第9話 パートナー
いくら相手が資産家とは言っても、許可が出るのに時間がかかりすぎだろーが。上の奴は何やってんだよ。
レイザック達がワイマーズ家の疑惑を報告したのは、夜中。太陽が上がってずいぶん時間が経った昼を過ぎても、まだ捜査の許可は出ない。
その間に何か起きたりしたら、誰が責任を取るつもりなのだろう。
レイザックはいらいらしながら、許可が出るのを待った。他にもやらなければならないことがあるのに、いつ許可が出るかわからないから気軽に席を外すこともできない。
魔法使い協会ディルアや父のブレイズに連絡を取ってみたが、まだルビーの親が見付かったという報告はなかった。
それなら別の情報屋や、何か知っていそうな妖精から話を聞きたいのに。
どうやら、もし情報が間違いであれば色々な圧力をかけられる、と上層部が尻込みしていることが原因のようだ。どういう職場でも、上にいる者の腰は重いらしい。
それでも、ようやく許可が出たので、レイザックはマグテスとともにワイマーズ家へと向かった。
魔獣を売った魔法使いがもしいれば、それを捕まえるのが崩れ部の仕事。
一方で、法を犯していることを知りながら、魔獣を手元に置いているのが普通の人間であれば、役所の管轄だ。
そのため、二人の他に魔法使いではない役人が同行していた。許可が出るのが遅れたのは、二つの役所が絡んでいたからだ。
これまでにもこういうパターンはあったが、少しでも早く済ませてしまいたい、という焦りがあるためか、今はひどく苛立つ。
街の中を移動するため、乗るのは馬。これもまた、レイザックをいらつかせた。魔獣の力を借りれば、現場へは一瞬で着くのに。
「ガセじゃないんだろうな、この話」
何せ中心となる情報源が妖精なのだ。彼らの存在は魔法使いと一部の人間にしか見えないため、そんな見えない存在の情報があてになるのか、という不安と疑いが役人達にはある。
魔法の力は信じているものの、自分達に扱えないものだからか、うさん臭いものという認識を持つ人も多いのだ。
「自分達にとばっちりがあっては困るので、その周辺から妖精がいなくなるのはよくあることですからね。ぼく達が呼び出した妖精自身が、他の仲間にも知らせて離れるようにしているようです。この情報にまず間違いはありません」
こういう言われ方をすることに慣れているマグテスは、冷静な口調で言い返し……もとい説明した。
こんな風に言われると、レイザックならもっと攻撃的な口調になってしまいかねない。レイザックも同じく言われ慣れているはずだが、そこは性格の差が出るのだろう。
なので、出かける前にマグテスから「何も言うな」と言い含められている。
言ってみれば、彼らは共通の敵を倒しに行く「仲間」なのだ。道中で仲間割れしていては、敵に逃亡されてしまうこともある。今は表面上だけでも仲よく、という訳だ。
「……あいつ、何をしているんだ?」
ワイマーズ家が見えてきた頃。役人の一人が、怪しい影を見付ける。
敷地を囲む高い壁に手をつき、上や周囲の様子を窺っている男がいた。
「あれは……魔獣です。ぼく達が先に行きますから」
今回は明らかに魔獣絡みの事件なのに、普通の人間である役人の方が前を走っていた。
しかし、そこにいるのが人間の姿になった魔獣と気付いたマグテスは、彼らを抜かして馬を走らせる。レイザックも、その後を追った。
マグテスが魔獣だとわかったのは、艶やかで鮮やかな赤の髪と端正な横顔が見てとれたからである。同時に、彼をとりまく気配も普通の人間とは違う、と感じたからだ。
「マグテス、どう思う? 暴れそうな気配はないけど、仲間を取り返しに来た奴かな」
「たぶん。他の用事で来たなら、タイミングがよすぎますからね」
「だよな。魔獣が人間の資産家に何の用だってことになるし」
蹄の音に気付いた男性が、こちらを向く。
彼に近付いてみてわかったが、その瞳は少し暗めの赤だ。気配をうまく隠していたとしても、その瞳では普通の人間と思えない。
火の妖精は、捕まっているのが何の魔獣かわからないが火に属するはず、と話していた。仲間を取り返しに来たのなら、彼の髪が赤いのもうなずける。
「ここで何をしているのですか?」
馬から下りながら、マグテスが尋ねた。男性は二人を見て、気配から魔法使いだと悟ったらしい。
「この中に、私の妻がいる」
「わかるのか? 間違いなくあんたの妻だってことが」
レイザックの質問に、男性は小さくうなずく。
「ひどく弱々しいが、確かに彼女の気配がする」
スーバの山から来たという男性は、オルフォードと名乗った。
彼が留守をしている間に妻がいなくなり、彼女の気配を懸命にたどった末、ここへたどり着いたのだ、と話す。
「すごいな。スーバの山からって……そんな遠くからでも追って来られるのか」
レイザックは、そしてマグテスも素直に感心する。魔獣のすごさなのか、愛情ゆえか。彼の場合、両方だろう。
「で、街の中だから、人間の姿になっていたのか」
「魔獣の姿では目立つと思ったからだ」
「んー、わからなくはないけど」
レイザックはわずかに苦笑した。魔獣の姿でなくても、こんな美形が屋敷の周囲をうろついていたら、それはそれで目立つような気がした。
実際、屋敷より彼の方が目についてしまう。
「今から乗り込むつもりだったのですか?」
妻の居場所がわかったのだ、あとは連れ出すために中へ入る……となるはずだが、オルフォードは何やら調べていた様子だった。
「この辺りには、結界が張られているようだ。私なら破ることができるが、それをすると中にいる妻に衝撃が加わるかも知れない。今の彼女はひどく弱っているから、それに耐えられないはずだ。そうならないよう、結界のほころびがないか、探していた」
「なるほど。……ああ、確かにかけられていますね」
マグテスがうなずき、レイザックも結界の気配を確認した。
外からの刺激を防御するための結界ではなく、中から出られなくする檻のような結界の気配だ。
まだ彼らは知らないが、昨夜この屋敷へやって来たラグトムによって張られた結界である。
「お前達は魔法使いだろう。だったら、このいまいましい結界を何とかしてくれ」
吸魔石のことは別として、魔獣なら力ずくで、魔法使いなら手順を踏んで結界を破ることになる。今は魔法使いがした方が、周囲にダメージを与えることなく破れると彼はわかっているのだ。
「結界はぼく達が破ります。ですが、破った途端にあなたはすぐに中へ入るつもりでしょう?」
「当然だ。妻が中にいるんだぞ。言っただろう、彼女は今弱っている。早く連れ出してやらないと」
妖精も「弱っていたみたいだ」と話していたし、それなら早く助けなければならない。
「助けたいのはわかります。ですが、あなたはここで待っていてください」
マグテスの言葉に、オルフォードの表情が
「なぜだっ。いるのは私の妻だぞ」
人間の姿とは言え、怒った魔獣に迫られると迫力がある。
「中にいる人間に対して、あなたが手を出したりしないようにするためです。魔法使いがすることはご存じなのでしょう? 人間に害をもたらす魔物や魔獣を排除することです。あなたがここへ入る理由にどれだけ正当性があっても、人間に手を出した途端、あなたは追われる立場になってしまいます。最悪だと、あなたのパートナーの目の前で、ぼく達があなたに手を下さなければならなくなるかも知れません。ぼく達はここに魔獣がいるらしいという話を聞いて、助けに来ました。それなのに、あなたを捕まえるなんてことをしたくありません」
「……」
「会ったばかりで難しいだろうけど、俺達を信用してまかせてくれないか。あんたのパートナーは必ず助けるから」
オルフォードは、二人の魔法使いの顔を交互に見る。
「私はお前達と契約はしていない。私は自由だ。だから、中へ入る」
オルフォードの気持ちは揺らがない。
「……」
こうもはっきり言われては、魔法使い達も何も言えない。
彼の言う通り、契約をしていない魔獣は当然自由だ。人間の命令を聞く義理はない。
「だが、中にいる人間に一切手出しはしない。お前達は私のために、入ることを一度止めた。そのことは、心にとどめておく。私は妻を取り戻すだけだ」
「わかりました。では、ぼく達が先に入りますから、後から来てください。それくらいはお願いしても構いませんよね」
妻がいるとわかっても、力任せに結界を破ろうとはしなかったし、目立たないように(実際は目立っていたが)人間の姿になった。
大切なパートナーが連れ去られても、オルフォードは冷静に行動している。彼は感情や本能で動くタイプではない。一緒に中へ入っても、おかしな動きをすることはまずないだろう。
「……ああ。では、そのように」
後から来た役人二人は、彼らの会話を聞いて不安そうな顔をしていた。だが、中に魔獣が確実にいるとわかった以上、崩れ部であるこちらが主導的な立場になる。
マグテスが結界を解くとレイザックが門扉を押し開き、全員が順次敷地内へ入って行く。
本家は別にあるとかで、ここは別宅らしい。しかし、庭などの面積も合わせれば、庶民の平均的な家が十軒は建てられそうだ。
玄関の扉を叩き、中から使用人の女性が現れた。いきなり現れた数名の男達に、若い使用人はひどく不安そうな表情を見せる。
代表して、マグテスが自分達の身分を明かした。
「こちらに常駐する魔法使いは?」
「魔法使い? いえ、ここにはいません。あの……」
役人だけでなく、魔法使いが来るなんて何事だろう。
口にしなくても、そんな疑問と不安が彼女の顔にありありと表れている。
「こちらで魔獣が確保されている、という情報が入りました。魔法使いが常駐せず、一般人のみで魔獣を所有することは違反にあたりますので、屋敷内を捜査させていただきます」
マグテスが、捜査の許可証を使用人に見せる。中身をちゃんと読まなくても、役所のはんこがでかでかと押されているので、公文書だとわかるだろう。
「え、あの……」
いきなり言われても何のことかわからない、という顔の使用人は置いておき、レイザック達はさっさと屋敷の中へ入った。
「右前方から気配がする」
一番後ろにいるオルフォードが、その存在があるはずの方向を
結界も消え、屋敷の中へ入ってしまえば、オルフォードが自分の妻の気配を見逃すはずもない。
迷うことなく、その部屋へと近付いて行く。
「な、何だ、お前達」
ある部屋の扉が開くと、中から一人の中年男性が現れた。
誰もワイマーズ家の息子ジェインズの顔は知らないが、着ている高そうなシルクのシャツを見て、ここの主人だろう、ということは推測できた。
「こちらに魔獣がいるという情報を得て、調べに来ました」
マグテスが冷静な口調で告げる。途端にジェインズの顔が青くなった。
「な、何かの間違いだろう。うちに魔獣なんて」
「間違いかそうではないかは、これから調べさせていただきます」
「ちょ、ちょっと待て。そっちの部屋へは行くな」
目的の部屋へ向かおうとすると、ジェインズが慌てて止めようとする。
大人の姿でも、頭は子どもだろうか。何かある、というのがバレバレな発言だ。焦っているのか、本人は気付いていない。
「この屋敷を調べてもいい、という許可証がありますので」
マグテスがまた許可証を広げ、ジェインズに見せた。
「そ、そっちは……そう、そっちには私の恋人がいるんだ。少し具合が悪くて寝ているから、調べるなら別の日にしてくれ」
「そうはいきません。少しの不調なら、そう問題はないでしょう。部屋の中を見るだけですし、時間はかかりませんから」
「時間がかからなくても、お前達みたいな奴がどかどかと部屋へ入るだけで、余計に彼女の具合が悪くなるんだ」
言い訳感たっぷりなセリフだ。
「医者には診せたのですか?」
「人間の医者が診てわかるか」
「では、誰ならわかるのですか?」
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