ミレニアム・ウォッチドッグ

胡麻かるび

BY06‐S ゼックス


 私は自律探査型アンドロイド『BY06‐S』。

 オペレーターには、ゼックスの略称で呼ばれている。


 我々の任務は、環境破壊により荒廃した惑星――通称『死の星』から、文明の足がかりとなる遺物を探索し、マザーベースへ持ち帰ることだ。

 古代の生命活動の痕跡を発見することは、我々の発展に大いに役立つ。

 


 今回降り立った星は、我々のルーツを探る上で最重要とされる惑星。

 より太陽に近く、危険性が高いと判断されていた死の星である。


 ――地球。


 我々アンドロイドを開発したAIの親AIの、さらに親AIの開発者が存在していたと記録されている星である。

 調査隊は、十三部隊を投入。

 各隊五名のチームで編成され、上空写真の景観から判断し、史料が多く存在すると予想される都市部にそれぞれ着陸した。


 私の部隊、チームBYは東京の探査担当だ。


 記録によると、東京には日本人という少数民族が生息していた。

 アジアの末端に存在し、分類上はアジア人でも、遺伝学上では他のアジア人には類を見ない構造を持つ特殊民族。

 汎用言語も特殊な語法を用いていた。

 また、独自の文化を持ち、架空の世界観を表現する芸術産業が盛んだったと云う。


 人類文明を辿る上で、特に探索価値が高いエリアになりそうだ。



『オペレーターよりゼックスへ。クリアリングを命じます。応答を』


 視界の端に映るパッシブ・ソナーの波形を確認する。

 気になる物音や動きは検知されない。


「こちらゼックス。周囲に適性反応なし。探索可能だ。他四機とも待機中」


『了解。落下地点より三七〇〇メートルの距離に巨大構造物を確認。探査活動をお願いします』


「了解。チームBY、探索開始する」


 陸地走行モードに切り替え、瓦礫の弾き飛ばしながら進んだ。


 視界は不良。

 有毒化合物による濃煙に覆われ、とても有機生命体が生きられそうもない環境だった。


 オペレーターの言う構造物の地点まで辿り着く。

 大きな構造物がいくつか聳え立っていた。――ビルだ

 一番大きなビルの壁にワイヤーを射出して適当な階へ引っかけ、外壁を駆け上がって内部へ侵入した。


『ゼックス。崩壊を招かないよう、慎重に行動願います』


「了解」


 中では、当時の人間が物を売買していた商業店舗が点在していた。

 衣類が多い。

 着衣確認用と思われるマネキン、イメージポスターなどもかろうじて確認できる。人間の家族が寄り添いながら、こちらに笑顔を向けていた。

 千切れた特大写真の奥にいる人類――。


「……」


 人間の生活様式の再現ホログラムはいくつも見たことがある。

 しかし、こうして生の記録を見ると、なぜだか思考が止まった。

 私の言葉では表現できない奇妙な感覚が襲う。


 言語中枢と思考回路にエラーが発生しているのだろうか。

 メンテナンスは行っているはずだが。

 私もこの重大任務の局面で、思考判断の頻度が多く、計算以上の負荷がかかっているのかもしれない


「ゼックス。何をしている?」

「――ああ。問題ない。次のエリアへ進もう」


 部隊の仲間も私の動作不良が気になるようだ。

 上階へ上がり、探査と回収作業を進めていく。順調だった。

 行き止まりに当たるごとにソナーで音や構造物の密度を観測し、問題がなければ壁をレーザーで破壊して進んだ。


 ある階層まで来て、ソナーの波形に変化があった。


「ゼックスより管制室へ。ソナーに音反応を確認。アクティブ・ソナーを起動する」


『了解』


 アクティブ・ソナーでは対象の形状や動体速度も感知可能だ。

 ソナーで読み取った対象の姿が、手のひらで三分の一の縮図でホログラムが浮かび上がる。


「これは……犬?」


 浮かび上がった動体反応の姿は、明らかに犬だった。

 地球に広く存在し、人類に飼育されていた種族である。

 人類が滅んで三千年――。

 ただでさえ環境破壊で多くの生物が死滅した死の星で、犬が単体で生き残っていることは考えにくい。


『管制室。生体反応の確認は?』


『こちらオペレーター。管制室のモニターでは生体反応は確認できません。異物は発見次第、排除をお願いします』


 生命体であれば、貴重な資料となる。

 だが、マザーAIの創生技術により、情報源となる物以外の無機物は持ち帰る意義がなくなってしまった。

 それらは速やかに排除することになっている。


「了解……」


 私は壁をレーザーで焼灼して取り除いた。

 すると、その奥では確かにソナーで検知した通りの犬が待ち構えていた。


 銃口を向け、対峙する。

 犬は緩慢な動作で歩き迫ると、鳴くような動作の途中で停止した。

 双眸の光は、数回の点滅の後に消えた。


「ロボットだ」


 私は犬型ロボットを拾って調べた。


 精巧につくられたロボットだ。

 人類史において、犬は人間のパートナーとして信頼関係を築きながら、多様な姿へ進化したとされる。死の星における最後の犬の姿がこのような無機質な形とは、何とも皮肉な話だ。


 かろうじて電源が残っていたようだが、今の歩行で切れたようだ。

 明らかに闖入者である私を警戒していたように見えたが、一体どういうプログラムだったのだろう。


 廃都のビルの一室で閉じ込められ、およそ三千年もの間、ずっと――。


 ふと室内の奥を見やると、薄いモニターが置かれていた。

 コンピュータだ。回収対象になると思い、中身を確認するために電源プラグを私自身に接続して起動させた。

 起動直後、モニター上には人類の映像が浮かび上がった。


 私の視界ソナーの波形が、大きく跳ね上がる。



「今日はぁ~~ナナミの~~誕生日で~~っす! あ、はいっ」

「ハッピーバースデートゥーナナミー! ハッピーバースデートゥーナナミー!」


 急に映し出された動画には、男女複数人がケーキに火を灯して歌いながら大騒ぎしている光景があった。

 当時の日本人の姿だ。

 映像はすぐ切り替わり、派手に包装された箱を渡すシーンに。


「誕生日プレゼントでーーーっす! 開けてみて開けてみて!」

「えー? なんだろう。楽しみだなぁ」


 女が包装を取り、箱が開封される。

 中からは犬型ロボットがでてきた。

 そう、まさに私が手に抱えている電源の切れたロボットだ。


 さらに映像は違う場面に変わった。

 相変わらず部屋の様子だが、今度は男女二人しかいない。

 ソナーの波形が賑やかに揺れる。


「見てっ! 可愛い! 私を見て、追いかけてくるよっ」

「ゴンタは偉い! 頭いいねぇ!」


 男が犬型ロボットの頭を撫でている。

 ゴンタと呼ばれていたようだ。私でいうゼックスのようなものか。

 映像は切り替わる。


「見て見て。――あなたの大切な部屋を守ります。防犯機能だって」

「じゃあ、この部屋、守ってもらっちゃおっか?」

「ゴンタとの思い出もいっぱいだもんね」


 どうやら犬型ロボットは顔認識プログラムを備え、それを利用し、認識外の顔の人間が現れると吠えるようにプログラムされているらしい。


 その後、映像は騒然とした場面に変わった。

 男女二人が部屋から慌てて逃げていく。

 後ろ姿だけが映り、その直後、爆音と煙が映され、映像は途絶えた。


 ――東京を壊滅させたあの大災害か。


 賑やかな波形の起伏はなくなり、辺りはしんと静まり返る。

 記録が断片的な理由は自動アップロードとランダム映写のせいだろう。

 本体を回収すれば、より多くの映像記録を掘り起こせるに違いない。幸いにも、このコンピュータの保存状態はかなり良い。

 しかし――。



 私は犬型ロボットを見返した。


 言葉に表現できない感覚が再び襲う。

 この奇妙な体験が何なのか、私自身にもわからない。

 すれ違うはずのなかった私と、この部屋の住人の刹那の邂逅は、それ――ゴンタによってもたらされた。


 反復的な思考エラーによって、手が勝手に動き、電源プラグと犬型ロボットを接続して充電を施した。

 私は何をやっているのだろう。

 言い換えれば、これは我々アンドロイドの発展に背く反逆行為になるかもしれない。



「ゼックス。何かを発見したのか?」


 壁を潜り、廊下へと戻った。

 待機していた仲間の問いかけに、私は静かに首を振る。


「ゼックスより管制室へ。犬型ロボットが動作していたが、回収対象となる物は発見できなかった」


『了解。次の探査エリアを検索します――』



 ゴンタが守り続けた人間二人の波形。


 それを奪い取ることはできそうにない。

 きっとあの映像記録は、そこに在るから意味があるのだ。そう確信した奇妙な感覚こそ、私たちアンドロイドにも内在している重要な人類の痕跡なのだろう。

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ミレニアム・ウォッチドッグ 胡麻かるび @karub128

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