第七十七話 石川への帰還。
いよいよ富山を発つ、その朝がやって来た。
「じゃあ、みなさんお世話になりました。棟方さん達は石川でお待ちしています」
「ごちそうさまでしたー、ブリとっても美味しかったですー」
中継車に乗り込み、見送りの皆さんに向かって手を振りつつ、エンジンをかけてギアを入れる。
富山の皆さんとは、出会う前に黒部ダムの件で絆を結び、実際にお会いしてからは返し切れないほどの恩と歓迎を受けた。そんな彼らともついにお別れだ。
と言っても、議員の棟方さん他、何人かは石川でやる松波さんの結婚式に来てくれるんだけど。
また、新潟の訓明高校文芸部の生徒たちも来てくれるとの事。
「結婚式! 小説のネタになること間違いなし!!」
部長の風見鶏さんが胸の前で手をぐっ! と握るリアクションをして、他の部員たちもうんうんと答える。よしよし、いい小説を書いて、いつか楽しませてくれたまえ。
ちなみに白雲さんはちょっと仏頂面だ。自身の思い描いていた『人々が自然に溶け込んで暮らす未来図』を否定されたのが響いているみたい、意外とナイーブなんだなこの人。
この富山県に生き残っていた大勢の人たちは、これからの日本、そして世界の人たちの生活のいいモデルケースになるだろう。ほどほどに文明を保ち、それなりに自然から自給自足を得て暮らしていく、そんないい例を示してくれていた。
「それじゃあ、また、いつか!」
「「また、いつかー」」
車が『きときとラジオ』ビルを離れる。文字通り
◇ ◇ ◇
富山市から石川県金沢市まではわずか一時間ほどのドライブだ。途中立ち寄る所も無く、拍子抜けするほどあっさりと、懐かしの石川『百万石ラジオ』のビルに到着する。
「リポーターのみなさーん、おかえりなさーいっ!」
「ただいま帰りましたー!」
敷地の門の前で松波さん達がずらり並んで出迎えてくれた。ちょうど朝のバルサンラジオが始まったばかりで、私たちの帰還を心待ちにしてくれていたみたいだ。
ああ、帰って来たんだなぁ。あの日、ここから旅立ってから、日本の真ん中部分をぐるりと回って。
「って、人多くないですか?」
車から降りたくろりんちゃんが周囲を見回して言う。確かに、私たちが旅立った時は松波さんしかおらず、後に羽田さんが駆け付けてくれたのみだった。でも今ここには二十名ほどの人が集ってくれている。
「各地から結婚式を見てお祝いしようと駆け付けてくれたんですよ、石川県の方も六名ほどいらっしゃいますよ」
松波さんの言葉に「やほー」と手を上げる数人。ああ、彼らが地元の人なんだな。
「こちら愛知の花火職人の沢田さん、結婚式に打ち上げ花火を用意してくれてるのよ」
羽田さんに紹介されたのは、いかにも頑固職人っぽいお爺さんだった。ああ、確かにいたなラジオで燻された花火職人さん。
彼は腕まくりをして「任せときゃーよ」と白い歯を見せる。
他にも様々な人が、この結婚式に活躍しようと駆け付けてくれているとの事だ。滋賀県から来た神父さんが結婚式の仕切りを引き受けてくれている他、気の早い事に山梨から産婦人科の先生までやって来てくれている。そして……
「椿山さんに夏柳さんですね。どうも、福井の『つみをかさねたもの』、
ああ、この人がプラモデル制作の名人さんか。まだ若いが着飾らない地味な服装に、度の強い眼鏡をかけた痩せ型の青年は、いかにもデスクワークが向いていそうだ。
その名口さんに案内されて、ビル一階のロビーの突き当りに案内される。棚に展示されていたのは、彼の様々な力作の数々だった!
「うわ、すっごいキレイ……」
「おおー、見事だなコレは!」
車やバイク、巨大ロボや魔法少女のジオラマ、お城や戦艦に戦闘機、果ては屋台のプラモまである。しかもそのどれもが本物を、まるで魔法か何かで縮小したような見事な出来栄えだ。
「椿山さん、コレを差し上げます。僕からの旅の完走記念です」
「うおっ! イオタSVR!!」
渡されたのはケースに入ったミニカーのプラモ、あの鳥取で見た憧れの車イオタのプラモデルだ! これは素晴らしい……本物を見た後でまさかプラモに感動するとは!
「夏柳さんにはこちらを、白雲氏にはコレを差し上げます」
「ひゃぁ! すっごくキレイ」
くろりんちゃんが貰ったのは金閣寺のモデルだ。表面の金箔が見事に再現されていて、両手のひら上に収まるサイズの世界遺産が、見事にキラキラ輝いている。
「こ、これは……うむ、気に入ったぞ、良い物だな。修行場に飾るとしよう」
白雲さんに手渡されたのは東大寺の大仏様のプラモ。こちらも青銅色の色塗りが何とも言えぬ質感を醸し出している……ホントになんでもあるなぁプラモ業界。
「ありがとう、こんないい物を貰えただけでも、旅をした甲斐があったよ」
素晴らしいプレゼントをくれた彼に、私たちは順番に握手を求める。彼もまた笑顔で一人ずつ手を握っていく。
どうやら彼は放送の合間に私達が好きそうなものを無線や放送でチェックしていてくれたらしい。松内さんや羽田さんにも好みのプラモを既に贈っているそうだ。
「ううん、やり手だねぇ名口君」
「あ、いえ。これやってるとホイホイに入らなくて済むんですよ。みなさんが喜んでくれるのを想像してると、こっちのほうが幸せかなって。
そう言って笑う彼。うんうん、この世界にも楽しいことはいっぱいあるよ、それが人と人との関りなら尚更だ。彼ともまた、放送で知り合えて本当に良かった。
朝の放送が終わり、私たちはビルのスタジオに入って色々な話をする。一番の話題はやはり……
「ヒカル君、君がここに居たらどれだけよかったか」
松波さんがヒカル君の入ったホイホイを見て、沈痛な面持ちでそう嘆く。彼もまたここでヒカル君に出会っており、旅立つまで放送機材の接続のノウハウを教えていた縁があった。
「それで試験的に
そう、それで生き残っていた羽田さんと松波さんは出会ったんだった。いわばヒカル君は二人のキューピッドでもあるんだよな。
そう思うと今ここに彼は居ないのは、なんともやり切れない気持ちになる。
「なんとかホイホイの向こうとの『縁』が繋げればのう」
白雲さんがそうこぼす。相変わらずホイホイの向こうからは何も見えず聞こえずで、こちらからの声も届いているかも分からない。もしお互いに意思疎通が出来るようになれば、そして中の人が地球の自然の中で生きていく気持ちになれば、戻れるかもしれぬ、と続けて……
「まだそんなヨタ話してるの? 宇宙人をとっ捕まえて出してもらうしか無いんだって」
やっぱり始まった、羽田さんとのこのやり取りも、もうすっかりお馴染みだなぁ。
「ね、ヒカ君。みんな待ってるよ、宇宙人さんでも地球さんでもいいからお願いして、早く戻ってきてね」
不毛な論争は、ホイホイを抱きしめてそう囁くくろりんちゃんの言葉で止められた。どこか嬉しそうなのは、みんなも一緒に彼の帰還を待ち望んでくれているいるからだろう。
「さ、そろそろ結婚式の準備に加わろうか。ふたりの幸せな結婚を見たら、地球でも宇宙人でも笑顔になって、また人間を返してくれるかもしれないからね」
そう言って立ち上がる私に続いて、皆も席を立って動き始める。そうだ、この終末世界において、私たちが幸せな世の中を作り出す事が、閉じ込められた人たちを呼び戻す何よりの力になるだろう。
だから、この素晴らしい世界を、もっともっと愛していこう!
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