第9話 今昔物語集のような
今昔物語集の柱の節穴から赤子の手がひらひら招くという逸話と同じような体験をしたので、綴っておきます。
小学生の娘はそろばん塾へ通っています。
そろばん塾に通い出したきっかけは、近所に引っ越してきたクラスメートの男の子が習っていたからで、以前から娘にそろばんを習わせたいと思っていた私の希望によるものでした。
娘も通うようになってから、男の子と娘はそろばん塾へ一緒に行くようになりました。
いつも娘が男の子の家に迎えに行って、それから連れ立って塾へ行きます。
その日は、男の子のお母さんに私が用事があって、たまたま娘と一緒について行きました。
角を曲がって、二軒並んだ家の、奥の家が男の子の家です。
角を曲がったと同時に、私はあれ? と思いました。奥の男の子の家の玄関が、こちらからは横向きに見えるのですが、玄関から色白の腕が一本伸びて、ひらひらと手招いています。玄関に隠れて、腕の端が半袖の服を着ているようにも見えたので、男の子のお母さんがどこからか帰宅して、こっちに気がついたのかな? と思いました。しかし、私が良く見ようとする前に、腕はさっと玄関の奥に引っ込んで、消えてしまいました。
手招かれたと思ったけれど、男の子のお母さんが帰宅される途中で腕を出したのが、偶然見えたのかもしれないと思い直しました。
「今、腕が見えたよね?」と隣を歩く娘に確認したら、娘の顔色が変わりました。
「腕なんかなかったよ」と娘は言うのです。
「え? 確かに腕がひらひらと見えたよ」と言うと、ますます娘の表情がこわばります。娘は怪談や妖怪譚が好きな小学生にありがちな、怖い話を読んだり聞いたりするのは好きだけど、後から怖くなってくるタイプの怖がりです。
おまけに実は娘以上に怖がりなのが、いつも一緒にそろばん塾に通っている男の子です。男の子が怖がるので、娘がいつも迎えに行く形にしているのです。
娘が男の子の家の玄関が怖くて、これからは男の子を迎えに行けない。そろばん塾に通えないと言い出すと困るので、私はそれ以上、娘に腕の話をするのをやめました。
そして、娘と男の子の家の玄関に辿り着きました。そこには誰もおらず、娘が改めて「ほら、誰もいないじゃない。玄関を開ける音もしなかったよ」と言いました。
娘がチャイムを鳴らして男の子が玄関に出て来たところで、男の子のお母さんを呼んでもらいました。すぐに出て来た男の子のお母さんは長袖のグレーの服を着ていました。
男の子には上にお姉ちゃんが二人いるのですが、お母さんから二人とも留守だと言われました。さすがに腕を見たとはお母さんには話せませんでした。
……さて、私だけが見た腕の主は一体、なんだったんでしょう……。
男の子のご家族にはいつも親切にしていただいているので、悪いものではないと私は信じています。
徒然に不思議なこと 神無月 風 @misawo
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