後編

 その日の夜朝日は不安で眠れないでいた。

「どうしよう…… 夕子に嫌われてたら……」

 彼女たちが友達になったたきっかけは、中学2年の時のソフトボールの授業だった。


「それじゃあ2人組を作って軽いキャッチボールから始めていこっか」

 体育教師の言葉を合図に皆それぞれ仲のいい生徒同士でペアを組んでいく。この時の夕子は神戸の学校から転校してきたばかりでペアを組む相手がおらずただその場に立ち尽くしていた。

「えっと…… 朝来さん、だっけ、一緒にやろうよ」

 そこへ朝日がやってきた。

「いいですよ」

 2人は最初は無言でキャッチボールをしていたが次第に飽きてきたのかお互いのことを質問し合いながらボールを投げるようになった。

「どっからきたんだっけ!」

「神戸の西の方! そっちは?」

「私は生まれた時から東平町の西寺ってとこに住んでる!」

 この日の授業は終始キャッチボールのみで終わった。

 それから数週間後、朝日は夕子を向島公園に呼びたした。

「で、なんなのこんなとこに呼び出して」

「しようよ、キャッチボール」

 そう言って新品のグローブとボールを手渡した。

「ジャーン、買ったんだ。 キャッチボールの道具。」

「これまたなんで」

「だってさー最近試合ばっかで全然会話できてないじゃん」

「そう…… とりあえずやりますか」

 それから毎日のようにキャッチボールをする様になった。

「朝日ってさ、なんで私に声かけてくれたの?」

 夕子は朝日に問いかけボールを投げる。

「たまたま1人だったから」

「なにそれ」

「そのままだよ、お互いに1人だったから。 理由なんていらないでしょ!」

 朝日はめいいっぱいボールを放り投げてしまいボールは広場の向こうにある孔雀の檻のところへ飛んでいった。

「ちょっと朝日、ちゃんと投げてよ」

「いやーごめんね」

「はぁ…… 全く朝日は……」

 夕子が渋々ボールを取りに行き、いきなり大きな声で鳴いたオスの孔雀に驚きながら朝日にボールを渡しに戻ろうとすると彼女の方から声をかけてきた。

「ねぇ、キャッチボールはこの辺にして砂浜の方に行こうよ」

「いきなりどうしたのよ」

「これもなんとなく」

「ちょっと朝日! 子供じゃないんだから理由と責任を持って行動しなさいよ!」

「あはは、怒った怒った!」

「あっ朝日、待ちなさい!」

 夕子は砂浜に逃げる朝日を追いかける。

「はぁはぁ…… ちょっと疲れたね」

「……うん」

 朝日たちは砂浜に着くとその場に座り込んだ。

「ねえ朝日、私たちずっと親友でいよう」

 西の空に沈む夕日を見つめながら夕子が言った。

「うん、約束だよ?」

「わかってる。」

 2人は夕日を見つめながら指切りをしそのまま手を握り合った。

「さあ、夕子そろそろ帰ろっか」

「うん朝日、また明日」

「うん、また明日ね」

 2人は公園の出口に向かうとそのまま二手に分かれてそれぞれの家に帰っていった。


「夕子の手…… あったかかったなぁ」

朝日はそんなことを呟いて涙を流して布団の中で埋まってそのまま泣き疲れて眠ってしまった。

 朝日にとって漫研部最後の日、とうとう夕子が部室に戻ってくることはなかった。

「やっぱ来ないか……」

 いつも通り下校時間のチャイムが鳴り朝日は立ち上がった。

「この後どうするんですか?」

「夕子の家に直接行ってみるよ。一年間ありがとう」

 朝日は美琴に頭を深々と下げると部室を出て下駄箱へ向かい始めた。

「こちらこそ、1年間お世話になりました!」

 美琴も深く頭を下げた。

「どういたしまして」

 朝日は左手の中指と人差し指を交差してみせそのまま去っていった。そして美琴はその背中をただ黙って見つめていた。

 朝日は走った。振り返らず、休まず夕日を追い越す勢いで走った。息を切らしながら踏切を超え、その先の東平高校で右に曲がり団地へと駆け込んだ。

「306…… 306……」

 朝日はそう呟きながら階段を駆け上がり306号室のインターホンを押した。

「はい……」

 扉が開き中から部屋着姿で目の腫れた夕子が出てきた。

「……お久しぶり」

「……とりあえず入りなよ」

 夕子に促され朝日は気まずそうに部屋の中へ入っていった。

「布団敷きっぱなしだけどごめんね」

「うん、いいよ別に」

「で、なんで家に来たの?」

「最近、部活来てなかったから」

「そうなんだ…… まだ部室にいってるの?」

「ううん、今日で引退した。 就活しなきゃいけないし、それに夕子とちゃんと話したら引退するつもりだった。」

「そうなんだ……」

「うん、この間はごめんね」

「……遅いよ」

 夕子は朝日の胸の中にもたれかかり朝日は夕子の優しく受け止めた。

「私ね、本当は朝日が私を置いて大人になるのが怖かったんだ……」

 夕子は泣きそうになりながら続けた。

「いつもの朝日ならなんか用事があってもさほどのことがない限り部室に来て一緒にいてくれたもん」

「そうだね」

「でも就活が始まってから就職のことばっかりで進路の決まってない私のことを置いてけぼりにしてた気がしてたんだ」

「はぁ…… 馬鹿だなぁ、私がそんなことする訳ないじゃん。 今はちょっと忙しいけどまた落ち着いたらどっか行こうよ」

「でも私…… 何したいのかわかんなくて……」

「それならゆっくり一緒に考えようよ。 その間は私が面倒見てあげるからさ。」

「……本当に面倒見きれるの?」

「わかんない」

「もう、朝日はいっつも無責任なんだから……」

「うん、何にも成長してないよ、中学の時から。 それにほとんどの人は歳をとって無理やり大人にされた人だろうし、意外とみんな子供なんだよ。」

「そっか……」

「……そうだよ」

「私ね、朝日のそういうとこ好き」

「うん、私も夕子のこと好きだよ」

 二人が愛の言葉を交わした時、6時を知らせる市の放送が流れ始めた。

「もう6時か……」

 朝日は夕焼けでオレンジに染まった空を見上げながら呟いた。

「もう帰るの?」

「ううん、しばらくこのままがいい。」

 そう言ってさらに強く抱きしめ合う2人を東平の西の空に太陽は遮光カーテンの隙間から明るく照らしていた。

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拝啓、無責任な大人な君へ 輝波明 @juniku

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