第4話 問題有りの貼り紙

 側面の一部は金属の格子になっていて、中を覗けるようになっている。天井部分がフタになっていて、取っ手が付いていた。

「その子はこのケージに入れるんだ。入れたら、鍵をしっかりかけること」

「このケージって……魔法道具ですか?」

「そう。次のクラスで習うけれど、小型の魔獣や子どもを一時的に保護する物だ」

 レクートが言うように、シェルリスはまだこの魔法道具について習っていない。

 知らなければ、小型犬やねこを入れて運ぶ単なるカゴにしか見えなかった。もしくは、格子部分を見なければ、ピクニック用のバスケット。

 このケージが使用されるのは、様々な事情で魔獣の子どもなどが保護される時だ。

 魔物退治などでとばっちりを受け、親を失った子ども。別の魔獣や魔物によって、よそのエリアへ連れて来られた子ども。勇んで冒険に出たはいいが、帰れなくなった子ども……などを一時的に保護し、この中へ入れて連れ帰って来るのである。

 ここへ入れれば、その魔獣が持つ気配は遮断されるように細工がされているのだ。

 シェルリスがここへ来るまで安全かどうかをブレイズが心配したように、親が子どもをさらわれたと思って逆上し、攻撃してくることを懸念しての細工である。

 使われずに済めばそれに越したことはない、魔法道具の一つだ。

「こんな狭い所にルビーを閉じ込めちゃうんですか」

「ルビーって……その子に名前を付けたのかい?」

 グラウンが言っていたように、レクートも情をかけすぎると後でつらくなるのでは、と思ったようだ。

「呼び掛ける時に困るから、一応仮名を」

「まぁ、仕方ないか。これはルビーくらいの子にはちょうどいいんだ。あまり広い所だと、逆に落ち着かないらしいからね。それに、今説明したようにきみの安全のためでもある。エサはここの格子の間から入れられるし、余程のことがない限りは親が見付かるまで開けないように」

 かわいそうにも思えるが、この方がルビーにとって落ち着くのなら文句は言えない。

「あと、これは許可証代わり。エヌムさんは細かいことを言う人じゃないけれど、一応」

 レクートは、シェルリスに一枚の紙を渡した。シェルリスが魔獣を自室に入れることを許可する、といった内容である。

 エヌムはシェルリスが入っている寮の寮長だ。

 寮は魔獣はもちろん、ペットを飼うことを禁止している。この紙は、今は特別な状態であることを証明してくれるもの、ということになる。これを寮長に見せろ、という訳だ。

 あれこれとシェルリスが担任の魔法使いと話している横で、ブレイズが今回のいきさつについて改めて話をしていた。協会が動いてくれれば、ルビーの親もそう時間がかからず見付かるだろう。

 シェルリスはルビーをケージに入れて鍵をかけ、その鍵にチェーンを通して首からかけた。魔法道具なのに、なぜかメインの鍵は普通の金属なのが笑える。

 しかし、この鍵も一度かければそう簡単には開かないと聞いた。なので、普通の人はもちろん、魔法使いがこのケージを盗んでも楽に魔獣を入手できないようにしてあるのだ。

 ついでだからとブレイズは寮までシェルリスを送り届け、寮長のエヌムにレクートからもらった許可証を見せ、ようやくシェルリスは自室に入ってほっと一息ついた。

「魔獣を連れて来て、エヌムさんもびっくりしてたね」

 エヌムは寮生の間では話のわかるおばちゃんで通っていて、シェルリスが持っていた許可証もさっと目を通した程度。

 きっとこの紙がなくても、シェルリスは問題なく部屋へ戻れただろう。

 寮は動物持ち込み禁止と知っているのに、あえて連れているということは何か事情あり、と判断してくれているのだ。ブレイズが一緒だったことも、たぶん大きい。

「ルビー、早くお母さんとお父さんが見付かるといいね」

 シェルリスは格子の間から指を入れる。

 ルビーはその指先のにおいを嗅ぎ、小さな舌でぺろっとなめた。

☆☆☆

 シェルリスを寮に送り届け、ブレイズがアトレストへ戻ると、短い黒髪で長身の魔法使いが受付のカウンター前に立っていた。

 ブレイズが入って来た気配に気付くと、こちらを振り返る。ブレイズと同じ紫の瞳を持つその顔は少々不機嫌……と言うより、怒っているように見えた。

「親父、この貼り紙は何なんだよ」

 若い魔法使いはそう言いながら、何か書かれた紙をブレイズの方へ差し出す。

「何だ、レイザック。三日ぶりに帰って来たと思ったら、いきなり言いがかりか」

 彼はブレイズの息子で、シェルリスの先輩にあたるレイザックだ。

「チンピラが因縁をふっかけてるみたいな言い方、するなよな」

 父親の言葉に、レイザックはさらにむすっとなる。

「これ。こんなの貼ってたら、変な誤解されるだろ。この辺りは魔法使い以外、人通りはあまりないからいいようなものの」

 魔獣の姿を見慣れない人が騒いだりしないよう、どこの地域のアトレストも街の中からやや離れた場所に造られている。もちろん、まったく一般人が来ない訳ではないが、数は限りなく少ない。

 ちなみに、どこそこのアトレストと限定して言う時は、街の名前が付く。ブレイズが経営しているここは、メアグ・アトレストと呼ばれるのだ。

「ん? いつの間に……」

 レイザックから渡された紙には、やけに元気な文字で


「迷子の火竜、おあずかりしてます。お心当たりの方は受付まで」


 と書かれている。

 この字は、間違いなくシェルリスだ。入口の扉に貼られていたらしい。

「ここには火竜がいるのかって騒ぎに……まぁ、常識的に考えれば、いるはずないってわかりそうだけど。竜が迷子になってる、なんて誤解する魔法使いはいないだろうけどさ。メアグ・アトレストは虚偽きょぎの貼り紙を出していた、なんて噂を立てられても困るだろ」

 小竜は特別珍しい魔獣ではないが、竜はとんでもなく珍しい。見たことがある、と言う人間は世界中を探してもほんの一握りだろう。

 それなのに、火竜がいる、となれば騒ぎになりかねない。

 もっとも、レイザックが言うように、常識的に考えれば竜を預かるなんてことはありえない、と「普通の」魔法使い達なら思うだろう。

 だが、世間には特に大した理由もなく、人をおとしいれようとたくらむやからがいるもの。

 そんな人間が、ブレイズの経営するアトレストの悪口を広めたら。どこをどう間違ってか廃業に追い込まれる、なんてことだってありえるのだ。

 もちろん、最悪の場合、ではある。しかし、少なくとも「いいこと」は起きない。

「シェルリス、文字をはぶいたと言うか、根本的に書き方が違うと言うか……」

 書かれた内容に、ブレイズは苦笑するしかない。

「親父、シェルがこんなのを貼ってたって、気付かなかったのか」

「気付いたら、すぐに取ってるよ。まぁ、あの子に悪気はなかったんだから、そう怒るな」

 言いながら、ブレイズは紙をさっさとたたんでしまう。

 シェルリスがこれを貼ったとしたら、ここを出るまでの三時間程の間だろう。シェルリスと二人でディルアへ行き、ブレイズは一時間くらいで帰って来た。

 今日来た客は二組だけで、その客もシェルリスがあの小竜を連れて来てすぐだったから、貼り紙を見た可能性は低い。恐らく、これを見たのはレイザックだけだ。

 もしグラウンや他の従業員が見ていれば、レイザックのようにすぐはがしているだろう。

 それが帰って来たばかりの息子の手によって、ついさっきはがされた。ということは、彼らも気付いていなかったのだ。

「何だってシェルは、そんな貼り紙を書いたんだ? 火竜って何のことだよ?」

「この近くでシェルリスが見付けた、赤い小竜の子どもだ」

「赤……火の小竜で火竜か。あいつ、何を端折はしょってやがるんだ」

 事情を知ってほっとすると同時に、レイザックはあきれた。

 魔獣の名前と属性をまとめる魔法使いなんて、初めてだ。無知な見習いは、することが怖い。

「その小竜が迷子ってことか。親は?」

「いない。わしもシェルリスが小竜を保護してから周囲を探してみたが、それらしい影はなかった」

 ルビーがシェルリスに保護されてから今までのことを、ブレイズはレイザックに説明する。

「そのチビスケは、シェルリスがケージに入れて、世話することになった。親捜しはディルアにまかせてある。とりあえず、どういう事情か早くわかればいいんだがな」

「単なる迷子に思えないな、それ」

 話を聞いたレイザックがいぶかしむ。

「お前、仕事が一段落したから帰って来たんだろう。わざわざ事件性を高めてどうする」

 レイザックは「魔法使い犯罪捜査部」と呼ばれる部署に所属している。

 魔法使い協会・職務部の中にある部署の一つで、魔法使いの犯罪者が関わる事件を捜査するのだ。

 魔法使いの犯罪者は魔法使い崩れ、もしくは崩れなどと呼ばれ、その崩れを捕まえるところから「崩れ部」と呼ばれている。

 人によっては「魔法使いを捕る(捕まえる)」というところから「魔とり」と呼んだりもする。魔法使いの犯罪者専門の役人みたいなものだ。

「親父だって、魔獣売買禁止法は知ってるだろ。そんな生まれて間がなさそうな子どもがふらふらしていて、近くに親がいないなんてまずありえないぜ。魔物がさらったとしても、それなら逃がしてしまったきっかけみたいなものがあるはずだ。そのきっかけの痕跡が近くにないのは変じゃないか。人間が関わっている、と考えた方がしっくりくる」

「まぁ、確かにな」

 魔法使いにとって、契約に応じて協力してくれる魔獣は、これ以上ない頼もしい相棒になりえる。

 だが、そんな彼らを違う形で利用しようとする人間も、残念ながら存在するのだ。

 魔法使いは魔物だけでなく、人間を傷付けたりした魔獣も退治の対象にすることがある。人間の血を覚えてしまった魔獣が、犠牲者を増やしてしまわないようにするためだ。

 その時に、魔獣を拘束する縄を使うことがある。魔獣の魔力や体力を奪いつつ拘束する魔法道具の一つで、捕縛縄ほばくじょうと呼ばれるものだ。

 その縄を崩れ達は悪用し、何も悪いことをしていない魔獣を捕まえるのである。

 金持ちと呼ばれる人間達は、変わった物を欲しがる傾向があるらしい。彼らは魔法使いや一部の人間に対してしか心を開かないという魔獣を自分の手元に置きたがり、一方でそれをビジネスにしようとする人間や魔法使い崩れが現れるのだ。

 一人でやる者もいるが、大抵は二人以上で組んでいることが多い。一般人か腕の悪い魔法使いが販売先の開拓や交渉をし、別の魔法使いが注文に応じた魔獣を捕獲するのだ。

 この捕獲担当の魔法使いは、そこそこに腕がいい者が多い。つまり、真面目に探せばいくらでもまともな仕事があるはずだが、報酬の高さゆえに「崩れ」となっていくのだ。

 しかし、こうして捕まえられた魔獣は飽きられるのも早く、子どもの場合だと大きくなると返品されたりもする。

 だが、人間に飼われ、本来棲んでいる環境とは異なる場所に閉じ込められるストレスから、返品される前に死んでしまうことも多い。

 魔獣は人間の姿になることもできるが、その姿が気に入られた場合はそのままで飼われることもよくある。

 その際、吸魔石きゅうませきと呼ばれる魔獣の魔力を奪う石が付いた、チョーカーやブレスなどを装着させられるのだ。その石のせいで魔獣は魔法も使えず、元の姿に戻ることもできなくなってしまう。

 ちなみに、これらの装飾品は闇ルートで出回っていて、取り締まりの手をすり抜けているのだ。

 魔力を封じられた魔獣は、家や敷地全体に結界が張られるために、逃げることができない。普段であれば破れる力を持つ彼らも、肝心なその力を封じられてはどうしようもないのだ。

 もし仲間が取り返しに来ても、捕まった魔獣が逃げることはできない。

 魔獣を手に入れた者の屋敷周辺には、吸魔石が複数置かれた上で結界が張られている。魔獣仲間による奪還を阻止するためだ。

 結界に触れれば、捕まった魔獣同様に力を奪われてしまう。大抵の魔獣は、そこで奪還をあきらめてしまうのだ。

 あきらめずに仲間を取り戻そうとがんばる程に力を吸い取られてしまうため、最悪だとその場に倒れる魔獣もいる。

 そうなれば、崩れにとって、新たな「商品」が手に入ることになるのだ。

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