第7話 妖精の情報
犯罪者ではないが、犯罪者や彼らに関わる事柄についての情報をやたらたくさん持っている人間が存在する。
いわゆる「情報屋」と呼ばれる人間だ。
そんな人間から情報をもらい、犯罪者を捕まえるというのはよくあること。それが魔法使いの場合でも、同じことをする。
崩れがどんな犯罪に関わろうとしている、もしくは関わっているか。
崩れ専門の情報屋というものがいて、それが一般の人間の時もあるし、魔法使いの場合もある。
魔法使いの場合では、協会に名前だけは登録しているものの、様々な事情で裏の世界で動いている、ということが多い。
少数ではあるが、独学で魔法を学んだ人間、という場合もある。ただし、協会に名前が登録されていない者は、世間的には魔法使いと認めてもらえない。
もっとも、こういう仕事をするとなると、その方が都合がいい、という人間もいるようだ。
レイザックとマグテスは、崩れの情報を多く持っている情報屋を尋ねて回った。
魔獣の子どもを欲しがっている崩れがいないか、もしくは買いたがっている人間がいないか聞いてみたが、これという情報は掴めない。
だが、五人目の情報屋と接触した時、別の事件があることをほのめかされた。
「妖精がさ、人間の家で魔獣を見たって騒いでいたのを聞いたんだよ。詳しくは聞いてないし、それは子どもではなさそうだったけどな」
五十を超えたその情報屋は魔法を少しかじった程度の腕だが、わずかでも魔法が使えるので妖精が見えるのだ。そのため、妖精が話していたことも聞くことができる。
「どこの家ですか?」
マグテスの問いに、情報屋は少し間をためてからその名を口にした。
「ワイマーズ家だ」
「メアグの街でも指折りの資産家だぞ。そんな所に魔獣がいるってのかよ」
レイザックの言葉に、情報屋は軽く肩をすくめた。
「言っただろ、騒いでいたのを聞いたって。どういう状況なのか、しっかり聞いた訳じゃないんでな。悪いが、この件で知ってるのはこの程度だ。でも、魔獣を欲しがるとすれば、ワイマーズのドラ息子じゃないか? 仕事はしてないくせに、珍しい物を裏であれこれ手に入れるのは好きらしいからな」
その情報屋から聞けた話は、そこまでだった。
気が付けば、日付はとっくに変わっている。
「あの家に魔法使いがいるって話、聞いたことがないぜ。マグテス、知ってるか?」
「いえ。少なくともディルアの魔法使いで、ワイマーズ家に出入りしている、という人の話はぼくも聞いたことがありません。その魔法使いが崩れなら、なかなか話も入って来ないでしょう。どちらにしても、捜査の必要がありそうです」
金持ちの中には、魔法使いを個人的に雇う者がいる。魔法使いが出す火や風を好きな時に観て楽しみたい、というのが理由らしい。手品か何かと間違えているのでは、と聞く
だが、それは建前で、妖精や魔獣を呼び出させて間近で見たい、というのが本当の理由だと聞く。
たったそれだけのことで、と魔法使い側にすれば思うのだが、金持ちという人種はわずかでも目新しいものを目にしたがるのだ。
それに、魔法使いが妖精や魔獣を呼び出すことは、罪にならない。雇われる魔法使いも、生活のために金銭が必要だからやっているのだ。
もし呼ばれた魔獣が誇りを踏みにじられたと感じ、暴れたりすれば「事故」として処理されることになるが、呼び出す行為そのものについては魔法使いが法を犯すことにはならない。
だが、魔獣を「飼う」となれば、話は変わる。
魔獣の意思でその家にとどまるなら別だが、一般の人間が魔獣を保持することは禁止されているのだ。魔法使いが常駐していないとなると、誰かから「買った魔獣」を「飼っている」とみなされる。
過去の事例において例外なく、飼われていた魔獣は崩れが捕獲して売ったものだった。
レイザック達が情報屋から聞いた話も、この事例と同じ可能性が高くなる。
ルビーの身元確認も早くしたいが、こうして事件の話を聞いて放っておく訳にはいかない。話の中身は、まさにレイザック達の専門分野なのだ。
「とにかく、話を聞かなければ。時間が遅いので、呼び出してもいやがられるかも知れませんが」
言いながら、マグテスが妖精召喚の呪文を唱える。
情報屋は、妖精が話しているのを聞いた、と言っていた。この近くにいる妖精を呼び出せば、情報が得られるはずだ。
しかし、人間と同じで、この時間は眠りにつく妖精も多い。呼び出しても、無視される可能性があるのだ。夜に活動する妖精ももちろん存在するが、そういう妖精はあまり人前に出たがらない。
「お呼び?」
魔法使い二人は、朝方にならないと無理かも……と思ったが、杞憂だった。
現れたのは長く美しい赤毛を持った火の妖精だったが、その顔はとても眠そうには見えない。
「申し訳ありません。こんな遅い時間に来てもらって」
マグテスが唱えた呪文は、近くにいる妖精なら誰でもいいから来てほしい、というもの。声が聞こえたとしても、呪文に反応せずに無視すればいい話。
だが、現れてくれたことにまず礼を言う。こちらが礼儀正しくしていれば、妖精も好意的な態度で対応してくれるのだ。
「いいのよ。今夜はすぐに眠れないって感じだもの」
「何か楽しいことでもありましたか?」
「いいえ、その逆よ。運が悪ければ、私達まで怖い目に遭うところだったんだもの」
現れた妖精は、まさにワイマーズ家でファルジェリーナを見た妖精だったのだ。
「魔獣が人間に連れて来られてたの。とても弱っていたみたい。連れて来たのは魔法使いじゃなかったみたいだから、私達の姿が見えることはまずないわ。だけど、何かのはずみで捕まるのはいやだから、急いで逃げたのよ」
マグテスはレイザックと顔を見合わせる。自分達が聞こうとしていたことを妖精の方から先にしゃべり始め、あまりにもタイミングがよすぎて驚いているのだ。
「その魔獣が連れて来られたのは、ワイマーズという家ではありませんか?」
「たぶん、そんな名前だったとは思うけど、よくわからないわ。あまり気にしていないから。丘の上に建っている大きな……えーと、お屋敷って言うの? そこにいたわ」
間違いない。妖精の言う屋敷はワイマーズ家だ。
「何の魔獣だったか、わかりますか?」
「人間の姿だったから、そこまでは。でも、髪が赤い女性だったわ。だから、どういう魔獣にしろ、火に属する子ね。あなたが魔獣なら、風か氷かしら」
マグテスのプラチナブランドを見て、妖精はそう言った。
属性によって髪の色が変わるのは、よくあること。絶対これ、と決まっているのではないが、風や水、氷に属する魔獣が人間になるとマグテスのような髪色になることが多い。
ちなみに、レイザックのように黒髪なら土属性という傾向が強くなる。
「その屋敷で魔獣を見た仲間は、他にもいるのでしょうか」
「ええ、たくさんいるわ。急いでみんなで逃げて、近くにいる妖精達にあのお屋敷には近付かないようにって言って回ったの。だから、あの家の周辺にいた妖精はどこかへ逃げて、今はみんないなくなっているはずよ。魔獣と違って妖精は見えないって人間は多いけれど、それでも安心はできないものね」
「ああ、確かに。そういうことがあった時は、離れていた方がいいでしょうね」
「それで? あなたはどうして私のことを呼び出したの?」
長い前置きが終わり、妖精が本題に移ろうとする。
「あなたが今話してくれたことを、聞きたかったんです。話してもらえて助かりました」
「あら、そうなの? ふふ、よかった。またどうでもいいおしゃべりをしちゃったって思ったから」
聞いていないことをしゃべり出す妖精は、よくいる。だが、今の場合は話が早くて助かった。
妖精には礼を言って解放し、マグテスとレイザックはまた顔を見合わせる。
「決定的のようですね。多くの妖精達が見て、それが見間違いだとは思えない。魔獣の子どもについても気になりますが、先にこちらを片付けてしまいましょう」
「ああ……。ルビーのことは、ディルアの方で情報を掴んでくれるのを祈るしかないか」
レイザックとしては、危険に巻き込まれるかも知れない状況からシェルリスを早く遠ざけたい。
だが、こちらも緊急事態となりえる。妖精の話ではどんな魔獣が捕まっているかまでは知ることができなかった。もし、仲間意識の強い種族の魔獣だった場合、群れとなって街へ現れるかも知れないのだ。
自分で何とかできないことがひどく歯がゆいが、シェルリスの方はディルアに頼るしかない。
「ワイマーズ家の捜索許可をもらわないと。レイ、本部へ戻りましょう」
「おう」
二人の魔法使いは、夜の街を駆け抜けた。
☆☆☆
「きゅー」
シェルリスは、どこかで何かが鳴いている声を聞いた。
この声は……たぶん獣の子ども。母親を捜しているのだろうか。とても悲しそうな声だ。どうしたのだろう。はぐれたのだろうか。
ちょっと冒険のつもりで外へ出たら、帰れなくなった……のかも知れないな。だから、親に気付いてもらおうとして。どこにいるのかしら。
その声はとても近くから聞こえているのに、声の主の姿はどこにも見えない。
えーと、そもそも、あたしがいる場所ってどこ?
そう考えたシェルリスは、はっと目を開ける。映るのは、すっかり見慣れた寮の自分の部屋。
「きゅー」
夢を見ていたのかと思ったが、夢で聞いた声はまだ聞こえていた。
どういうこと? とぼんやり思いながら起き上がり、それからベッドの下に置いていたケージが目に入って思い出す。
「あー、そっか。ごめんね、ルビー。お腹すいた?」
シェルリスは慌ててケージを持ち上げ、格子から中を覗く。
ルビーはシェルリスの顔が見えて安心したのか、さっきまでの悲しそうな鳴き声は止まった。
きっと誰もいないように感じ、親やシェルリスを求めて声を上げていたのだろう。
小さな手を格子の間から出して来る。シェルリスはその手を軽くつまむようにして触った。
シェルリスの指くらいの太さしかない手なのに、ちゃんと五本の指があり、先端には赤い爪が生えている。
「おはよう、ルビー。よく眠れた?」
外へ出たいのか、手だけでなく顔も格子に押しつけてくるルビー。シェルリスはそんな小竜の子の頭を、指先でなでてやる。
「出たい? ごめんね。あたしも出してあげたいけど、先生や他の魔法使いのいる所でなかったら絶対にケージから出しちゃダメだって言われてるの。あたしもあなたのこと、ぎゅってしたいんだけどなぁ」
クラスの担任魔法使いレクートにも言われたし、寮へ戻るまでにブレイズからも絶対にルビーをケージから出すんじゃない、と言われた。
シェルリス一人のためだけでなく、周囲にいる人達の安全のためだ、と何度も念押しされたのだ。
ルビーの親が人間に子どもをさらわれたと思って人間を敵視し、ルビーと一緒にいるシェルリスに襲いかかったり、周辺の破壊行動を起こしたりすれば。
暴れる理由が何であれ、魔法使いも傍観はできない。その結果、人間も魔獣も傷付くことになる。
そうまで言われては、かわいそうだから、と軽率に出す訳にはいかない。自分の勝手な感情と行動のせいで他の人に迷惑をかけたくないし、その原因の一つが自分だと言われたらルビーも迷惑だろう。
最悪の場合だと、シェルリスの行為でルビーが親を失うことにもなりかねない。
「ごはん、用意してあげるね。ちょっと待ってて」
ケージを勉強机の上に置くと、簡易キッチンへと向かった。
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