第6話 囚われの魔獣と目撃者

「これだけ美しい女が、人間ではない、と。にわかには信じがたいが」

 そんな言い方をしているところからして、この男は魔法使いではない。

 ファルジェリーナが推測できたのは、それくらいだ。

「お気に召していただけましたか、ジェインズ様」

 タルボラが手をすりあわせているような声音で、ジェインズと呼んだ男に愛想笑いする。

 ジェインズはワイマーズ家の道楽息子で、まともに仕事もせずに父親の資産を食いつぶしていた。いわゆる、典型的なバカ息子だ。

「本性は、火の小竜です。あまり寒い場所ですと弱りますが、メアグの街は冬でもそんなに気温が下がりませんからな。一冬くらいは持ち堪えるかと」

 つまり、私の命はあと一年もないって意味なの?

 そう言ってやりたかったが、声を出すのも面倒になってくる。とにかく、座りたい。

 ラグトムは、チョーカーの他にブレスも付けていれば立つのが精一杯になる、などと言っていた。今のファルジェリーナは、もうすでにそんな状態になっている。

 元々、出産で体力が落ちていたところへ、さらに体力を奪う石を付けられたため、近い状態になっているのだ。

「おっと」

 間近でジェインズの声がした。その声で、ファルジェリーナは自分が倒れかけてしまい、ジェインズの胸に飛び込んだ状態になってしまったと知る。

 ……こんな人間に支えられるなんて。

 これから自分に何をするかわからない相手に支えられ、彼女にとっては屈辱でしかない。

「まさか、病気か死にかけを連れて来たのではないだろうな」

「いえ、とんでもない。その女の首にあるチョーカーで体力を吸い取っているんですよ。でないと、人間の姿でも魔獣の力はとんでもない強さですからね。万が一にもジェインズ様に傷を付けたりしないよう、ギリギリまで力を奪っていますので」

「それならいいが。あまり弱りすぎても、見ていてつまらんからな」

「そのうち、今の状態に慣れてきますよ。これからどう調教するかは、ジェインズ様のお気に召すままで」

 タルボラは内心「本当に大丈夫なのか、こいつ」と思っていたが、そんな不安は顔に出さない。金さえもらえれば、後は魔獣がどうなろうと知ったことではなかった。

 もしすぐに死ぬようなことがあれば、チョーカーの石の力が強すぎたようだ、とでも言ってごまかし、次を「調達」すれば済むことだ。

 彼らにすれば、魔獣は消耗品なのだから。

「子ども……私の子どもを……」

 うわごとのように、ファルジェリーナはつぶやく。

「子ども? 私とつくってみるか?」

 ジェインズはそう言って笑い、タルボラは引きつりながらも愛想笑いを顔に張り付ける。

 一方で、ファルジェリーナは意識がもうろうとし、何を言われているのか理解できなかった。

「残念だが、今日は夜会があるので無理だがな。こいつは、檻に入れておかなくても平気なのか?」

「その状態で逃げるのは無理でしょう。後でラグトムが結界を張りに来ますから、それさえ済めばこのお屋敷全体が檻になるようなものですよ」

「そうか」

 その前に仲間が取り返しに来る、という可能性はゼロではない。だが、そうなればまた「調達」すればいい。

 配達の手間はかかるが、ちゃんと調達すれば次の注文が来るというもの。

 逃げた魔獣に付けられた吸魔石きゅうませき付きのチョーカーが外れなくても、その結果体力がなくなって魔獣が死んでしまっても、それはこちらの知ったことではない。おとなしく捕まっていない方が悪いのだ。

「この女が元の姿に戻ることはないのか?」

「姿を変えられるだけの魔力が残っていると、ご主人様を傷付けることもありますのでね。魔獣のままか、人間の姿かになります。魔法使い立ち会いのもとであれば、その都度姿を変えさせることは可能ですが……その時はまた少しいただくことになります」

 納入は魔獣か人間、どちらかの姿。変える時は魔法使いの力が必要で、その出張費と手間賃をもらう。

 何をするにしても、料金はしっかり発生する、という訳だ。

「ちゃっかりした奴らだ。まぁ、いい。気が向けば呼んでやる。一度くらいは小竜とやらを間近で見てみたいからな」

「では、連絡をいただければ、ラグトムが来るように手配いたします。何でしたら、結界を張りに来た時におっしゃっていただければ、少し勉強させていただきますよ」

 そして、後日にでもまた人間の姿にしろと言われれば、手間賃が手に入る。少しくらい値引きしても、何度も呼ばれる方が収入は多くなるからありがたい。

 人間達はそんな取引をして楽しんでいたが……その様子をこっそり見ている者がいた。

 ワイマーズ家のキッチンで遊んでいた、火の妖精達である。

 大きな家には、大きなかまどがある。その火は勢いがあって、遊んでいても楽しい。だから、時々遊びに来るのだ。

 今日もかまどの火でたわむれていた妖精達だったが、ふと変わった気配を感じ取ってそちらへ向かった。

 そして、ファルジェリーナが連れて来られたのを見る。

 姿は人間だが、気配は魔獣だ。でも、何の魔獣かまではわからない。

 とにかく、ここにいては自分達までとばっちりを受け、人間に捕まってしまうかも知れない。

 妖精は普通の人間には見えない。だが、人間に捕まった魔獣のそばへ行くことで何かの影響を受け、見えるようになる……こともありえる。

 幸い、魔獣のそばにいる人間達は魔法使いではないようで、妖精達の姿は見えていない様子だ。

 見えるタイプの人間だとしても、今は魔獣の方に集中している。突然こちらに意識が向けられることはないだろう。

 だったら、今のうちにこの家を離れた方がいい。

 妖精達は急いでワイマーズ家を出た。その後、出会った他の妖精達に、今見て来たことを話す。

 属性が何であれ、別の妖精があの家へ近付いて、もし捕まったりしたら大変だからだ。

 それと……妖精はだいたいおしゃべりが好きで、話が広まるのもすぐ。

 メアグの街にいる妖精がこの話を知るのに、そう時間はかからなかった。

☆☆☆

「あれ? 何だ、帰ったんじゃなかったんですか、レイ」

 崩れ部に再び姿を現したレイザックを見て、ゆるいウェーブのプラチナブロンドを束ねた青年が不思議そうな顔をする。

 いつもレイザックと組んで仕事をする、相棒のマグテスだ。

 レイザックより三つ年上のマグテスは、見た目が若い。碧い瞳が丸く大きいので、童顔に見られがちだ。

 高い身長はほとんど同じで、レイザックの方が後輩。にも関わらず、初対面の人にはほぼレイザックの方が年上に見られ、どちらも「何でだよ」とややコンプレックスに感じていた。

 周囲からは、マグテスの話し方にも多少問題があるのでは、と思われている。

 この話をたまたまシェルリスにしたら「レイザックの方が老けてるってこと?」と言われた。

 一刀両断、とはこのことだろうか。これまではせいぜい「大人びて見える」と言われるくらいだったのだが、レイザックもさすがにこれは傷付いた。

 言うにことかいて、二十代に入ったばかりの人間をつかまえて「老けてる」とは……。

 言い方が悪かった、と気付いたシェルリスが慌てて「落ち着いて見られるから、普段もてるんでしょ。不満に思う必要、ないじゃない」とフォローした。

 その後で「歳を取ったら、逆に若くなるわよ」と余計な一言も追加してくれて……。

 それはともかく。

「ちょっと気になることがあって。マグテスこそ、帰らないのか?」

「忘れ物を取りに戻って、何だかんだ話をしていたら時間が経っていたんですよ。で、気になることって?」

「シェルが、うちの近くで妙なもんを拾ったらしくてさ」

 レイザックはマグテスに、シェルリスが拾った迷子の小竜の話をする。

「そういうことですか。残念ながら、魔獣の子どもが迷子になっている、という通報は今のところ入っていませんね。ディルアの方でも情報があれば、こちらへ連絡が来ているはずです。メアグの街から一番近い火山でも、普通の馬で一週間はかかりますからね。迷子がふらふらと来られるような距離じゃありませんよ」

「ああ。親父が確認したらしいけど、魔物による噛み傷なんかはなかったそうだ。だから、魔物にさらわれたって可能性はほぼゼロ、と考えていい」

 自力でもなく、魔物の仕業でないなら、残るは人間の仕業。

 人間の仕業にしても、それが後ろめたいことかそうでないか、が問題だ。

 悲しいかな、こういう場合は悪い方へと事態が転がってしまうもの。

「そうですね。普通の魔物が火の山にはそうそう入れないでしょうし、だとしたら火の魔物の仕業と考えられますが、それなら親のいない間にその場でか、自分の巣で喰ってしまえばそれまでです。こうやって獲物に逃げられるかも知れないのに、街の近くまで連れて来るとは思えない。どういう想像をしても、人間しか残りませんね。で、普通に考えて、人間が生後間もないであろう魔獣を連れ歩く理由に、まっとうなものはそうそう思い付きません。さて、どう捜しましょうか」

 人間の子どもであれば、親が知人や役所に頼んで捜してもらう、という方法がある。しかし、魔獣がわざわざ魔法使いに頼んでくるなんてありえない。

 いっそ、うちの子がいなくなったから捜してくれ、と駆け込んで来てくれた方がやりやすいのだが。

 こういった魔獣の子どもが見付かるケースの場合、巣の近くか魔獣売買の現場がほとんど。つまり、どこに棲んでいたかがだいたいわかるのだ。売人を押さえれば、さらに正確な場所まで把握できる。

 それらの情報を元に巣の近くへ行けば、半狂乱になった親が子どもを捜し回っていたりする。事情を話し、子どもを返して一件落着……となるのだが。

 ルビーのように完全に子ども単体で、明らかに棲処すみかから遠ざかっているとなると、絞り込む範囲が広すぎて特定できない。

「ディルアではどう捜すつもりでいるのか、聞いてみましたか?」

 マグテスに聞かれ、レイザックは首を横に振る。

「いや、それはまだ」

「向こうも対応しているなら、こちらは別のアプローチ方法を考える必要がありますね」

 マグテスがディルアの職務部へ連絡を入れて尋ねてみると、メアグの街全体を魔法使いが空から巡回している、と答えがあった。子どもを捜し回っている小竜がいないか、火事のように火の手がないかを調べているのだ。

 子どもを捜すために街を火の海に……するような魔獣はさすがにいないだろうが、冷静さを欠いた魔獣は何をするかわからないので、今晩はずっと巡回を続けるらしい。

 ルビーがいつアトレストの近くに現れたかは不明だが、親は今頃自分達の棲処周辺を捜しているかも知れない。近くにいないとわかれば捜索範囲を徐々に広げ、やがてメアグの街周辺に現れることも考えられる。

 今晩それらしい魔獣が見付からなければ巡回範囲を広げる、ということのようだ。

「はっきり言って、手がかりは皆無かいむだからなぁ。シェルが重要な糸口を話し忘れてなければいいけど。こういう事例、今までにあったか?」

 聞かれたマグテスは、小さく首を振る。

「ぼくが知る限り、ありませんね。少なくとも、見付かった子どもは片言でも話ができていました。今回はそれさえもできないのでしょう?」

「俺はその子どもを見てないけど、そうらしいぜ」

「人間の仕業だと断定するとして……魔獣の方面はディルアがやってくれるようですし、ぼく達は人間の方をあたってみましょうか」

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