第七十九話 イヴのハッピーウエディング
十二月二十四日。午前九時五十七分。
石川県金沢市内、百万石ラジオのビルの玄関口。周囲の壁には飾りつけが施され、入り口上の壁にはステンドグラスと十字架が掲げられている。
すでに百名近くのゲストが、並べられた長机の下のパイプ椅子に着席して結婚式の開始を心待ちにしている。幸いにも晴天で風もなく、十二月の北陸地方にしては異例の温かさだそうだ。
思いの外増えた参列者に対応すべく突貫で用意した式場だったが、天気が味方してくれたのは何よりだ。うーん天候に悩まされてた建設業者の頃を思い出すなぁ。
ピッ・ピッ・ピッ・ポーーーーン
ヒュウゥゥゥ~~……ドン! ドンッ!!
十時の時報と共に花火が打ち上げられ、大気を震わせるような音と振動を鳴らす。さぁ、いよいよ結婚式の始まりだ!
「松波ハッパのバルサンラジオ、さいしゅーかいっ! 本日は私、ワシワシこと
舞台の袖でワシワシさんが放送を始めると会場から拍手が沸き、同時に各所に設置されたスピーカーから、世界中からの歓声や拍手が鳴り響いている。
今日ここに来れなかった人たちにとっても、このめでたい祭事はさぞ未来への希望になるだろう。
「さぁ、まずは神父さんのご登場です。Mr.ラフォーネ・
舞台裏になるビルから登場したのは、立派な銀髪に銀の髭を整えた、いかにも神父さん然とした初老の人物だ。
「この世界で、一組の愛の実りを神に報告できることの幸運を、心から噛みしめています」
両手を広げ、遥か上の青空に向かって歌うように
「それでは、新郎新婦の登場です。まずは新郎の松波発破さん、どうぞっ!」
割れんばかりの拍手に包まれて、舞台背面の
「皆さま、本日はよくお越しいただきました。ラジオで繋いだ皆様と、そして愛する女性を妻として迎えられること、心から幸せに思っております、アリガトオォォォォッ!!」
緊張してるかと思いきや、マイクを握った途端に饒舌になる松波さん。そういえば彼は元々DJ志望の機材担当であったんだけど、このバルサンラジオで喋り続けて、今やすっかりいっぱしのDJさんだ。彼もまたくろりんちゃん同様、この半年ですっかり化けたなぁ。
「さぁ、いよいよ新婦である羽田杏美さんの登場です、皆さま、美しい花嫁にご期待ください!」
ステージ下の客席のど真ん中を貫通する
さて、出番だな。私はひそかにヒザに乗せていたリモコンを操作する。
「え、あれ? 出てこないぞ」
「溜めるなぁ、まだかー?」
全員が後ろに首や体を回して登場を待っているのに、なかなか彼女は出てこない。まぁそれもそのはず、彼女はそこにはいないんだから。
「あー、はなよめさんだー!」
「親方ァ、空から花嫁が!!」
山形の施設から来たレン君に続いて、くろりんちゃんがわざとらしく相づちを打ちつつ、ステージの真上を指差して見せると、全員がその方向に視線をぐるん! と向ける。
「おおおおおおっ!?」
「ヒャッハーっ! 花嫁が天から降って来たぁ!」
「UFOだ! UFOから降りて来るぞ!!」
舞台の上、だいたい十メートルくらいの所に一機のUFOが浮いていて、そこから純白のドレスを纏った美しい女性が、横たわったままゆっくりと降りてくる。
実はこれ、私たちが先日から
舞台の脇には一台クレーン付きトラック、通称『ユニック』が停車している。そのクレーンで羽田さんを横倒しに吊って待機、観客の視線をデコトラの方に誘導しておいてから、私が手元のリモコンでクレーンを操作して、UFOから降りてくる花嫁を演出したという訳だ。
ちなみにクレーンの先端に付けたUFOは、羽田さんの勤務地であるUFO博物館から拝借したもので、出来が非常に良く安っぽさが無いので、観客たちの中にはヤラセであることになかなか気付かない人までいた。
どこかの天空の城よろしく降って来る羽田さんを両手でお姫様抱っこの形で受け止める松波さん。観客から「おおおおお」との声と拍手が沸き上がるが、そうは問屋が卸さない、おりゃ!
「って、ちょっとぉぉぉ!」
「また上昇していく!?」
「UFOだ。UFOに吸い上げられているんだ」
「キャトルミューティレーション??」
もちろんそんなことは無く、私がリモコンで再度彼女を吊り上げているだけだ。
「待てぇ、私の花嫁さん!」
松波さんが自分のホイホイの上枠を掴み、下枠に足を掛けて浮き上がり羽田さんを追う。やがて彼が花嫁を抱きかかえると、私もそれに合わせて再びクレーンをゆっくりと下ろす。
やがて地面に着地する新郎新婦。裏方の黒子さんが彼女を吊っていたベルトロープを外して片付けると、ふたりは肩を組んだ状態で、外側の手を広げて観客にアピールする。
口笛と拍手と笑い声のシャワーが会場に降り注いだ。よかった、大仕掛けをした甲斐があったと言うもんだな。
「汝、松波発破。この女性を妻とし、健やかなるときも病めるときも、揺るがない愛を誓いますか?」
「誓います、このマイクにかけて」
「汝、羽田杏美。本日この時より松波杏美となり、この伴侶と共に、死が二人を分かつまで愛を注ぐことを誓いますか?」
「誓います、このUFOにかけて」
二人が永遠の愛を誓ったのは、自らのアイデンティティに添えてのものだった。何人かはクスクス笑っていたが、その意味を知る者にとっては真面目な事だと心で頷いた。
夫婦となると言う事は、お互いの全てを受け入れると言う事なのだ。自分の知らない事や経験した事が無い事を相手に与え合い、それを共有しながら生きて行く、それが結婚生活というやつなんだから。
「それでは、約束の指輪を交わし、誓いの
松波さん……いや発破さんが杏美さんの左手の薬指にリングをはめ、杏美さんもまた彼の指にリングをそっとはめる。
指輪の交換が終わり、ふたりが向き合った時、会場のボルテージは最高潮に達した。特にくろりんちゃんや風見鶏さん、ルイやハートちゃん、五葉ちゃんや坂木さんなどの女性陣は、身を乗り出して食い入るように注目する、純情さんかキミタチは。
発破さんが杏美さんの顔にかかるヴェールをそっと開き、はだける。露わになったその表情はあくまで美しく、そして幸せそうな喜びに満ちていた。
「きゃぁー、すっごくキレー」
「それ、行け、ぶちゅうーっと!」
「キース、キーッス、キ-ッス!」
「ちゅーするのー? するのー?」
女子達が、東京の爺さん達が、山形の子供達がはやし立てる。そそ、こういう公衆の面前でキスすることに意味があるんだよなぁ、二人が夫婦である事をアピールするのが、後の浮気や離婚を防ぐ文字通りの『誓い』になるんだよ。
発破さんが彼女の脇に手を回し、杏美さんが彼の首を抱きしめる。そして……二人は、唇を重ねた。
会場中から、そしてスピーカーを通して世界中から、二人をはやし立て、祝福する歓声が響き渡った。
ラジオを通して繋がった絆は、県境を、国境を越えて、世界をひとつに繋げて見せたんだ。
ちなみに白雲さんと太祖の二人は、キスの冒頭から終始うつむいて赤面しつつ、なにやらお経か呪文みたいなのを唱え続けている。坊主に教会式は少々刺激が強すぎたかなぁ。
「さて、それでは最後にブーケトスを行います! 我と思わん女性はステージ前にお集まりください!」
そのアナウンスが響くや否や、女性陣がなにやら殺気立ってステージ前に殺到した。
「あたしよあたしー! こっちに投げてー」
「アタイだよこら!」
「うるさいわね! このために遠征して来たんだから、渡さないわよ!」
「こっちにくださーい、おねがいしまーっす」
「ちょ、女子小学生には早いでしょ?」
「女子高生だってまだ早いじゃん」
なんとくろりんちゃんまであの集団の中に突撃している……花嫁からの
もちろん彼女たちが密集している頭上や周囲には各々のホイホイが浮かんでいるわけだが、今その映像が見れたら面白いかもしれない、多分意中の彼との結婚式が見られるんだろうなぁ……
そして今まさに、杏美さんの手からブーケが放たれようとしたその時、どこかの地域から放送が入った。
――ザ……ザザッ――
――もしもし、聞こえてますか――
!!!
それは、私の心臓を鷲掴みにするほどに、聞き覚えのある、懐かしい声。
松波さんが、杏美さんが「どこから?」と周囲をきょろきょろと見回し、大熊道場の夫妻が顔を見合わせて「まさか!」と目を丸くする。
――よかった、通じたみたいですね――
ルイが「おい、おい!」とくろりんちゃんの肩を掴んで揺さぶり続ける。
そして、くろりんちゃんは固まったまま、その声を耳から心の奥まで受け止めて、ほろっ、と、一粒の涙をおっことす。
まさか、まさか、まさかっ!!?
――僕です、白瀬ヒカルです。松波さん達、ご結婚おめでとうございます――
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