第5話 里を出た理由


 人間と怪異との違い。それは見た目だけではない。

 【恐れ】や【けがれ】といった負の感情をまとうことが出来ること――


 少子高齢化のこの時代、人材不足は深刻で、怪異事件や人知を超えた摩訶まか不思議ふしぎとされる出来事は『特殊警察怪異対策課』の仕事となっていた。


 便宜上は警察と名乗っているが、政府に雇われた民間の武装会社だ。

 おおやけの場では武装警備員というあつかいになっている。


 まだ高校生である俺が、その一員として活動できるのも、ひとえに人材不足による所が大きい。


 危険ではあるが『人々から感謝される大切な仕事だ』と政府はうそぶいている。

 悪鬼あっき羅刹らせつを斬る――と言えば聞こえはいいだろう。


 だが、人間からも怪異からも嫌われるよごれ仕事だ。同時に人々がもたらす負の感情は、俺たちの異能の力を引き上げるのだから、皮肉なモノである。


 ――東京で仕事をしてみないか?


 当時、中学生だった俺は躊躇ちゅうちょすることなく、首を縦に振った。

 まあ、当時の俺は怪異が置かれている状況を知らなかったし、里から出ることに魅力を感じていた。


 むしろ、こんな状況でなければ、里から出ることは許されなかっただろう。


(それに俺が断れば、代わりに氷那姫や香夏子が東京へと行ったハズだ……)


 危険な任務を彼女たちにさせるワケにはいかない。

 当然、刺激を求めて『都会へ行ってみたい』という気持ちもあった。


 子供の内は野山を駆けまわったり、畑の手伝いをしたり、川で遊んでいれば良かったのだが、中学生になると、そんな事ばかりもしてはいられない。


 生きとし生けるモノ、すべてに等しく死をもたらす【死神】の能力は、怪異相手にも有効であった。ゆえに俺が選ばれたのだ。


「それではセーイチさんが、氷那姫ちゃんと香夏子ちゃんの代わりに東京へ行ったのですね!」


 とペルセ。一旦、俺の家へ向かうことにしたのだが――その道中――氷那姫とはすっかり打ち解けてしまったようだ。


「はい、優しい子なんですよ」


 と氷那姫は答える。母親目線なのは何故なぜだろうか?

 『里を出たかった』とは説明したのだが、バレていたようだ。


 なんとも気不味きまずい。


「怪異の能力を発現するには、環境に適応する必要があるのにゃ」


 と珠子師匠。つまり【死神】である俺の場合は――死の環境に適応すればいい――という事になる。


 丁度、里を襲った『怪異狩りハンター』が現れ、香夏子を逃がす時間稼ぎで俺は一度『殺された』というワケだ。


「ただの犬死だよ」


 そんな俺の台詞セリフに、


「征一郎はそう言うけど、【死神】の力がなくても同じ事をしたと思うわ」


 と氷那姫。


「氷那姫ちゃんの言う通りです。神に祈りを――」


 ペルセが祈るのと同時に〈浄化の光〉ホーリーディストラクションが俺へと放たれる。いつもの事なので、クルリと身体をひねって回避するのだが、こんな場所で裸になるのはゴメンだ。


(いい加減にして欲しい……)


 その所為せいで学園では『裸聖女』だの『性女様』と呼ばれている。

 一緒にいる俺の身にもなって欲しい。


「俺を浄化しようとするのはめてくれ」


 と毎度のようにお願するのだが、


「てへっ☆」


 と言って、ペロリと舌を出すペルセ。

 反省はしていないようだ。


(これはまたヤル気だな……)


 そうこうしている内に、俺の家に着いたので荷物を置いてくる。

 両親は出稼ぎに出ているため不在だ。


 思ったよりも部屋は片付いていた。

 きっと留守の間、氷那姫たちが掃除をしてくれていたのだろう。


 そんな氷那姫はペルセを連れて、里の案内をするそうだ。


(見て面白い物など皆無かいむだろうに……)


 いや、温泉にでも行くつもりだろうか?

 【雪女】のクセに温泉が好きだった事を思い出す。


 本当は心配なのでついて行きたい所だが、里の長老たちが俺に顔を出せとうるさいらしい。面倒だが、行くしかなさそうだ。


 昼寝をしようとしていた師匠に無理を言って二人の護衛を頼む。

 また、氷那姫へは『ペルセに気を付けるように』と耳打ちした。


 俺は里長の家へと向かう。

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