第八十四話 解放に向かう世界 ①大阪のおばちゃん(大阪)

 あの結婚式から十日ほど後。


 大阪府、高槻駅前の裏手にあるアパートにて、私とくろりんちゃん、そしてヒカル君は、二階にある部屋の前に立っていた。


「えーと、じゃあここからは僕だけでいいです」

 歯切れが悪そうにそう話すヒカル君に、私とくろりんちゃんはいやいやいや、と首を振ってその提案を拒否する。

 ここにはヒカル君の親戚であり、身元引受人でもある女性、國久 野菊くにひさ のぎくさんが住んでいるはずだ。といっても彼女はホイホイ出現から早々に入ってしまい、ヒカル君が一度見に来た時には中でパチンコ三昧だったそうだ。


 その彼女のホイホイがもし砂嵐から大型化して鮮明な映像になっているなら、つまり中の彼女が出たがっているなら、助け出す目的でここにやってきていた。


「ここまで君を連れまわした責任があるし、君の保護者の方には是非挨拶しないと」

「わたしもー、ヒカ君の親戚の人ならぜったい会ってみたいし」


 その返しに、なんかあからさまに嫌そうな顔になる彼。はぁ、と息をついてドアノブを回すと「おばさーん、いますかー?」と声をかけて中に入っていく。


 彼女は台所にいた。無論ホイホイの中になんだけど。


”あらまー、ヒカ坊やっときたんかいな。放送聞こえとったでぇ、はよ助けてぇな”

 中にいたのは全身花柄のワンピースを着こんだ、ふとまし……もとい、ふくよかな中年女性だった。なんかもう見た瞬間に『大阪のおばちゃん』な空気が全開な人である。


”もーホンマこん中ヒマでヒマでしゃぁないわ。パチンコやってもずーっと大当たりで飽きるし、買い物行ったらタダでなんでもくれよる、スリルも張り合いもなーんもあらへんがな”

 圧倒する勢いでまくし立てる彼女。こちらが挨拶どころか口を挟むスキすらない、くろりんちゃんも(ひぇー)という表情で苦笑いしている。

 頑張れ。ヒカル君と親しいお付き合いをしていくなら、この人にも慣れにゃならんのだから。


「あの、こちら今日まで僕の世話をしてくれた椿山湊つばきやまみなとさんと、一緒に放送していた夏柳黒鈴なつやなぎくろりんちゃんです」

「よろしく、椿山です」

「夏柳黒鈴です。ヒカ君にはいろいろお世話になっています」


”おー! あんたがくろりんちゃんかいな。アレやろ、ヒカ坊と結婚式とかした娘やなぁ。えらいまたべっぴんさんやないかー。ヒカ坊も隅に置けんなぁ”

 一言いえば十以上帰って来る、さすがは大阪のおばちゃん、パワーあるなぁ。


「ほな、とりあえず出したってや。今のままじゃ小指しか出せへんけど、そっちで引っ張ってくれたら出られるんやろ?」

 画面から小指だけ突き出して(ほれほれ)と言わんばかりに曲げ伸ばしする。まぁもちろん出してあげる気はあるんだけど、その前に言うべき事は言っておかないと。


「國久さん、ふたつほどお伺いします。まずひとつ。貴方をここから出したとして、社会に貢献する気はありますか?」

”は? なんやねんそれ”



 あの日以来、世界中のホイホイから人々を救う手立てが見つかった。奇しくもくろりんちゃんがヒカル君を救うシーンをバルサンラジオで世界中に生中継していたので、それはほどなく全世界の放送地域に知れ渡っていたのだ。


 だが、棟方議員の懸念通り、誰かれ構わず助け出していくと、今の社会のキャパを超えた人間が溢れることになる。水や食料をはじめ住居、エネルギー、インフラ等を奪い合う混乱が起こる危険性があるのだ。事実世界中ですでに手当たり次第に出たがっている人を引っ張り出している地域も多い、今のところ深刻な混乱の報告は入っていないけど、将来的には分からない。


 とはいえ、だからと言って助ける人を選定する権利なんて私達には無いのだ。特に自分の身内は誰もが最優先して助け出したいだろう、そして助けた人がまた別に近しい人を、と連鎖的に助け出してしまい、その結果人が増え続けるのは避けられない。


 だから私たちは最低限、助け出す人たちにそれを認識して貰って、出たら社会の為に行動して貰い、後から出て来る人達が困らないように尽力する事、子供や老人のような弱い人が出て来ても大丈夫なように、しっかり社会体制を整えることに協力してもらうようお願いする事にしているのだ。



「なーんや、そんなコトかいな、まかしとき」

 ふんぞり返って胸をどん、と叩く國久さん。

大阪人なにわの人情を甘ぅ見たらあきまへんでぇ。これでもご近所の付き合いは広いんや、皆が寄ったら出来へんことなんぞあるかいな”

 そのふてぶてしさが今は確かに頼もしい。とにかく今、世界に必用なのはエネルギッシュな人材なのだから。

 親しい人を連鎖的に助け出し、その人たちが一致協力して社会を活性化させる事が出来るなら願ったり叶ったりだ。


「なら、もうひとつお願いがあります。貴方はこっちの世界を愛せますか?」


 これは地球の疑問に対する答えでもある。元々このホイホイが出現したのは、世界を、地球を愛さない人類に対しての排除であったのだ。ならそこから戻るに当たって、こっちの世界を好きでいて貰わなければ、また地球がホイホイみたいなのを生み出す可能性は否定できないから。


”ほれは放送で言いよったなぁ。ウチは別にそっちに不満はあらへんでぇ、ただちょっと窓の中にパチンコ屋が見えたさかい、新装開店かなと思って飛び込んだだけやがな”

 軽いなオイ。だけどこれなら大丈夫そうだ、ポジティブな性格の人なら地球も歓迎してくれるだろう。


 私はヒカル君にこく、と頷いて見せると、彼は苦笑いしながらコリコリと頬をかきつつ、ウィンドウの前に立って國久さんの小指に自分の指を絡める。

「じゃ、出します。んんっ!」

 ぐい! と引っ張ると同時に、その大きな体をホイホイに若干つかえさせながらも抜け出して来て、どすん、とフローリングに着地するおばちゃん。


 ヒカル君救出以降、このホイホイから人を引っ張り出すのはずっと簡単になっていた。彼の時はまるでノリでひっついている体を引きはがすかのように、少しづつしか引っ張り出せなかったんだけど、今はこっちで軽く引っ張ればお手軽に出せるようになっている、これも地球のサービスかなぁ。


「さーて、ほな早速役にたちまっせー、とりあえず何しよか、おっちゃん」

 出て早々私に一気に距離を詰めてそう笑顔を向ける國久さん。まるで庭に出るようなノリでホイホイから出て来て、背中で消えて行くホイホイをもう気にも留めてない。


「あ,せやけどその前に、どっかやってるパチンコ屋しらんで?」

「「なんでやねん!」」

 私とヒカル君が同時にツッコみ、くろりんちゃんが複雑な顔で愛想笑いを浮かべる。ホントに大丈夫かなこのヒトは。


「ナイスツッコミやで! わかっとるやないか~」

 豪快に笑いながら、肩をぐるぐる回しつつ階段を降りて行く彼女。一階のある部屋のドアを乱暴に叩いて大声で呼び掛ける。

「おーい、生田のおっちゃーん、おるでー? あんた大家なんやからみんなまとめんかいな!」


 ドアを蹴破り中に入って、大家さんを引っ張り出して事情を話す。そのアパートの主だったおっちゃんおばちゃんを勢揃いさせるのにものの五分もかからなかった。

 彼らは皆、ハグしあって再会を喜んだり、ラジオで聞いた人類救出の立役者であるヒカル君やその彼女のくろりんちゃんを称えたりした後、私の計画書にそってミーティングを始める。


「ゲンさん、あんたの息子さんお菓子工場の倉庫勤務やろ、食べモン確保してもろて」

「天保山のほうにメガソーラーあったけん、あっちに拠点構えよか」

「ミッちゃん、あんた託児所やったやろ、同僚助けて子供や赤ちゃんの受け入れ準備や」

「ワシ市役所勤務やからな、要る部署の担当を引っ張り出したるわ」

「ほな水道関係やな、水がのうなったら生きて行かれへんから」


「いやー、みなさんすごいです。あれよあれよと復興計画が実現して行ってますよ」

”さすが最強の大阪のおばちゃんですね、頼もしいですねぇ”


 くろりんちゃんのレポートに、ワシワシさんが嬉しそうに答える。あれから我々バルサンラジオの役目は人を見つける事に変わって、助け出した人たちの輪を繋げて社会の復興を担うお手伝いをすることにスイッチしていた。

 そのためのマニュアルを棟方さんが用意してくれており、それに沿って必要な人材を助け出し、そこからさらに人手をホイホイからかき集めて、より大きな力にする。


 そんな『人間力』による社会の再生を、全国を回りながらお手伝いしていく。もしこのやり方が成功して、世界中の良きお手本になれば何よりだろう。


 うんうん。ここ大阪の町は、実にいいモデルケースになりそうだ。

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