっちのことを気にしているわけなので、まったく分からないということはないと思うんだ。だから、そんな人間を必要以上に揺さぶることはしたくないし、自分の気持ちに正直になってほしいと思う」
と先輩は答えた。
「お前だってそうなんだぞ?」
と先輩は続けた。
「えりなにしても、あいりにしても、たぶん、お前が気に入る女性だと思うんだ。相手がどう思ってくれているか、それくらいのことが分かるようになれば、一人前だな」
と言って先輩は大声で笑っていた。
「そうですね」
と言って、謎が解決したことで、新たな自分が開けた気がしたのは、先輩がついていてくれるからなのに違いない……。
( 完 )
思いやりの交錯 森本 晃次 @kakku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます