第八十三話 こんてぃにゅう

 ヒカル君が地球に向けて高らかに宣言した時、まるでその返事のように、空から白玉が舞い降りて来た。


「あ、雪!」

「うっわ、あっという間に降って来た」

「ホワイトクリスマス、キター」

「呑気な事言ってんじゃないよ、北陸の雪舐めんな!」


 周囲を見渡せば一面の降雪状態だ。山も空も街並みも全てが無数の白い点のフィルターに覆われ、世界の景色を一変させていた。


「ひくちっ!」

「くしゅん」

「ぶえぇーーっくしょいぐらぁっ!!」

 ヒカル君、くろりんちゃん、そしてわたし三人が同時にくしゃみをする。そういえばくろりんちゃんは上半身裸で、私は彼女にコートを貸しており、ヒカル君は入院着の一枚だけだ。私はともかく二人は早く暖を取らないと……


「はいはいはい、二人とも早く着替えないと。さ、入って入って」

 何故か上機嫌で飛んできた坂木さんが、ふたりを抱え込むようにして連行していった。そういや彼女はウェディングプランナーで、東京で会った時からふたりにを着せたがっていたなぁ……オチが見えたな。


「さーさ、我々も披露宴会場に移動しましょう、これは寒くなりますよ」

 鷲尾ワシワシさんがぱんぱんと手を叩いてそう告げる。結婚式は野外会場だったが、披露宴はビル内の一階ロビーで行う事になっている。

 幸いと言うか、この百万石ラジオビルは屋上と駐車場前の敷地に太陽光発電パネルがあるおかげで、ビル内はエアコンが効いてて快適なので助かる。


 全員がぞろぞろとビル内に入り、それぞれ割り当てられた席に着く。テーブルには料理が並んでおり、要所にはガスコンロの上に鍋が鎮座している。物資不足の今の世界だが、なんとか結婚披露宴として格好がつくだけの料理を揃えられる事が出来た。富山の皆さんには本当に感謝しないとなぁ。


 松波夫妻が上座の中央に座り、その左に棟方さんと鐘巻刑事が並ぶ。彼ら二人は一応、仲人という体を取っているのでそのポジションなのだ。

 ただ、夫妻の右側にも二つの席が用意されている。その席のすぐ後ろにはカーテンが用意され、その向こうから何やらごそごそしている様子がうかがえる。


(ね、あれってやっぱり……)

(そりゃあの二人だろ)

(これは冷やかし甲斐がありそうですねぇ)

 なんとなく事情を察した人や、訓明高校の女生徒たちがニヤニヤしながらささやいている。あの席にはひな壇の人形よろしく、ヒカル君とくろりんちゃんが並べられるのは予想がつくだろう。でもねぇ、二人の衣装を見たらきっとびっくりするだろうな。


「さぁ、これより晴れの門出を迎えたお二人を祝福する、披露宴を開催いたします」

 ワシワシさんの司会で披露宴が幕を開ける。ちなみに本来なら彼を結婚式の司会に呼ぶには相当のギャラが必要らしいのだが、今回は勿論ノーギャラで快く引き受けてくれたらしい。


 松波夫妻を紹介し、ふたりの生い立ちや学生時代のキャラクター、そして馴れ初めまでを語っていく。中でも杏美さんがオカルトにハマってUFO博物館に就職した逸話などは、大いに会場を楽しませた。


 それが終わった時、舞台袖から出て来た坂木さんがワシワシさんにメモを渡す。それに目を走らせた彼が新郎新婦にアイコンタクトを送り、答えて二人もにこっ、と頷く。


「あ、すみません。今日この場を借りて、実はもう一組のカップルを皆様にご紹介したいと思います」


 お、来たな。さぁサプライズタイムだ!


「この『バルサンラジオ』を大いに盛り上げた二人。リポーターとして大活躍した小学生、夏柳黒鈴なつやなぎくろりんちゃん。そして機材担当として奮戦し、ホイホイの中から脱出を果たした若き勇者、白瀬しろせヒカル君でーす!」


 おおおー! という歓声と共に拍手が巻き起こる。同時にスポットライトが二人の席の向こうのカーテンに当てられ、やがてカーテンが、しゃっ! と開かれた。


 一瞬、会場の空気が凍り付いた。そして……


「ぶふうぅぅぅぅぅぅぅっ!!」

「って、ぎゃはははははははは、逆だろ逆」

「キャーッ、ヒカル君かっわいいいーーーー!!」

「うわぁ、くろりんちゃんめっちゃ男前じゃん」


 豪快に噴き出した私に続いて会場中が大歓声に包まれた。なんとを着込んで、を纏わせているじゃないか……やってくれたな坂木さん。まさかこう来るとは。


 くろりんちゃんはまんざらでもないようだが、ヒカル君のほうは真っ赤になってバツが悪そうに俯いている。しかし似合い過ぎだろこれ、長身で短髪のくろりんちゃんは、まるで宝塚の役者のようにサマになっているし、華奢で背が低く、色白な上に入院生活で一段と痩せているヒカル君に女性的なドレスがぴったりだ。


「ヒカルくーん、こっち向いて笑ってー」

「ふたり、もっとくっついて! 撮るよー」

「なんかポーズ取って、いっそキスしてよー」

 文芸部の女生徒やお姉さま方が撮影のチャンスとばかりに二人の前に群がる。ヒカル君は真っ赤になって俯いていて、まさに『穴があったら入りたい』状態だろう……彼のホイホイが消えていて良かった。


「さーかーきーさーん」

 隣に座った坂木さんはんにんにジト目で声をかける。ちょっとやり過ぎじゃないかコレ、との意思を込めて。

「すいませーん。最初は普通に着せたんですけど、なんか似合い過ぎちゃって、松波夫妻を霞ませかねなかったんです。お色直しの時に元に戻しますんで、それをお楽しみに」


 結局ひとしきり撮影会となった後、早々にお色直しタイムとなった。舞台裏に引っ込んだ二組のカップルがいない間は、皆の懇談&食事タイムと相成る。


「ねぇ、椿山さん目立た無さすぎじゃないっすか?」

「あ、俺も思った。少なくともバルサンラジオの立役者の一人なのに、こんな奥の席でいるなんて」

 名口君の意見に天藤も同意する。まぁ自分としてもラジオの放送に尽力し、多くの人たちと縁を繋いだ立役者である自負はある。とはいえ私みたいなオッサンはやはり裏方であるべきだろう。

「あの華やかな舞台に交じったら完全に美女と美男子と野獣だよ、カンベンしてくれ」

 そりゃそうか、と笑い出す名口君と横浜軍団。思えば近くに私を持ち上げそうな文芸部女子や清乱寺の子供達がいなかったのは幸いだったな……あんな所に祭り上げられたらたまったもんじゃないよ。


「さぁ、お色直しが終わりました。世にも麗しい四名です」

 ワシワシさんの言葉と共に出て来た松波夫妻。今度は和装で登場か、白無垢の花嫁衣裳の杏美さんはその凛とした顔立ちから、ドレスよりもこっちの方が似合っている気がする。逆に痩せ型の発破さんは、日本人体形向きの紋付き袴に対してちょっと貫録不足かな、まぁこれからこれから。



 そして、ヒカル君とくろりんちゃんが登場した時、会場の温度が一斉に上がった……気がした。


 どくんっ!


 何と言えばいいのか。そう、これはトキメキというやつだ。


 初恋の時に感じるような初々しい想い。それが今、一組のカップルと言う形をとって目の前にいる。タキシードをびしっ! と着こなした凛とした少年と、雪のように白いドレスをなびかせた長身の女性、しかしその顔はあくまでもあどけない少女のそれだ。


 初々しさと、お似合いとしか言いようのない二人が、早すぎる結婚衣装を纏って立っている。その姿はどこか現実味がなく、おとぎ話のようなファンタジー物語すら想像させる。


 これはすごいな。私も年甲斐も無く青春時代を思い出しちゃったじゃないか……。


「いよっ! ご両人、日本一っ!」

 そう叫んだのは彼らの師範の大熊蘭さんだ。教え子たちの晴れ舞台に感極まって叫ぶと、目を潤ませながら拍手を始める。その肩を旦那の優斗さんが抱きしめて壇上に手を振ると、その場の全員が追随して万雷の拍手を響かせた。


 うん、心からおめでとう。そして長かったリポーターの旅、お疲れ様。


      ◇           ◇           ◇    


「そうよ! 地の底から意思が感じられたのなら、ホイホイの仕掛け人は宇宙人じゃなくて地底人だったのよ!!」

「ええい、大概にせぬか! 地底人などおるはずもなかろうに!」

「そっちこそ、地球に意思があるわけ無いでしょう! そもそも地底人と宇宙人のコンタクトは世界中のオーパーツから証明されて……」


 懇談の時間の最中、杏美さんと白雲さんは相変わらずの丁々発止である。今度は地底人と来たか……確かに火山の火口深くならオカルト好きなら地底人を想像するんだろうけどなぁ、メゲないなこの人。



 そんな時だった。席を外していた棟方さんが会場に飛び込んで来るなり、大声でこう叫んだのは!


「みなさん! 大変です、ラジオを、ラジオをつけて下さいっ!!」

 え、何事? と固まる一同。NHKtのバルサンラジオ枠は結婚式で終了してて、今は他国の放送枠なんだけど……などと思いつつ、スタッフが会場のスピーカーにつないだラジオ放送に耳を傾ける……


”The window frame is larger, so you can pull out the person inside!”

(窓枠が大きくなってます、中の人を引っ張り出せますっ)

”Mia moglie, i miei amici, ora posso riportarli in questo mondo.!!”

(妻が、仲間が、今ならこっちの世界に戻せます!!)

”ปาฏิหาริย์ ปาฏิหาริย์เกิดขึ้น คุณสามารถช่วยใครสักคนผ่านหน้าต่างนั้นได้!”

(奇跡です、奇跡が起きました、あの窓から人を助けられるんです!)

”Екран који је некада био пешчана олуја сада је постао јаснији!”

(今まで砂嵐だった画面が鮮明に移りました!)


「なんだって!?」

「世界中でも、ホイホイからの脱出者が……」

「白瀬君のホイホイと、シンクロシニティした?」

 世界から伝わる放送、それを翻訳するAIの音声がそれを告げていた。これは……世界中というなら、ひょっとしたら!?


「日本中からも通信が入っている!全ての砂嵐ホイホイが拡大し、中の人が出たがっているって!」

 棟方さんがそう叫ぶ。これは……これで、世界中の人が、私の妻や娘が、救える、のか?


”Ðekakpui Shirose ƒe dzidzedzekpɔkpɔ menye nukunu o.”

(白瀬少年の活躍が奇跡を越したんだ)

”Kai jis meldėsi žemei, besiklausančių langai išsiplėtė.”

(彼が地球に願った時、聞いていた人たちの窓が大きくなった)

”一位英雄的呼吁拯救了我们。”

(一人の英雄の訴えが、私たちを救ってくれたんだ)


「棟方さんっ!!」

 がたっ! と立ち上がって叫ぶ。もしかして、もしかして、これで世界は、救われるのか!?


 会場中が色めき立った。てっきり戻らないと思っていた人間社会、それがヒカル君の救出をキッカケに、可能性が世界中に広がったという事なのか!


 思わすハイタッチする人、身内の人へ思いを馳せる人、ガッツポーズを掲げる人など、明日への希望をその場の全員が共有していた。これで世界は元に戻る、戻す事が出来る! と。


「じゃあ私達バルサンラジオの役目も、ますます重要になってきましたね、松波さん!」

「ええ、任せておいてください!」

 ワシワシさんがそう言い放って松波さんが応える。そう、ホイホイの鍵が外れたのなら、その扉を開ける方法を広く伝える為にもラジオのさらなる普及が必要になる。


 まだ放送の届かぬ地域に声を届け、ホイホイの中で絶望している人たちに耐えて待ってもらう、助けが来るその日まで。

 その役目は、これからは私達に変わって松波さん夫妻が担う事になる。頼みましたよ! 新婚旅行を兼用なのでイチャイチャしたいのは分かるけど。


「ん……うぷっ!」

 と、杏美さんがいきなり口を押えて辛そうにする。なんだ、驚きの事態に唇でも噛んだのかな? と思ったらそのまま別室に退場して行ってしまった……何事かな?



「おめでたです」

 杏美さんに付き添って行った坂木さんが彼女を支えながら戻って来て早々、その衝撃の事実を伝えた。


「うっひょーーーーっ!」

「なんつーめでたい日だ」

「おめでとー」

「ヒューヒュー、やることやってるねー」


 今日何度目かも分からないヤンヤの大歓声。二人の結婚にヒカル君の生還、披露宴のサプライズに世界中のホイホイの脱出の可能性、そして杏美さんの妊娠……ホント、なんて日だ、今日は。



「あ……でもそれじゃ、リポーターとしての旅行は無理なんじゃ」

 ワシワシさんのその言葉に会場が静まる。そうだ、身重の彼女にリポーターなんて無理だし、旦那さんの松波さんも一緒にいてあげないと色々心配するだろう。それは母体にも赤ちゃんにもよろしくない。


「じゃあ、誰か代役を立てないといけませんねぇ」

 その鐘巻さんの言葉に会場がしん、と沈黙する。ただ全員の目線が、ある二点を行き来しているのだけは分かる。


 上座のヒカル君とくろりんちゃん、そして……


 えええマジで?


 固まる私の肩をぽん、と叩いた白雲氏が、口角をにやりと吊り上げながら、似合わない口調えいごでこう囁いた。



「とう、びい、こんていにゅう、だな、頑張りたまえお三方」



――――――――――――――――――――――――――――――


オマケ:ヒカル君とくろりんちゃんの衣装。

https://kakuyomu.jp/users/4432ed/news/16817330669629439718

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