第5話 シェルリスを心配する理由

 最近では、こういった「魔獣飼い殺し」の事件がよく報告されるようになっている。レイザックも、何度かそういう事件を担当した。

 魔獣の売買が禁止されているのは、こういった一部の人間がしたことによって魔法使いが魔獣の協力を得られなくなってしまいかねないからだ。

 残念ながら何かしらの事件を起こして捕獲・退治対象になってしまう魔獣もいるが、魔法使いにとって魔獣は貴重なパートナーである。

 有害な魔物を迅速に排除するためには、彼らの協力が不可欠だ。その協力を得るために、彼らを不必要に怒らせてはいけない。

 子どもがさらわれた場合、親が逆上して関係ない一般の人間まで巻き込み、周囲を破壊することもありえる。普通の獣であっても、子を守るために親は普段以上の力を出すものだが、魔獣であればそこに魔法が加わるから危険が倍増してしまう。

 捕まったのが成獣であっても、種族によっては団体で取り返しに来る、ということも起きるため、人間も魔獣も多くの被害者を出してしまう可能性が高い。

 現在のところ、そうした大きな事件は起きていないが、今後も絶対に起きないとは誰も言えないのだ。

 魔獣売買が禁止されているのはこういった理由からだが、これは魔獣のためと言うより、むしろ人間を保護するための法律と言えるかも知れない。頑丈さでは、人間など魔獣の足下にも及ばないのだから。

 どちらにしろ重罪であり、へたすれば一生檻の中ですごすことになる。

「わしも事件性については考えたさ。だが、シェルリスの前でそんなことは言えないだろう。少しばかり臭わせてはおいたがな。あの子が禁止法をどこまで知ってるかはともかく、怖がらせたらかわいそうじゃないか。そうだと決まった訳じゃないんだから」

「でも、そういう可能性があれば、シェルがそのチビを世話することだって大きなリスクがあるんじゃないのか。そのチビをさらった奴が、シェルからチビを奪い返すためにあいつを傷付けるってことだって……」

「それも考えたから、わしが寮まで送ったんだ。本人にはチビスケの親が来たら、ということだけにしておいたがな。チビスケに関しては、魔法使いがいる所以外では絶対にケージを開けるな、と言ってある。明日はシェルリスの休みになっているから、ここへは来ない。それなら協会の敷地内か寮にいることになって、周囲に誰かがいる状態のはずだ。ここへ来る日は、わしか誰かがちゃんと見るようにするつもりでいる」

 魔物退治こそ引退したものの、ブレイズも契約している魔獣がいる。シェルリスがバイトのためにこちらへ向かう道中で何か起きないよう、その魔獣に見張ってもらうこともできるのだ。

 事情がはっきりしていない以上、ブレイズもシェルリスの安全にはちゃんと気を配っている。

「お前がいない間は、わしらがちゃんとあの子を守るから。そう心配するな」

「……人が聞いたら誤解するような言い方、するなよ」

 レイザックがわずかに口ごもる。

「誤解? わしは普通に言っただけだが。何だ、まさか……いまだに何もなしか?」

 父親の言葉に、レイザックは一瞬つまる。

「まさかとか、何もなしってどういう意味だよっ。シェルと俺は、ディルアの先輩後輩ってだけだ」

「そうなのか? お前がシェルリスをここに紹介した時から、わしはてっきりそういう仲だと思っていたんだがな。よそでおかしな虫がつかないよう、シェルリスをここに隔離しておいて、お前がいない間はわしが目を光らせるように、と暗に言われたものだと」

「暗も明も言ってないっ。だいたい、隔離って何だよ。仮に恋人や何かだとしても、隔離はまずいだろ。独占欲が強いにも程がある」

「隔離は言葉のあやだ。しかし、何もなしか。ちょっとドジなところもあるが、シェルリスは明るくていい子だぞ。さっさとしないと、ああいう子はすぐに売れちまうからな」

「と、とにかくっ」

 レイザックは、強引に話を元に戻した。

「魔物なら事件性は少ないから、俺達の出る幕じゃない。だけど、人間が絡んでるなら別だ。誰かが正当な理由でそのチビを連れて来て、たまたまこの辺りで見失って……にも関わらず、現場に一番近いであろううちへ誰も尋ねに来ないのはおかしい。後ろめたいことをしてるから来られないって方が濃厚になってくる。だとしたら事件だし、捜査が必要だ。ディルアに情報がなくても、魔捕まとり部に直接入ってるってこともあるから、俺は一旦戻る。何かわかれば、すぐに知らせてくれ」

「ああ、シェルリスのことも含めて、こっちはまかせろ」

「……頼むぜ。何かあったら、ここを紹介した手前、シェルの家族に顔向けできなくなるからな」

「そうだな。ああ、向こうへの挨拶は早く行った方がいいぞ。行く日が決まったら、ちゃんと知らせろ。わしも手土産くらいは用意したいからな」

「だーかーらーっ。話をそっちに持って行くなって」

 怒鳴りながら、レイザックは出て行った。

「やれやれ。二十二にもなって、照れるって歳でもないだろうに」

 ブレイズはくすりと笑って息子を見送る。

「さてと。暗くなって安心している奴がいるかも知れないし、もう少し周辺を調べてみるとするか」

☆☆☆

 レイザックがシェルリスと出会ったのは、彼がまだ修学部の見習いだった頃。

 魔法使い認定試験、つまり一人前の魔法使いになるためのテストを一ヶ月後に控えていた大事な時期だ。

 それが、およそ三年前。

 その頃には授業で新しく習うことはほとんどなく、技術向上に特化した授業がずっと続く。放課後には自主練習に励む者も多く、もちろんレイザックも毎日の自主練習は欠かさなかった。

 そんなある日。

 フィールドと呼ばれる魔法の練習場へ来たレイザックは、火の魔法を練習している少女を見かけた。それがシェルリスだ。

 修学部に入って間がない、見習いほやほやのシェルリス。懸命に火を出そうとしていたのだが、うまくいかない。

 なぜか彼女が目に入ってしまったレイザックは、何となくその様子を見ていたが、あまりの下手さ加減につい口を出してしまった。

「そんな唱え方じゃ、うまくいかないぞ」

 初心者なら、下手なのもわかる。レイザックも最初から上手くできた訳ではない。修学部に入ったばかりの頃は、失敗もたくさんやらかしている。

 だが、それを差し引いても、シェルリスはあまりにも下手すぎた。いくら初心者でもひどすぎるその様子に、レイザックは黙っていられない。

 自分のテストが控えていて、後輩の面倒を見ている時間的余裕はないはずなのだが、レイザックは自分でも気付かないうちに声をかけていた。

 レイザック十九歳、シェルリス十四歳。季節は初夏の頃、である。

 以来、見掛けるたびに声をかけるようになり、個人レッスンのおかげでシェルリスの腕も平均値より上になってきた。

 一緒にいる時間が多ければそれなりに親しくなるものだが、レイザックが認定試験に合格したことで二人は一時疎遠そえんになる。

 レイザックが魔法使い犯罪捜査部、通称崩れ部に入ったことで、顔を合わせる時間がなくなってしまったのだ。

 職務部の棟と修学部の棟はディルアの同じ敷地内にあるが、崩れ部は少し離れた別の敷地にある。そのため、顔を合わす機会がなくなったのだ。

 それから、およそ一年後。

 初めてのことばかりで四苦八苦していたレイザックも、ようやく仕事に慣れた頃。昼食を取り損ねたレイザックが入ったパン屋に、シェルリスがいた。

 家がそんなに裕福ではない、という話は何となく聞いていたが、その時の彼女はそのパン屋でアルバイトをしていたと知る。

 レイザックはこれまで一度も入ったことがない店で、本当にたまたま目に付いたから足が向いたのだが、すごい偶然があるものだ、と二人は笑った。

 それからさらに半年後。

 レイザックがとある仕事で、とある家へ向かう。そこになぜかシェルリスの姿があった。

 その家で、ベビーシッターのアルバイトをしていたのだ。時間が許す限り、掛け持ちをしていたらしい。

 それを知って、レイザックは途端に心配になった。

 シェルリスは特別成績優秀でもないし、すぐに授業内容を理解して技ができる程に器用ではない。レイザックが面倒をみていた時は多少上達していたものの、本来のシェルリスは真面目に課題をこなし、自主練習をしてようやくそこそこの成績になるレベルだ。

 それなのに、アルバイトばかりやっていたのでは、知識習得のための予習復習がおろそかになる。自主練習をしっかりやる時間もなくなってしまう。

 かと言って、レイザックがシェルリスの家庭の事情に口ははさめない。家計に余裕がないことはわかっているが、アルバイトばかりに時間をかけて落第していたのでは、本末転倒だ。

 そうしてレイザックの頭に浮かんだのが、現在の家業であるアトレストの存在である。

 当時、受付は主に父のブレイズがやっていた。

 はっきり言ってかん職。それでも、受付を空っぽにはできない。

 空間を安定させる仕事は他の魔法使いもしているが、責任者であるブレイズも確認作業が必要になる。その間に受付をしてくれる人材があればいいが、客が魔法使いと魔獣であるため、普通の人間には任せられない。

 簡単な仕事ではあるが、受け付ける対象が特殊すぎるためだ。

 万が一の事態の時、防御の壁を作れるだけの力が必要で、これはどの国、どの街のアトレストでも厳守されるべき規則なのである。

 レイザックの母セレルは魔法使いではないため、その規則に引っ掛かってしまう。

 しかし、シェルリスなら可能だ。

 見習いではあるが、いわば魔法使いの端くれ。その頃には壁を出すくらいはできるようになっていたし、魔獣の対応も普通の人間よりずっとうまくできる。元々魔獣が好きだという話は聞いていたから、その点は問題ない。

 時間の拘束はゆるいから、そこで実技の練習をするのは無理でも、宿題や予習くらいなら十分できる。

 レイザックはブレイズとシェルリスにこの話をし、双方が合意して現在に至るのだ。

 今までこうしてあれこれ関わって来た以上、シェルリスが何か妙なことに巻き込まれかけているのでは、となればレイザックも放ってはおけない。

 何だかんだ言ったところで、どうしても面倒をみてしまうのは、彼の性格だ。

 いや、対象がシェルリスの場合は別の理由もあり、だろう。

☆☆☆

 時間はやや戻って、太陽が沈みきる少し前。

 シェルリスがブレイズと一緒に、魔法使い協会ディルアへ向かう準備をしていた頃だ。

 人間の姿になった小竜のファルジェリーナを、馬車へ乗せ替えたタルボラ。彼らは、とある大きな屋敷の前まで来ていた。

 メアグの街でも指折りの資産家ワイマーズ家である。

「ほら、降りな」

 男にうながされ、女性の姿をした火の小竜は言われるままに馬車から降りた。

 彼女の手にはまだ縄が巻き付けられていたが、タルボラはそれをほどく。ほんのわずか、ファルジェリーナは楽になった気がするが、それでも焼け石に水だ。

 首に着けられた吸魔石きゅうませき付チョーカーの方が、縄よりも彼女から魔力と体力を容赦なく奪っている。もう歩くことすら、わずらわしい。

 相手はそれを見越しているから、縄をほどいたのだ。

「ほれ、今からご主人様とのご対面だ。おとなしくしていれば、いい暮らしをさせてもらえるぜ」

「……そのいい暮らしとは、人間にとってでしょ」

 魔獣が人間の「巣」で暮らして、快適なはずがない。

 何もできないファルジェリーナは、そう言い返すだけで精一杯だ。言われたタルボラの方は意に介しておらず「違いねぇ」と笑うだけ。

 ゆっくりと屋敷の周辺や中を観察するような余裕は、ファルジェリーナにはなかった。腕を引かれたり背中を押されたりしながら歩き、気が付くと広い部屋に立っている。

 目の前には、濃い金髪を後ろにぴっちりなでつけた碧眼の男がいた。ごつごつした輪郭の顔や肌の状態を見る限り、四十代半ばから後半といったところか。

 ファルジェリーナを見る男の目は、ラグトムのように見下すというよりは値踏みしているように感じられた。

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