第14話 追跡

 レイザック達はリングの気配を追って、メアグの街へ戻って来た。

 足を着けたのは街の中心部からはやや離れた場所だったので、オルフォードの姿を見て騒ぐ人間もいない。

 ここはそこそこ広いが荒れ果てた庭に、昔は美しかったであろう外観の一軒家が建つ場所だ。平屋建てだが、家そのものは大きい。

 少し余裕のある金持ちが建てた、別荘のようなものだろう。広さはこちらの方が下だが、ジェインズがいた屋敷と似たようなものだ。

 料金踏み倒し防止リングの気配は、その家から流れている。オルフォードは娘の気配を感じられないと言うが、それならケージにまだ入れられているか、魔袋に入れられているかして、気配を遮断されているのだろう。

 レイザックとマグテスが降りると、オルフォードは再び人間の姿になった。

「人間が二人いるようだ。一人は魔法の気配がない」

 気配を読んだオルフォードが、中の様子を報告する。

「捕獲担当の魔法使いと、販売担当の人間といったところでしょう。この手の犯罪では、ごくありがちな組み合わせですね」

「あの屋敷へファルジェリーナを連れて行ったのは、人間の方だろう。それはジェインズを締め上げればわかるとして、問題は魔法使いのレベルだよな。どんなレベルでも、絶対に許すつもりはないけど」

「レイの方が、オルフォードより血が上っているんじゃありませんか。ぼく達の仕事は崩れを捕まえることで、叩きのめすことじゃありませんよ」

「状況によっては、叩きのめすのも有りだろ。シェルにあんなひどいことしやがって。そのままのうのうと生きてやがるなんて、絶対に許せるもんか」

 ケージの鍵を奪うためだったとは言え、女の子のシャツを引き裂くなんて許せない。もしトゥールティアが火を吐いて小屋が火事にならなければ、その魔法使いは彼女に何をするつもりだったのか。

 あの状況から推察するに、火事になったことで緑の妖精達が騒ぎ、アトレストの魔法使いが気付いて現場へ現れるのを嫌って逃げたのだろう。火事がなければシェルリスを傷付け、状況によっては命を奪っていたかも知れない。

 現場を見た訳ではないし、時間もあまりなかったのでシェルリスの話もざっくりしたもの。詳細はまだわからないが、レイザックは彼女から話を聞いてその魔法使いに猛烈な怒りを抱いていた。

「私はレイザックと同じ意見だ」

「オルフォードまで……。やりすぎたらただで済まないのは、レイも同じなんですよ。人間と魔獣の面倒を一度にみるなんて、ぼくはごめんですからね」

「死ななきゃいいんだろ」

「そういう問題では……」

 レイザックの気持ちもわからないではないが、あまり派手にやられてはマグテスもフォローの仕様がない。

 とにかく、今のレイザックのセリフは聞かなかったことにして、改めてマグテスが状況を整理する。

「中にいるのは、一般人と魔法使いが一名ずつ。ぼく達は魔法使い確保に向かいますから、オルフォードはもう一人の人間を確保をしてくれますか。大けがさえしなければ、多少のことは構いません。これは、ぼく達からの依頼です。せっかく同行してるのに、ただ傍観するだけでは手持ち無沙汰でしょう。依頼を受けて協力してもらえれば、契約はしてなくても大っぴらに動けますし、遠慮なく人間を捕まえることができます」

 一時的に魔獣を呼び出し、仕事の協力を求める。

 それはディルアに限らず、どこの協会の魔法使い達でもよくやることだ。

 今は呼び出したという形ではないが、そばにいるという点では同じ。依頼をしてそれを魔獣が承諾すれば、多少傷を負わせたとしても確保のためにやむなく、となる。

 これなら「魔獣が自分勝手に暴れた」とみなされないで済むのだ。

「わかった。その依頼を受けよう」

 オルフォードが快諾した。

 本当は魔法使いの方を確保したいところだが、少しでも抵抗されれば怒りで我を忘れそうな気もする。この程度の依頼で抑えておく方がよさそうだ。

 話がまとまり、マグテスが家全体に結界を張った。ファルジェリーナが逃げられないよう、ラグトムがジェインズの屋敷に張った結界と同じく、中の者を逃がさないためのものだ。

「では、突入しましょう」

 マグテスの合図で、レイザックが扉を静かに開ける。鍵が掛かっていないのは、誰かが侵入することを想定していないからか。

 オルフォードが、魔獣誘拐犯のいる方向を黙って指し示す。そちらへ向かい、とある扉の前まで来た。中から人の話し声が聞こえる。

「お前、ちゃんと結界を張ったんじゃなかったのか。どうしてあの屋敷に魔獣がいるって役人にばれるんだよ」

「どうせあのボンクラ息子が、何かヘマをしたんだろう。こっちはすでに金を受け取っているんだから、奴が捕まろうと関係ない」

「それは……そうだが。しかし、あいつの口からわしらのことがばれるだろ」

「すぐにこの街を離れれば済む話だ」

 どうやらジェインズが捕まったことが耳に入り、売人の男が青くなっている、という状況のようだ。

 マグテスとアイコンタクトを交わし、レイザックは音をたてて扉を蹴り開けた。

 その音にはっとなった男二人が、こちらを向く。そこにいるのは間違いなく、ファルジェリーナをさらったラグトムとタルボラだった。

「魔獣誘拐及び売買、未成年者略取で逮捕する。おとなしくしやがれ」

「レイ、所属を言い忘れてますよ。我々は魔法使い犯罪捜査部です。お互い、余計な負傷は避けたいので、おとなしくしなさい」

 タルボラは青くなり、ラグトムは小さく舌打ちする。

「おい、ラグトム。どうしてここがばれるんだ」

 ジェインズが捕まったとは言え、この場所は彼も知らない。入り込んで来るとしても、せいぜい浮浪者くらいだと思っていたのに。

「……こいつのせいだな」

 彼らの間に一つのケージが置かれていた。ラグトムがいまいましげに、そのケージを見る。

 フタの一部が焦げているのがレイザック達にも見えたから、シェルリスが持っていた物に間違いなかった。

 中が見える格子部分はあちら側を向いているため、レイザック達には見えない。だが、あの中にルビーが、いや、トゥールティアがいるはず。

「焼けてケージの魔力が薄れたか」

「いいや、魔力はちゃんと継続してるぜ。その中の魔獣には、別の目印が付けられてたってだけだ。お前にはわからない目印がな。欲をかいて子どもまで売ろうとするから、こうやって足がつくんだよ」

 ラグトムがレイザックを睨み付けるが、犯罪者に睨み付けられるのは日常茶飯事。レイザックは気にもとめない。

 そんな睨み合いをしてる隙に、タルボラがその場から逃げ出した。枠だけになっている窓を開けると、そこから飛び出そうとする。ここは一階だから、飛び出しても支障ないと思ったのだろう。

 だが、見えない壁にはばまれ、部屋の中へ跳ね返された。

「さっき、おとなしくしろ、と言われなかったか?」

 いつの間にそばへ来たのか、床に座り込んだタルボラの横に長身の男が立っていた。その威圧感に、タルボラは喉の奥で悲鳴をあげる。

 人間の顔をしているのに、とても恐ろしい何かに睨まれているような恐怖感が身体中を走り抜けたのだ。

「本当なら、私の妻と娘を連れ去ったお前達を焼き殺し、骨まで灰にしても足りないくらいだ。それを止めたあの魔法使い達に、心から感謝しろ」

 淡々と言われ、逆に恐怖が増す。タルボラは真っ青になり、もう声も出せないでいた。

「オスがここまで追って来たのか」

 オルフォードの言葉を聞いて、ラグトムがつぶやく。

 子どもがいたのだから、ファルジェリーナのつがいとなるオスがいることは想像できた。

 しかし、スーバの山から距離のあるメアグの街まで追って来るとは、追うことができるとは思わなかったのだ。

 ワイマーズ家に結界を張った時、ファルジェリーナの気配を遮断する効果も追加しておくべきだった、と後悔する。

「親子で連れ去るなんて、いい根性だよな。しかも、子どもの世話をしていただけの、無関係の女の子にまで危害を加えようとした。もう外の空気が吸えると思うなよ」

「ふん、ほざけ」

 その言葉と同時に、火の弾が投げつけられる。それをレイザック達が防いでいる間に、ラグトムは家に張られた結界を破るべく、窓の外に風の刃を放った。

 空間の一部が裂け、そこを目指してラグトムが飛び出す。

「お、おい、ラグトム。自分だけ」

 タルボラが手を伸ばすが、ラグトムは構っていない。

「知るか」

 そんな捨て台詞に、タルボラは呆然となる。タルボラがこの魔法使いと組んだのは初めてだったが、こんなにあっさり見捨てられるとは思わなかった。

 そんな仲間割れを気にする余裕もなく、ラグトムの後を追ってレイザック達も外へ飛び出す。雑草の茂る庭を突っ走るラグトムに、レイザックがその雑草を利用して転ばせた。草を一気に伸ばし、足に絡みつかせたのだ。

「この……」

 足に絡む草を引きちぎり、ラグトムは立ち上がってこちらを睨む。

「往生際が悪いんだよ。お前だけは絶対逃がさないからな」

 犯罪者に、と言うより、レイザックの目つきは仇に対するものに近い鋭さだった。

「抵抗はやめなさい。一人ではが悪い、ということはわかるでしょう」

「ふん、逃げ切ってやるさ」

 ラグトムが何か呪文を唱える。攻撃に備えて身構えた二人だったが、攻撃ではなかった。ラグトムが唱えたのは、召喚の呪文だったのだ。

 現れたのは、炎のたてがみを持った獅子だった。身体も大きく、四肢も太い。炎獅子えんじしと呼ばれる魔獣で、基本的に個々のレベルは相当高いが、この個体もかなりのものと推測される。

 結界がすぐに破られたのを見てラグトムの腕はかなりのものだと予想していたが、こういった魔獣を呼べるということは思った以上のレベルだ。

「奴らを排除しろ」

 ラグトムが命令を下す。その命令に、炎獅子は術者の方を見た。

 排除する、ということは、退しりぞけるということ。つまり、ここでは殺せという意味だ。

「……人間だぞ」

 人間を傷付ければ、魔法使いが退治に来る。

 それは魔獣の世界の常識だ。彼らの力をもってすれば人間の排除など簡単だが、その後で自分が死ぬまで追われるのは魔獣の望むところではない。

「構うな。そいつらは人間の皮をかぶった魔物だ」

「なっ……てっめぇ」

 ラグトムのあまりな言いように、レイザックがキレる。これまでにも色々な罵詈雑言を向けられてきたが、ここまでひどくない。

「魔物はお前の方だろっ。契約してるからって、そんな命令は魔獣にも迷惑だ!」

「レイ、相手の言葉にいちいち反応しないでください」

 マグテスが冷静な口調でなだめるが、彼もラグトムの言いぐさには頭にきている。

「排除がいやなら、とりあえず足止めしろ。オレがここから逃げ切るまでな」

「……それなら」

 不承不承といった様子だが、炎獅子はうなずいた。

 いくらこちらが二人がかりでも、レベルの高い魔獣が相手ではかなり手こずる。せっかくここまで追い詰めているのに、逃げられたらシェルリスやファルジェリーナに合わせる顔がない。

「魔獣同士なら、問題はないだろう」

 身構える二人の横に、オルフォードが現れた。

 彼が確保すべきタルボラは、床に火の輪で結界を作り、そこから出ようとしたら火が燃えさかって焦げるようにしてある。大火傷を覚悟してまで逃げようという度胸はないようで、火の輪の中で縮こまっているのだ。

 単に身体を動かなくすることもできるが、あえて火の恐怖を味わわせる、というオルフォードのささやかな報復である。

「やれるのか、オルフォード」

「私は妻のように、体力が落ちている訳ではないからな。むしろ、仇となる魔法使いを目の前にして、いつも以上に力がわいているくらいだ」

 言いながら、オルフォードは小竜に姿を変えた。

 名前に小さいとあっても、それは竜と比べればの話。成人男性二人を乗せて軽々と飛べる程に、オルフォードの身体は大きくたくましい。

 赤い身体は炎獅子のたてがみのように燃えてはいないが、今まで以上に輝いて見えた。

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