悩める子羊はバッドエンドの檻の中

胡麻かるび

魔法少女・見崎千景



 私は魔法少女だ。

 普段は何の変哲もないJKをやっている。

 正体を明かすことはできないけれど、魔法少女として日夜こっそり街中の人たちを助けている。


 だから毎日授業中眠い……。

 ぼんやりと窓辺から外の様子を眺めていた。


「こら、見崎! 見崎千景!」


「は、はい……」


 フルネームで名指しされて、重たい瞼を擦りながら立ち上がった。

 教卓から私を叱りつけたのは現代社会を教えている担任の丸山だ。

 ちなみに丸山はヅラである。

 いい歳して若作りに励み、肌の弛みに合わないテっカテカのヅラを使用しているから誰しも見た瞬間にヅラだと分かる。

 こないだもグラウンドでの全校集会で強風に煽られて取れそうになったヅラを、私の魔法で必死に止めてあげたのだ。


「お前は授業を聞く気があるのか?!」


「あります」


「だったらちゃんと黒板を見てノートを取れ!」


「はい……」


 クラスメイトからクスクスと笑われた。

 私はなんで丸山のヅラが捲れるのを必死に止めてあげたんだろう。



     …



 魔法少女をやるにはいくつか守らなければならないルールがある。


 1つ、魔法の存在は絶対に知られてはいけない。


 だから私がどれだけたくさんの人を助けても、周囲の人間はおろか、助けられた本人さえも私のことを知らない。


 1つ、魔法は人のために使わなければならない。


 私の意志にかかわらず、人助けのために魔法は使わなければならない。だからどれだけ憎い人がいても、その人が困っていたら助けなければいけない。


 1つ、契約から3年経過すると、自分が魔法少女だったことを忘れなければならない。



 ルールを破った場合、私はこの世から消え、元からいなかった存在になる。



     …



 私が魔法少女になったキッカケは中学卒業のときのことだ。


 クラスメイトから教えてもらったジンクスで、こんなものがある。

 中学校の中庭に咲く桜の木の下で「私は魔法が使えます」と3回唱えると魔法が使えるようになる、というくだらないジンクスだ。

 バカバカしすぎて、クラスメイトたちは卒業する頃にはそんな噂すっかり忘れて、結局だれも実行することなく卒業してしまったのだけれど……。


 私は卒業式のその日、憧れてたクラスメイトの久良木くんに告白して見事に玉砕された。

 実はその後たまたまその桜の木の下で蹲って、一人で泣いていた。

 悩める子羊状態だったのだ。


 そこに桜の花びらがひとひら、私の腕に落ちてきてそのジンクスを思い出した。

 自棄になった私は、試しに3回唱えてみたのだ。


 自分を勇気づけるためにも。


 大好きだった久良木くんを忘れるためにも。



 すると————。



 "あなたは魔法少女になりますか?"



 そんな声が頭に響いた。

 失恋のショックで頭がおかしくなったのかと思った。



     ○



 それからまだ厨二病真っ只中だった私は、魔法少女になって人助けができるという特別感に惹かれてあっさり桜の木と契約したのだった。



 魔法は基本的に思った通りのことが何でも叶う。


 時間よ止まれー、と念じるだけで時間が止まる。

 火よ出でよー、と念じるだけで火が手先から吹き出る。

 ヅラよ捲れるなー、でヅラは捲れない。



 でも人助け目的以外では使っていけないというルールがあるから、大して大きな魔法は使えない。

 かれこれ魔法少女になってから早2ヶ月経ったけれど、昼夜問わず人助けをしまくる生活はなかなかにしんどかった。



 困っている人を見かけると、私の意志とは無関係に胸がドキドキし、魔法を使って助けなければいけない使命感に襲われるのだ。


 でもそれで助けた後には決まって疲労感が襲ってきた。

 そんな毎日に嫌気が差しては、徐々に心がぼろぼろになっていくのを感じていた。


 なんで私が、なんで私が……。

 そんな負の感情ばかりどんどん貯まっていく。


 こんな辛いなら魔法少女になんてならなければ。

 そう思ったときも何回もあった。


 でもその反面、こうやって人助けをたくさんしていけば、きっと報われる日が来るんだろうなと漠然と信じていた。

 人の幸不幸には波があって、辛いことがあった後には必ず良い事がやってくると、お母さんも教えてくれた。

 だからそれを信じて頑張るんだ。



     ○



 ある日の下校時間。



「千景、ちょっと遊びいかない?」


 この子はぼっちな私を唯一気にかけてくれてる友達、百瀬凜子だ。

 高校から一緒になったけど、最初の名簿順の座席が近くて、なんだか気が合って友達になった。

 凜子と2人で、緑の丸いマークが目印の喫茶店に入って駄弁った。


「実は私、テニス部で気になる人見つけちゃったんだよね」


「え? 誰?」


 凜子は女子テニス部に所属している。

 男子テニス部と練習コートが近くて目に留まったんだろう。


「誰だと思う? 千景も知ってると思うよ」



 ———その瞬間、ざわりと胸騒ぎが襲った。



 それは次第にドキドキとした動悸に移り変わっていく。

 その動悸は私に魔法を使えと指示しているようだった。


「もしかして……」


「ほら、千景と同じ中学から来た人」


「………く、くら………」


「そう、久良木くん! かっこよくない?」



 胸が、苦しい……。


 いつものより、すごく……。



「千景に頼めば、久良木くんのこといろいろ教えてくれそうな気がしてさー」



 凜子がそれから何を言っていたかよく覚えていない。

 私は慌てて急用を思い出したと言って帰った。

 私はいろんな感情に耐えながら、必死になって家路を辿った。



 そして最後には魔法少女として魔法を使ったのである。




 私が凜子と久良木くんにかけた魔法のことは………今ではもう思い出せない。



 どんどん存在が希薄になっていく。



 私は消えるのだろうか?



 ルールを守れなかった魔法少女として。



 どうして私が消えなくちゃいけないんだろう。



 些細なことだったかもしれないけど、たくさんの人のことを助けてあげて、



 その人たちに少しでも幸福を与えてあげていたはずの私が、なんで……。



 私はちゃんと魔法少女としての役目を果たせなかったんだろうか……?



     ○



「凜子、おまたせ」

「綾介、遅いよー!」


 桜が満開の公園で、ある男女が待ち合わせをしていた。

 両者とも部活帰りのようで、テニスバッグを背中に背負い、2人でこれから並んで帰るところだった。


「ん?」


 男の方に桜の花びらが一枚舞い降りた。


「あっははっ! 綾介、鼻に花がついてるよっ」

「うわっ、なにそのさっむいオヤジギャグ!」


 男は寄り添う女に文句を伝えながらも、その花びらを丁寧に指先でつまんで間近で凝視した。


「どうしたの、綾介?」


「いや、なんか————桜見るたびに思い出すんだよね。凜子が告ってきた日のこと」


「え?! なにそれ酷い! 私たち付き合い始めたの6月だよっ! 桜なんて咲いてなかったじゃん!」


「確かに………でも、なんでだろな?」


「えー! 違う子じゃないの?!」



 恋人同士の他愛のない会話。


 魔法少女はどんなに辛くても、みんなの幸せを願って。


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悩める子羊はバッドエンドの檻の中 胡麻かるび @karub128

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