第8話 お分かり頂けただろうか?


 せめて、武器ぐらい持たせて欲しい所である。

 相手は【腐乱死体ゾンビ】なので、すでに死体だ。


 俺の異能は通用しないだろう。当然、他の手は考えてある。

 そのために【けがれ】の侵食度を『サード』にしたのだ。


 俺は攻撃をかわし、縦横じゅうおう無尽むじんに駆け抜け、この虚構領域ダンジョンへ【穢れ】をばらく。

 そして、地面へ手を触れると虚構領域ダンジョンの階層を一気に地下5階まで下げた。


 ズドンッ!――という腹の内側に響くような衝撃を受けたが、それは相手も同じだろう。


 より下層へと降りることに成功したようだ。基本となる風景に変わりはない。

 ただ周囲は黒一色となり、墓や木々、草花の輪郭りんかくは赤い線だけで描かれる。


 そんな世界へと姿を変えた。俺の領域へと相手を引きり込むことに成功する。

 当然、俺の領域なので【腐乱死体ゾンビ】はいない。


 ゲームで1階層の怪物モンスターが5階層に存在しないのと一緒だ。

 黒と赤の世界で、俺と【葬儀屋】アンダーテイカーの存在だけが、ハッキリと理解できる。


 勝負はすでについていた。


 【葬儀屋】アンダーテイカーの足にすがるのは娘だったモノだろうか?

 背中に負ぶさっているのは妻かもしれない。


 人が【穢れ】を帯び、怪異となるのに、もっとも簡単な方法が存在する。

 それは大切な存在を自らの手で穢すことだ。


 【葬儀屋】アンダーテイカーは怪異となるために、自らの家族を犠牲にしたのだろう。

 彼は妻と娘にめられたまま、地面へとしずむように引きり込まれて行く。


 【葬儀屋】アンダーテイカーは俺に助けを求めていたが、そこになんの感情もかない。

 それよりも、早く能力を解除した方がいいだろう。


 放って置くと虚構領域ダンジョン怪物モンスターを生み出す。

 それは俺の創り出した虚構領域ダンジョンも例外ではない。


 浸食を解除し、最初の階層へと戻ってくると〈コア〉と思しき『光の玉』が、俺の胸の高さの位置に浮遊ふゆうしていた。


 【穢れ】を右手に集め『光の玉』へれると、頭の中に言葉が流れてくる。

 どうやら、望みを叶えてくれるようだ。


 虚構領域ダンジョンではまれに発生する現象だ。

 困ったことに、解釈をじ曲げられた状態で叶えられる場合が多い。


 これには虚構領域ダンジョンの創り手の性格が影響するようだ。

 今回は長老たちが創ったモノだろう。


 影響は『【隠れ里】の中だけ限定』と考えればいい。

 温泉に入りたい――と願う事にした。


 次の瞬間――ザブンッ!――と水飛沫みずしぶきが舞う。

 温かい。どうやら、温泉の中に放り出されたようだ。


(こんな事だろうとは思っていた……)


 俺は立ち上がると、少女たちと目が合う。

 ペルセと氷那姫、香夏子と――ついでに珠子師匠も一緒だ。


 普段は聖衣をまとっているが、ペルセは脱ぐと、結構すごい。

 氷那姫も成長しているようだ。白い肌が綺麗だった。


 香夏子もすっかり女性の身体になっている。

 胸の大きさは二人におとるが、三人の中では一番、健康的と言えるだろう。


 珠子師匠については、特にコメントするようなことはない。

 旧スクール水着などが似合いそうだ。


「セーイチさん、分かっていますよね?」


 笑顔を浮かべるペルセ。だが、目は笑っていない。

 お分かり頂けただろうか? 家に帰るまでが虚構領域ダンジョンである。


 人を裸にするクセに、自分の裸を見られるのは嫌なようだ。

 ペルセがお約束の〈浄化の光〉ホーリーディストラクションを発動させた。


 だが、今回は甘んじて受けよう。

 どうせ温泉なので、裸になったとしても変ではないハズだ。


 その後、長老たちに文句を言ったのだが、何故なぜか彼女たちの裸を見た責任を取るように言われてしまう。


 俺はまったく悪くないと思うのだが、氷那姫と香夏子を連れて、東京へ戻るハメになる。長老たちは最初から、そのつもりだったようだ。


 『怪異狩りハンター』が【隠れ里】にも来るようになった。人間と怪異が共存できるようになった今、【隠れ里】で暮らす事にこだわる理由もない。


 虚構領域ダンジョンは俺に氷那姫と香夏子を守れる力があるのか、確認するためのモノだったのだろう。


 三人には謝ったのだが、怒っている様子はなく、キョトンとしていた。

 すっかり東京での新生活の方に意識が向いている。


 『女三人ればかしましい』とは言うが、プラス一匹だ。

 帰りの席順も勝手に決められてしまった。


 俺は飛行機の中で考える。もしかすると――怪異が増えたのではなく、人が大切なモノを失っただけなのかもしれない――と。


 取りまる側に回っている所為せいだろうか?

 家族や友人、周囲の人を裏切る人間が増えている気がする。


「大丈夫にゃ~♪」


 と隣に座っていた珠子師匠。相変わらず根拠はないのだろう。

 俺がそう思っていると、


「誰かと一緒だから、人は自分という存在の大切さに気付けるのにゃ♪」


 俺の心を見透かしたような台詞セリフを言う。大切だと思える人がそばてくれるのなら、人は必要以上に怪異を恐れる事はないのかもしれない。


 ペルセたちがてくれるのなら俺は――


「お客様の中に聖女様はいらっしゃいませんか⁉」


 CAが慌てた様子で声を上げる。

 どうやら、無事に東京へ帰るのは難しそうだ。

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