中編

  美琴と夕子、そして朝日の三人がワクワクした様子で部室に入っきた。

「さぁ、うまく走ってくれよ……」

 哀が祈るように呟いた。

「じゃあ和戸さん、動かしますよ」

「國有さん、お願いします」

 科学部の寺洲てらす仁子にこがパソコンを操作するとリニアモーターカーが浮き上がり両方の部員たちが小さくガッツポーズをした。そして哲子が鉄道模型用のマスコンを手前に引くとリニアモーターカーの模型はゆっくりと前進し始めた。

「とりあえず、最初の1周は徐行で」

「了解です」

 2人の顔は真剣そのもので模型は寸分違わぬスピードでコースを1周した。

「それじゃあスピードを上げてください」

 哀の指示を聞いた哲子が模型のスピードを上げる。

「うまくいってるてるみたいですね」

 美琴が安心した表情で朝日に語りかけた瞬間だった。なんとリニアモーターカーから煙が上がり始めたのだ。

「焦げ臭っ! 早く止めてくれ!」

「もうやってます! ブレーキも効かない!」

「寺洲君! 早く電源を切るんだ!」

「はいっ!」

 寺洲が電源を切ったときにはもう遅かった。

 燃え盛るリニアモーターカーはカーブの部分で脱線しメジャーリーガーのストレートボール並のスピードでゴミ箱に突っ込んだ。

「あっ、あっあ…… そ、そうだ消化器!」

 美琴は火のついたゴミ箱に消化器の泡を噴射し安堵したのか火災報知器の警報音が鳴り響く中、体の力が抜けてその場で座り込んだ。

「ヤバっ!」

「えっ、ちょっと朝日! どこ……行くの!」

 その光景を目にした朝日が夕子のてを引っ張って部室から逃げ出し、今に至る。

 その後は白石と風紀委員長にこっぴどく叱られてから帰された。

「ちょっと朝日どーすんのよ! 私たちが逃げたせいで大変なことになったじゃない!」

「そんなこと言ったって…… 火事だったし……」

「はぁ…… あんたはいっつも言い訳ばっかりで…… 責任感とかないの?」

「責任感か……」

「そう、責任感。 大体朝日は中学の時から全く成長してないし。 私たちもう高校3年生なんだよ? 美琴ちゃんたちに見られても恥ずかしくない様な生き方しないと。 もう子供じゃないだからもっと大人らしくしなさい」

「はい…すみません…」

 さらには夕子のお説教もついてきた。

 「今配った進路希望調査票、提出期限今週中だからよろしく。」

 ぐだんの事件から1ヶ月後、夕張たちの担任は卒業、そして進学か就職という厳しい現実が3年生たちに迫っているということを突きつけるような態度で言い放った。

「朝日はさ、卒業した後どうすんの? まさか私のヒモになるとか言わないよね」

「ちゃんと就職するよ、島田工業にね」

 島田工業というとこの近くの洗井地区に広大な工場を持つ涼木製鋼グループの御3家と呼ばれる下請け企業の内の1社である。

「……そう、結構しっかり考えてるんだね。」

「当たり前じゃん、もう六月だよ? リニアモーターカー燃やしてる頃の私じゃいられないよ。 そういう夕子はどうなのさ」

「私は…… 今のところ未定」

 夕子は後ろめたそうに答えた。

「そう、お互い頑張ろうよ」

 朝日はあの時の無邪気で無責任な子供というよりも妙に大人びた笑顔で夕子に語りかけた。

(違うよ…… 私の知ってる朝日はこんな大人じゃない……)

 そんな朝日に夕子は違和感を感じていた。

「……朝来先輩? どうしたんですか?」

 朝日が部室にくるのを待つ夕子は親指の爪を噛んで貧乏ゆすりをしている。美琴はあからさまに苛立ちを覚えている夕子に少し恐怖していた。その時、部室の扉が開き朝日が入室する。

「ごめんごめん、進路指導の先生と面接練習してたら……」

 朝日が言いかけた時、夕子が怒声を上げた。

「遅い!」

「だからごめんって」

「何? 謝ったらそれでいいの? 私よりそんなに面接の方が大事なの?」

「いや、それは……」

「あなたが私の知ってる夕張朝日ならちゃんと後先考えずはっきり言い切りなさいよ!」

「……なんだよその言い方」

「そもそも遅れてくるあんたが悪いんでしょ?」

「だから謝ってるじゃん! 私の知ってる夕子だったらちょっと迷惑そうに許してよ!」

「……もういい、私帰る。」

「ちょっと…… 朝来先輩!」

 美琴が呼び止めようとした瞬間、夕子は乱暴に部室のドアを閉めて出ていった。

「一条君、すまないね…… 私たちのせいで部停を食らった上に科学部、鉄道研究部、軽音部、そして天文学同好会以外の部が連盟を脱退したり、挙句の果てに見苦しい喧嘩を見せてしまった。」

「いいんです。 私はただ…… いえ、そんなことより朝来先輩大丈夫ですかね?」

「大丈夫、きっと明日にはまた部室にくるよ。」

 朝日は美琴の横に座って焦げついたかつてゴミ箱だったものを見つめながら言った。

 しかし、次の日もまた次の日も夕子は学校に来なかったし部室にも来ることも無かった。

「朝来先輩、来ないですね……」

「さて、どうしたものか……」

 ちょうど夕子が学校に姿を見せなくなって1週間が経った頃、朝日と美琴は頭を抱えていた。

「とりあえず今日も下校時間まで待ちましょうか」

「そうだね」

 しばらくすると白石が部室を覗きにきて朝日を見るや

「夕張、こんな時期に何してるんだ就職試験の勉強は進んでるのか?」

 と言ってきた。この頃になるとほぼ全ての3年生は部活を引退して受験勉強や就職活動に力を入れていた。

「夕子を待ってるんですよ。」

「朝来か…… 最近学校来てないからなぁ……」

 そう言うと白石はどこかへ立ち去っていった。

 程なくして下校時間を知らせるチャイムが鳴り、2人は帰り支度を始めた。

「一条君、私明日で漫研部を引退しようと思う。」

「えっ……」

「だから引退だよ、い・ん・た・い」

 朝日は腰掛けていた革製のソファーから立ち上がり伸びをしながら続けた。

「そろそろ島田工業の採用試験に向けて準備しないとな」

「それってここにはもう来ないってことですか?」

「うん。 とりあえず内定もらうまで」

「そうですか……」

「寂しいの?」

「そういうわけじゃないですけど……」

 美琴はもどかしそうに言った。

「そっか、じゃあまた明日」

「はい……」

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