第7話 湯けむりダンジョン


 さて、早く用事を済ませて、里の温泉にでもつかかりたい所だなのだが――


(これはハメられたかな?)


 辺りに霧のようなモノが立ち込めたので、最初は無意識の内に『温泉の方へと歩いてきたのか』と思ってしまったが違うようだ。


 どうやら、虚構領域ダンジョンへ迷い込んでしまったらしい。

 この現世うつしよにあって、世界から隔離かくりされた場所。


 かつては『幽世かくりよ』や怪異により作り出された領域を『異界』などと呼んでいたようだが、最近では虚構領域ダンジョンに統一されたらしい。


 霊薬や魔石など、現実世界では手に入らない道具アイテムが手に入ることから探索者シーカーが後を絶たない。人気スポットでもある。


 命の危険もあるのだが、恋人との性の営みを動画としてネットへ上げる副業もまかり通っている時代だ。


 自分や周囲の人間を『大切にする』という意識が欠如けつじょしているのかもしれない。


(強盗・特殊詐欺グループの存在といい、俺には理解できないな……)


 油断してはいなかった――といえばうそになるが、普通は有り得ない状況だった。

 怪異たちの【隠れ里】で領域を展開するには、それなりの準備が必要だ。


 里の怪異たちが誰一人として『気が付かない』という状況は余りにも不自然である。里の誰かが故意こいに、俺を虚構領域ダンジョンへ誘導したのだろう。


 つまり犯人は『里の長老たち』という事になる。


(あの妖怪じじいたちはなにを考えているのだろうか?)


 まさか俺を閉じ込めている間にペルセを!――と一瞬考えたが、態々わざわざそんな回りくどい事をする理由が分からない。


 そもそも、聖女である彼女を【隠れ里】へ入れること自体がリスクだ。

 この場合『狙いは俺の方だ』と考えるのが自然な気がする。


 ちからだめしでもしたいのだろうか?

 確かに俺の【死神】の異能を人の居る場所で使うのは危険だ。


 虚構領域ダンジョンへ閉じ込める――という手段は間違ってはいない。


(ただ、それなら……)


 断ってから、やって欲しいモノである。本来なら水や食料の心配が先で、救助を待つのが基本なのだが『俺を試したい』というのなら話は別だ。


 イライラしていたので丁度いい。

 俺の中に渦巻く感情を【けがれ】と変え、異能を展開する。


(【穢れ】の侵食度は『フォース』いや『サード』でいいか……)


 あまり深く侵食してしまうと人間に戻れなくなってしまう。

 ペルセがてくれたら、暴走状態も解除してくれるのだが、今は期待できない。


 俺は黒の外套マントと全身に包帯を巻いた【死神】の姿へと変った。

 同時に世界が真実の世界をあらわす。


 霧におおわれた村の道ではなく、墓場グレイブヤードのようだ。

 西洋の墓地だろうか?


 空は白く、地面と植物は青や紫といった気持ちの悪い色をしている。正面に立っているのは【葬儀屋】アンダーテイカーのようだ。


 恐らく、村へ来た『怪異狩りハンター』のなれの果てだろう。

 捕まって、対【死神】用に改造されたらしい。


 似たような怪異をぶつけることで、俺の力量を計りたかったようだ。

 しかし、ヤツがまとっている程度の【穢れ】では全然足りない。


「俺が東京で見てきた【穢れ】には遠くおよばないな……」


 【葬儀屋】アンダーテイカーはスコップを振り回し、俺に突撃してくる。

 だが、怪異化し【死神】となった俺の身体能力の前には無力だ。


 俺が距離を取ると【葬儀屋】アンダーテイカーは地面にスコップを突き立てる。

 どうやら【腐乱死体ゾンビ】を呼び出したらしい。


 次々に地面から【腐乱死体ゾンビ】が現れる。なにも知らない人間が虚構領域ダンジョンへ迷い込んでいたら、彼らの餌食えじきになっていただろう。


 B級映画の光景だが、ペルセがたのなら、嬉々ききとして〈浄化の光〉ホーリーディストラクションを放っただろう。


 一度、学園で吸血鬼事件が発生した際、生徒のほとんどが裸にされてしまった事は、忘れたくても忘れられない記憶である。

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