第15話 救出

「じゃ、そっちは頼んだ。俺達は、人間同士で決着をつけてやる」

 炎獅子えんじしを出し、意識をそちらに向けておいてそろそろと逃げかけていたラグトムに、魔法使い達の視線が向けられる。

「うわっ」

 足下の草が伸び、追い掛けようとしたレイザック達の足に絡みつく。さっきやった魔法をやり返されたのだ。

 レイザックがしたのはラグトムの足止め程度だったが、ラグトムが仕掛けた魔法は上半身にまでせり上がり、完全に二人を拘束しようとするものだった。もたもたしていたら、完全に身動きできなくなってしまう。

「させるかっ」

 自分達の周囲に火を立ち上がらせ、伸びてくる雑草を一気に焼く。足に絡もうとしていた草も、元気をなくして地面に横たわった。

 ほっとしたのも束の間、土のつぶてが飛んで来る。マグテスが防御の壁を出し、つぶては重く大きな音をたててその壁に当たった。

 音の重さからして、命中すれば骨折。当たり所が悪ければ、命に関わる。

 たとえそこまでには至らなくても、相当のダメージは必至。聞こえる音のイメージからでは、土と言うよりほとんど鉛の玉を投げられているようなものだ。

「それなりに力がある奴が必死になると、やりにくいな。命の保証ができない」

 不穏ふおんな言葉を口にするレイザック。

「レイ、あの男には生きて償わせましょう。楽に死なせる方がしゃくだと思いませんか?」

「……そうかもな」

 死んだら終わり。

 だが、そんな簡単な終わり方は許せない。たとえ口先だけでも、シェルに謝罪してもらうぞ。

 レイザックが炎の矢を向けると、ラグトムは水の壁を出してそれをはばむ。湯気が立ち上り、周囲の視界が悪くなった。

「逃がさない。ぼくの相棒が、さっき言ったはずですよ」

 マグテスが風を起こす。とたんに湯気は吹き飛ばされ、再びラグトムの姿がクリアになった。

「崩れの人間がよく使うんですよ、その手は。目くらましして、そこから逃げようという魂胆でしょうけれど、残念ながらぼく達はそんなに甘くありませんから」

 ラグトムの舌打ちする音が聞こえた。マグテスが言ったようなことを考えていたらしい。

 ラグトムのレベルがどうであれ、二人の魔法使いを相手にするのはやはり不利。さっさと逃げる方が自分にとって得策だ、と。

 だが、レイザック達はそういう魔法使い崩れを、これまで何度も相手にしているのだ。

「俺達が人間の皮をかぶった魔物だって言うなら、お前は魔物以下だっ」

 レイザックの叫びに呼応するように、マグテスがラグトムの周囲を火で囲んだ。一歩踏み出せば火傷しかねない狭い火の輪に、ラグトムはすぐに水で消そうとする。

 また周囲に湯気が立ち込めた。

「お前達、バカなのか? こんな火を使っても、オレはすぐに水で消す。お前達が自分でオレの姿を隠そうとしているようなものだぞ」

 視界不良でラグトムの顔は見えないが、今の口調は間違いなくこちらをあざわらっている。

「バカはお前だよ」

 さっきラグトムがしたように、レイザックは土のつぶてを放つ。的が見えていなくても構わない。ラグトムがいた位置を中心に広範囲で放った。

「うわっ」

 土のつぶてが何かに当たった音がした。同時に男の悲鳴も。

「お前が水魔法を使っている隙を狙ったんだ。飛んで来る炎の矢と違って火に囲まれれば、消すまですぐには動けないからな」

 レイザックが話す間に、マグテスが再び風で視界を晴らす。姿を現したラグトムは、肩を押さえ、片膝をついていた。

 湯気は相手から身を隠せたが、同時に相手の攻撃が見えなくなる。こちらの姿が見えないから攻撃はされない、とあなどっていたため、レイザックの放った土のつぶてを防ぎ切れなかったのだ。

 ラグトムにすれば、暗闇でいきなり攻撃されたようなものだろう。防御の壁を出す余裕はない。顔や服のあちこちも土で汚れている。かすっただけでも、ある程度のダメージは受けているはずだ。

「さっきの矢はわざとか」

「あれだけでうまくいけば、それでよし。似た攻撃をされれば、これしかできないのかって油断するだろ。さっきまでのお前みたいにな」

「よかったですね。あなたが出したものより、土のつぶてが軟らかくて。そうでなければ……あなたの格好を見れば、今頃は血まみれで数カ所の骨折は確実でしたよ」

「同じものが出せなかっただけだろ」

 悔しまぎれか、すぐに逃げられない体勢でもラグトムの口は減らない。

「おや、わかりませんか? 手加減してもらっていたのに」

「何だとっ」

 ラグトムの意識が挑発するマグテスへ向けられているところを逃さず、レイザックは残っていた周囲の雑草を利用して一気にラグトムを拘束する。反撃する暇は与えない。

 今度は足だけでなく、首から下全てをぐるぐる巻きにした状態だ。さっき自分達がされかけた術をさらに強化してやり返し、ラグトムはもう指先一つ動かせない。さらには猿ぐつわまで。

 これで呪文は唱えられないし、もちろん走って逃げることもできない。少し強めに拘束したのは、レイザックのせめてもの報復だ。

「こんな雑草だらけの場所で、営業会議なんかするんじゃなかったな。本当なら、このまま首まで締め上げてやりたいくらいだ。規則だの何だのがなかったら、こんなもんじゃ済まないからな」

「レイ、もう抵抗できない相手を脅すのはやめておきましょう」

「こいつ、シェルに手をかけようとしたんだぞ。魔法で締め上げるんじゃなく、本当ならこの手でぶん殴ってやりたい」

「はいはい、わかりました。それよりオルフォードの方は……静かになっていますね」

 オルフォードとラグトムに召還された炎獅子えんじしは、ラグトムがその場から逃げようとした瞬間から戦っていた。庭の半分以上が、魔獣達の戦いの場だ。

 どちらも火の魔獣なので初めは炎の応戦を繰り広げていたが、お互いに受けるダメージが少ない分、与えるダメージも小さい。

 そのうち体当たりを始め、互いが相手の身体に牙をたてようとするが、うまくかわされて決着がつかないでいた。

 だが、ラグトムがレイザックの魔法によって拘束されたとわかった途端、炎獅子から戦意が消える。

 戦闘意欲をなくした相手に飛びかかることもできず、オルフォードも動きを止めた。

「終わりだ」

 炎獅子が低い声でつぶやく。

「術者が拘束された。私はもう、どんな命令も受けない。戦う理由は消えた」

「……そうか」

 自分と契約している魔法使いが崩れだとわかっていても、魔獣にとって拘束力の強い契約だと簡単に破棄できない。そのため、この炎獅子のように渋々命令を聞いて動くことになる。

 だが、契約相手である魔法使いが取り締まりをする魔法使いに捕まれば、遅かれ早かれ魔法が封印されることを魔獣は知っているのだ。

 封印、つまり魔法が消えれば、契約も自然消滅という形になって拘束力を失う。当然、受けた命令も消える。

 だから、炎獅子は戦うのをやめたのだ。

「想像はつくけど、こいつも形だけの契約だったってことだな」

 レイザックに言われ、ラグトムはいまいましそうに視線を外す。猿ぐつわがなければ、きっとまた舌打ちをしていただろう。

 契約という形だけでなく、お互いを信頼していれば。

 魔法使いがこうして拘束された時に助けようと、魔獣は動くもの。そうすることで自分が他の魔法使い達に追われる身になるとわかっていても、魔獣は自分の契約者となった魔法使いを助けようとするのだ。

 しかし、そういうことはまれ。

 レイザックやマグテスが契約している魔獣達なら、敵の手に落ちるという事態になれば助けてくれるかも知れない。だが、崩れの魔法使いが契約している魔獣は、まず動かない。

 ラグトムは炎獅子の名前すら、呼ばなかった。それはたまたまかも知れないが、人間排除の命令をする辺り、魔獣を道具扱いしていることがわかるというものだ。人間を殺させ、その結果魔獣が後でどうなろうと知ったことではない、と。

 オルフォードは魔法使いと契約をしたことはないが、その辺りの事情は知っている。なので、炎獅子の戦意喪失の理由もすぐにわかった。

「我々が戦う理由は消えた、という訳か。お互い、あの魔法使いにもてあそばれたな」

 オルフォードも、憎しみがあって炎獅子と戦っていた訳ではない。戦う理由がなければ、戦いは終わる。

 ラグトムのせいでオルフォードは家族を奪われかけ、炎獅子は呼び出された時だけではあるが自由を奪われていたのだ。

 ファルジェリーナとトゥールティアをスーバの山から連れ去る時、ラグトムはこの炎獅子に協力を強制していた。

 種族が違うとは言え、眠らされた魔獣を連れ去る仕事なんて、炎獅子はやりたくない。だが、拒否を示すと、氷に包まれたいか、と脅された。

「お前の力なら、オレを八つ裂きにするなり焼き殺すことは簡単だろう。だが、お前が本当にそうした時、お前は一生魔法使い達から追われることになる。知っているか? 人間はしつこいぞ。たとえ担当する人間が年老いても、別の若い奴がその任務を引き継ぐ。お前が確実に死んだとわかるまで、追い続けるんだ。オレを殺した瞬間から、お前に安住の地はないと思え」

 炎獅子がそんなことを言われて脅されていた、とわかるのはもう少し後の話だ。

 とにかく、戦わなくていい、となって、オルフォードはすぐに屋敷の中へ戻った。

 タルボラから離れた場所ではあるが、トゥールティアが入れられたケージを置いてあるのだ。

 自力で救い出せるならすぐにもやりたかったが、オルフォードに魔法道具の魔法は解けない。なので、手を出せなかったのだ。

 レイザック達も、彼の後を追って中へ入る。

 自分の周囲を火に囲まれて汗だくになっているタルボラは放っておき、レイザックと人間の姿になったオルフォードは、ケージが置かれている方へ向かった。

 別の第三者が現れて持って行かないよう、ケージの周囲にはちゃんとオルフォードの結界が張られている。ラグトムやタルボラに、別の仲間がいた時のことを想定して、だ。

 ラグトムによって再びフタにかけられた魔法をレイザックが解き、オルフォードがフタを開けてその手を中へ入れる。

 大きな手に抱き上げられた小竜の子どもは、ぐっすりと眠っていた。

「ケージに守られていたとは言え、よく眠れたな。こいつ、将来は大物になるぜ」

「ああ、先行きが楽しみだ」

 愛しそうに娘をなでながら、オルフォードは穏やかに笑った。

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