第七十八話 千客万来
12月22日。結婚式まであと二日となり、私たちは会場の設営やリハーサルの手伝い、来賓用テーブルや飾りつけの手配、皆さんの食事や移動のための運転などで忙しく動き回っていた。
このホイホイが世界に出現して以降、おそらくは一番のビッグイベントになるであろう結婚式に、どこかみんなウキウキして準備していた。まぁ無理もない、集まっている人達はほぼ全員がバルサンラジオが縁で集まった人たちだし、その発起人でメインDJの松波さんと羽田さんの結婚となれば浮かれるのも当然だろう。
そして、遠方からの来賓もぽつぽつと訪れだした。この世界で幸せになるカップルを見てみたいと、日本各地のラジオリスナー達が駆け付けてくれていたのだ。
「椿山のオッチャン、くろりんちゃん、久しぶりー」
「オウ、結婚式を盛り上げに来てやったぜ!」
最初に現れたのは横浜でやり合った六人の内、今は和歌山に住んでいる山根タクトと虎米ルイの二人だ。女子プロレスラーのルイはなんとガウンの下にレスリングレオタードを着こんでおり、顔や髪までハデハデなペイントを施した、まさに臨戦体勢だ。
どんな盛り上げ方する気だよ……本番は二日後だ、風邪ひくぞ。
間を置かずに軽自動車で訪れたのは横浜の空手道場師範代、大熊蘭さんだ。居合わせたルイと目が合うと、なんかバチバチッ! と視線で火花を散らして睨み合っている。ああ、そういや横浜のケンカの時、蘭さんがルイをKOしたんんだっけか。
「久しぶりですねぇオバサン、年甲斐もなく遠路はるばるようこそ」
「えーえ、お久しぶりねぇお嬢ちゃん、最近の若い子のファッションはデーハーよねぇ」
ちょ! マジで止めなさい二人とも。なんか周囲の空気が歪んでるぞ!!
「まぁまぁお二人とも、ヒカ君が見たら悲しむからやめましょうよ」
絶妙のタイミングとネタで仲裁に入るくろりんちゃん。効果はてきめんだったようで、空手女子とプロレス女子が目を潤ませて彼女に詰め寄る。
「ううう~、白瀬くんいい子だから、きっと帰ってこられるから、待ってあげて~」
「ああ、そうだぞ。もっぺんアイツのミット受けてぇよ……グスッ」
あーあ、二人とも泣き出したよ……強い女ってよく分からんなぁ。まぁくろりんちゃんも大概なんだけど。
ちなみに蘭さんの旦那さん、大熊優斗師範は別行動だそうだ。なんでもカウンタックで来て自慢したいらしいが、なにぶん燃費が悪い車なもんで、道中のガソリン確保が大変なのもあって、先に蘭さんだけが来たそうだ。
「それって、
私がそう突っ込むと、蘭さんは目を丸くして固まり、次の瞬間「それがあったじゃない~~!」と頭を抱えて叫び出した。ううん真面目な夫婦だけにどこか融通が利かないな、あの二人は。
それから小一時間程してやってきたのは二台の園児バス……まさかとは思ったが案の定、山形の清乱寺の宗教団体『正道の育み』ご一行様だ。
あの教祖、
「あー、ふるちんのおっちゃんだー!」
「そらとぶおしりのおっちゃーん、こんにちわー」
当然ながら子供達が嬉々として私に手を振る。頼みからその呼び方止めさせてくれよ教祖さん達。
一気ににぎやかになった会場周辺。とりあえず子供達の相手をして、他の人の作業の邪魔にならないようにしなければならない。なので一応人気者の私と、ハデなペイントで子供受けのいいルイで即席のプロレスショーを行った。
「おおーっと、ここで『ピューマのルイ』のラリアット炸裂ゥ! さぁ『腰ミノミナト』、反撃のドロップキーック!」
ちなみに実況はくろりんちゃん……すっかり放送のコツを掴んだなぁこの娘も。と言うかそのリングネーム止めて頼むから。
ちなみに子供達の何人かは名口君が引き受けて、ビルのロビーに連れて行った。プラモの自慢がしたいんだろうけどあの子達まだ七歳だぞ、作品とオモチャの区別がつかない年齢の子供にプラモは危険じゃ?
などと思ってたら案の定、ビルの中から名口君の悲鳴が聞こえて来た、ご愁傷様。
一気に人数が増えたのもあって、ラジオを通して富山のみなさんに食料の追加をお願いした所、今日も大漁だったとので心配無用との事だ、やれやれ。
結局その日の夕食は、披露宴の前夜祭かというほど騒がしいものになった。あの太祖が結婚式に神前式を提唱し、すでに準備を進めている神父さんと喧々囂々の舌戦を展開したり、いつもは呑まない蘭さんがルイと一緒に大酒を飲んで周囲に絡みまくったり、山根がまたくろりんちゃんに股間を蹴ってと懇願してドン引きされたり、こっそりと宴席から離れて行ったメローネさんとラオラ氏を尾行しようとして白雲さんに止められて、またしてもお説教タイムに入られたりと、なかなかにカオスな夜となってしまった。
◇ ◇ ◇
翌日も千客万来だ。最初に富山のご一行様と、新潟訓明高校のみんなが連れ立って来てくれた。ちなみにバス一台、食材を満載した冷凍トラック二台という豪華ラインナップだ……こりゃ会場のテーブルと椅子、大量に追加しなきゃあなぁ。
続いて東京のNHKtのスタッフも到着。この結婚式の披露宴を仕切るのが
(ほんっと残念です、ヒカル君とくろりんちゃんの結婚衣装、せっかく作ったのにー)
スタッフの一人、坂木さんは静岡のウェディングプランナーの仕事をしていた人で、この式の余興として是非ヒカル君とくろりんちゃんにも結婚衣装を着せたかったらしい。わかる、それは私も是非見たかったなぁ。
――コォォォォーン――
空気を震わせる、甲高いエキゾーストノートが遠方からこだまする。間違いない、これは大熊優斗さんのカウンタックだ!
「蘭師範代、師範が来ましたよ」
くろりんちゃんも即反応して蘭さんに向き直る。やれやれ、と頭をかく蘭さんがすぐに「あら?」と頭にハテナマークを浮かべる。それは私達も同じだった。
――ゴォンゴォン、ゴォォォォー――
――ドドドドドドドドド――
――パラリラパラリラパラ――
――ウウウウウーーッ、ファンファンファンファン――
――そこの暴走族、車を止めなさい、止まりなさーいっ!――
なんとカウンタックを先頭に、無数の改造車が排煙を巻き上げてこちらに向かって来る……あれ東京の爺さん達、だよな?
しかもその後ろに五、六台のパトカーがサイレンを鳴らして追いかけてきている。旧車の暴走族を追いかけるパトカーの群れとか、絵面が完全に昭和なんですけど……
結局カウンタックを先頭に、十台の族車と五台のパトカーが駐車場に雪崩れ込んで来る。パトカーから警官がわらわらと出て来て、改造車の爺さん達を取り押さえにかかる……まぁ見る人が見れば
「いやぁ、久々に警察官してる気分になりましたよ」
警官隊のリーダーは兵庫県警の鐘巻さんだった。そういや彼が担当のラジオコーナー『鐘巻刑事の防犯ラジオ』で、各地から警察官の生き残りが何名か名乗りを上げていたんだっけか、一緒にいる警察官はその人たちなのかな。
「いやー、若い頃を思い出すわい」
「こう、血沸き肉躍るっちゅーか、のう」
伊集院さんはじめお爺さん達も、この騒動をしっかり楽しんでるみたいだ。まぁ人が少なくなった世界ではっちゃけたい気持ちは分からないでもないが。
そう、明日の主役は
みんな、この未来の見えない世界で、輝きたいという思いは一緒なんだ。
結局じいさん達の乱入で場はお祭り騒ぎになった。子供達は嬉々としてカウンタックや改造車、そしてパトカーに取り付いている。お爺ちゃんたちも小さな子供は大好きなようで、運転席に乗せてハンドルを握らせたりと嬉しそうに可愛がっている。
訓明高校文芸部の面々は溢れる小説のネタに、目を輝かせてメモを取ったり撮影したりしてるし、優斗さんは蘭さんに頭をハタかれた後、富山県議員の棟方さんに握手を求められている。棟方さん、優斗さんがオリンピック金メダリストと知っててコネを作りにかかってるな、多分。
「なんの騒ぎだよ、コレ」
私の後ろでそう嘆いたのは、多分今しがた到着した群馬の天藤君と
「おお、凄いな」
「どうです! 畑は順調ですよ」
えっへん、と胸を張って言うハートちゃんに、天藤が「お前はほとんど何もしてないだろ」とツッコミの手刀を入れる。まぁ実際に何もしてないということは無いんだろうけど。
こうして結婚式場は予想をはるかに上回る大所帯となった。世界がホイホイによって寂しくなる中、残された人達のパワーで盛り上げて行こうじゃないか。
この世界には、まだまだ『にんげん』が元気でいる、その証のために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます