第13話 休息
力を奪う
これ以上レイザック達と同行するのは重病人を連れ回すに等しい、と判断され、ブレイズが彼女を預かることになった。
幸い、魔獣をゆっくり休ませられるアトレストが、森を出てすぐ近くにある。彼女の体調からみて回復には時間がかかるだろうが、このまま無理をしてスーバの山へ戻るよりはいい。
オルフォードはファルジェリーナの身体が心配だったが、レイザックの父であるブレイズに預けることにした。体力が落ちた魔獣が癒やされる場所なら、ファルジェリーナはそこにいる方がいい。
一方でまだ娘の安全が確保できてない今、魔法使いだけに全てを任せて待つなんてできない。
「屋敷へ入る前にも言ったけど、人間に手を出さないって約束できるよな? それができなきゃ、連れて行けないぜ」
オルフォードはわかっている、と言いたげに、首を縦に振る。
「娘を取り戻せるなら、お前達の指示に従う。同行させてくれ」
「この状況で父親に待っていろ、と言うのは酷ですね。頭に血が上れば、水でもかければいいでしょう。いざとなれば、直前にレイかぼくが契約した、ということにでもすれば問題はありませんよ」
「火の魔獣に水なんてかけたら、余計に沸騰するだろ」
冗談とも本気とも聞こえるマグテスの言葉に、レイザックはあきれる。
とにかく、オルフォードが同行することは決まった。ルビーを連れて行ったのは魔法使いに間違いないし、いざとなれば彼の頼もしい力を借りることもあるだろう。
「気を付けて行けよ。崩れ部やディルアには、わしから連絡を入れておく」
「ああ、頼むよ、親父。シェル、絶対に一人では帰るなよ。親父か誰かに送ってもらえ。いいな」
「う、うん……」
あの魔法使いがわざわざ殺しに戻って来るとは思えないのだが、シェルリスは素直にうなずいておいた。
「そのリングを追う呪文、レイは知っているのですか?」
魔法には違いないが、普通の魔法使いには使用する機会がないもの。門外不出、という呪文ではないが、知っているのはだいたいアトレストで働く魔法使いだけだ。
ちなみに、リングを外す鍵や魔法などについては、各アトレストによって違い、詳細は企業秘密である。
「当然。メアグ・アトレストが俺の家なんだぜ」
「継ぐ気もない奴が偉そうに」
横でブレイズがため息をつく。
そんな父親の言葉は聞かなかったことにして、レイザックは呪文を唱えた。ざっくりした地図が宙に浮かぶ。追うべき点が、とある位置で点滅していた。
「んー……ここから南東……だな。ってことは、街へ戻ったのか」
「ケージに入れれば、誰にも中の魔獣の存在はわからなくなりますから、そのまま売り手に渡すつもりかも知れませんね。急いで向かいましょう」
「乗れ」
言われてそちらを見ると、小竜の姿に戻ったオルフォードがいた。
一抱え以上ある太く長い身体は、鮮やかな赤。短い四肢にある爪も赤く、紅玉で作り出されたかのようだ。
「お、いいのか?」
「男二人ですよ。まぁ、ぼく達はどちらも体重は標準だと思いますが」
「二人くらい乗せられる。もう陽もかなり落ちているし、この姿で街へ戻っても大騒ぎになることはないだろう? 状況によっては、すぐ人間の姿になる。私は少しでも早く、娘のそばへ行きたい」
協力してもらえるなら、この申し出はありがたい。
二人の魔法使いは、すぐにオルフォードの背にまたがった。その直後、小竜は一気に森の木々の間を抜け、空へと駆け上がる。
「わ……すごーい」
シェルリスが目を輝かせる。火の小竜の赤い身体が線となり、その光景が残像となってまぶたに焼き付いた。
アトレストでは色々な魔獣を見ているが、こうして「仕事」をする魔獣をこんなに間近で見ることは今までになかったのだ。
「シェルリス、アトレストへ戻ろう。ファルジェリーナと言ったね。立てるかな」
「ええ……」
ファルジェリーナは返事をするものの、その
「シェルリスは歩けるかい?」
「うん、大丈夫よ」
小屋から逃げる時に足を痛めることもなく、縛られていた手首に少し擦り傷があるくらいだ。
シェルリス達はアトレストへ戻り、ブレイズはファルジェリーナを火の部屋へと連れて行った。
シェルリスは事情を夫から聞いていたセレルに手や顔を洗うように言われ、手首の傷の手当てをしてもらう。
その後、どうしてもファルジェリーナのことが気になったので、火の部屋へ向かった。
部屋の中は、魔獣にとって心地いい空間になっている。火の部屋は、その名前の通りに火が燃える場所だ。火山をイメージした疑似空間が広がっている。
魔法でできた部屋ではあるが、中は実際に熱いし暑い。なので、魔法使いが中へ入る時はその環境で具合が悪くならないよう、結界を張る必要があるのだ。
一応、シェルリスはその魔法を習っているので、自分の周囲に熱の影響が出ないように結界を張った。
入ると同時に、ブレイズと出会う。
「あ、ブレイズおじさん、ファルジェリーナの具合はどう? ここへ入って、少しは楽そうになってる?」
「ああ。気持ちいい、と言っていた。後は時間だな」
火の空間が気持ちいい、と言うところは、やはり火の魔獣だ。
「少し様子を見に行ってもいい?」
「長くならないようにな」
ファルジェリーナのいる場所を聞いて、シェルリスはそちらへ向かった。
本物の火山へ行ったことはないが、たぶんこんな感じなんだろうな、という景色が広がっている。
真っ黒な岩の地面に、赤い線が無尽に走っているのは、この下にマグマがあるということらしい。熱されているんだろうな、と思える赤黒い岩がごろごろと転がり、草木はもちろん一本もない。
だが、こういった火山地帯に生息する「火の花」が点在しているのが目に入る。親指の爪二枚分くらいの大きさで、火と石の絶妙なバランスで花のように見える、と習った。
疑似空間でありながら、そんな細かい部分まで再現されているのだ。実際にこうして見て、改めて感心した。
シェルリスは受付はしているが、それぞれの部屋に入ったことがほとんどない。あるのは森の部屋くらいだ。それも部屋の名前通りに普通の森と代わり映えしないので、疑似空間に入った気がしなかった。
普段目にしないこういった場所の方が、ここはこうなっているのか、と案外細かい部分まで目に入ったりするものだ。
そんな中を歩き、シェルリスはファルジェリーナを見付けた。今は小竜の姿になり、少し丸くなって横たわっている。さっき見たオルフォードより小さいと思うのは、性別による体格差だろうか。
足音に気付いたのか、ファルジェリーナは首を上げてこちらを見た。
「あ、ごめんね。起こしちゃった? 具合がどうか、気になっちゃって」
「ここへ来て、気分は格段によくなったわ。ありがとう」
火の魔獣にとって、火のある環境は心身共にいい影響を及ぼすようだ。
シェルリスは、ファルジェリーナのそばにしゃがむ。
「あなたがトゥールを……私の子を世話してくれていたんですって?」
「うん。呼び掛ける時に困るから、勝手にルビーって名前を付けたの。あの子の本当の名前ってトゥール……」
「トゥールティアよ。あの子、おとなしくしていたかしら」
「うん、とってもいい子にしてたわ。あたしに懐いてくれてね。ぴとってくっついてくれて、すっごくかわいかった。親や仲間が子どもをさらわれたと勘違いして襲って来ないようにって理由で、ケージに入れることになっちゃって……ちょっと淋しい思いをさせたかも。魔法使いが何人かいる場所でならケージを開けてもいいって言われたから、アトレストへ来ようとしてたの。そうすれば、ルビー……じゃない、トゥールティアに直接触れてあげられるし、だっこしてあげられるって思って」
だが、来る直前にラグトムに捕まってしまった。今頃、トゥールティアは怖がって鳴き声をあげていないだろうか。
「会話ができないから、あたしの方ばっかりしゃべってたんだけど……何言ってるんだろうって思われてるかもね」
「ある程度はわかっていると思うわ。完全に理解はできなくても、自分に対して優しい言葉をかけてもらっているって。ふふ……あの子、本能でちゃんと自分を守ってくれそうな存在を見付けたのね。我が子ながら、すごいわ」
「だけど、最後まで守れなかった。ごめんなさい」
「あなたも怖い目に遭ったのだから、謝らなくていいわ。全てはあの魔法使いのせいよ」
ラグトムさえ現れなければ、ファルジェリーナもシェルリスもこんな目に遭わずに済んだのだ。諸悪の根源は、間違いなくあの魔法使い。
「レイザック達が見付けたら、ぼっこぼこにしてもらいたいわ。もう魔法なんか使えなくなればいいのよ。ううん、あんな奴に使わせるべきじゃないわ」
「そうね。魔獣にとっても人間にとっても、そうするのが最良の方法だわ」
ひどい目に遭った女同士、気が合う。魔獣と人間でも、女同士であれば話が弾むものなのだろうか。
「シェルリス、もう出なさい」
いきなり別の声が割って入り、シェルリスが振り返るとブレイズがこちらへやって来た。
レイザックに言っておいたように、崩れ部や魔法使い協会ディルアに連絡を入れ終え、それなのにまだシェルリスが戻って来ない。
それに気付き、心配して迎えに来たのだ。
「あ、長話しちゃった。ごめんなさい、ファルジェリーナ」
「いえ、いいのよ。気分が紛れたわ」
話を切り上げ、立ち上がろうとしたシェルリスだったが、目の前がぐらっと揺れる。
「あ、あれ?」
「ほら、だから長くならないようにと言っただろう」
結界はちゃんと張ったつもりだった。しかし、まだまだ見習いのシェルリスの結界では、この空間の熱を完全に遮断できていなかったのだ。その暑さで、身体が参ってしまったのである。
ブレイズが長くならないようにと言ったのは、ファルジェリーナの身体のためではなく、シェルリスが熱に
「きみはゆっくり休んでくれ。何か状況が変わればすぐに伝えに来るから」
ファルジェリーナにはそう言い、ブレイズはシェルリスの身体を軽々と抱き上げると足早に火の部屋を出た。
「あらあら、何をしていたの」
赤くほてった顔のシェルリスを見て、セレルは急いでタオルをぬらすと首に当ててくれた。その冷たさがとても心地いい。思わずほうっとため息が出てしまう。
「今日はここにいなさい。こんな状態じゃ、帰らせるのが心配だわ」
ここにいなさい、ということは、ここに泊まれということ。
「え、でも……」
「そうだな。寮には連絡を入れておく。具合によっちゃ、明日は休んだ方がいいかもな」
「えーっ」
皆勤賞を目指しているつもりはないが、休むと一気に授業に遅れてしまう。すぐに追いつける程、シェルリスは器用ではないのだ。
これでも、健康管理にはかなり気を付けてきたのに。
「一日休んだからって、進級できなくなるってものでもないんだ。体力はちゃんと回復させておかないと、後で困るぞ。今日は色々とあったからな」
これが普通の人なら、シェルリスも反論したりするのだが……相手は先輩のレイザックの父、つまり大先輩にあたる魔法使い。
そう言われては「……はーい」と返事するしかなかった。
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