第七十六話 宿題と、長い旅の終わり

(う~む、ここにきて思わぬ難題を抱えることになったなぁ)


 会議の後、私はうんうん唸りながら、さっき棟方さんに問われた問題をどうするかについて、二日酔いの頭痛も忘れて思考を走らせていた。

 「ホイホイに囚われた人たちを救い出す」というのは私の今の第一目標だ、日本はおろか世界中の誰よりも早くその目標を掲げ、そして協力を呼び掛けて来た自負がある。


 なのでもし本当にそれが実現した時に「ほな後はしらん」ではあまりに無責任だろう。ホイホイ出現からはや半年、世界の経済、食料、そして水や電気などのインフラ状況は激変してしまっている。そんな世界で人間だけが一気に戻っても、待っているのは混乱だけなのだ。


 かといって棟方さんの言うように、まさか助ける人を選別するわけにもいかない。犯罪者や暴力的な危険人物を後回しにするのはまぁ分かるが、社会を回す労働力にならない老人や子供、赤子を助けないというのではあまりに酷な話だろう、特にホイホイが砂嵐になった人は、中の世界に半ば絶望している人もいるだろう。そんな彼らをいつまでも助けないで居たら、下手をすると病んでしまうかもしれない。


 また、身内だけを優先して助けるのも良くないとも言われていた。己の都合で身内を優先すれば、後回しにされた人達には当然不満が募るだろう。そうなれば各家庭、各地区、そして各国で摩擦が起きるのは当たり前の話である。


 ホイホイを破る方法も見つかっていない今の段階で、そんな心配をできる棟方氏はさすが政治家だなぁ、と感心する。特にあの白雲氏を黙らせた説得力は大したものだ。


 で、その白雲さんもさすがに私の後ろで「むむむ」と唸っている。彼は彼で人類全てが坊主のように悟りを開いて、自然の中で暮らしていけると思っていたらしい。いやいや、人間はもっと不安定なもんだよ、あんた達みたいな神仏に仕える身とは違うんだから。


「どーしたんですか? 二人とも難しい顔をして」

 外に出た途端、そこにいたくろりんちゃんに心配される。彼女は訓明高校の女の子たちと一緒に色々な作業に従事している、やはり近い年齢のお姉さん方といるのは楽しそうだ。


「あ、いや。今後の事を、ね」

 頬をかきながらそう曖昧に返す。まぁ何があってもヒカル君は絶対に助けるつもりでいるんで、そこは安心して欲しい。

 そのヒカル君は今でも彼女の服の中にいるらしく、その胸の谷間に四角いホイホイの角が浮き上がっている。なんかそこに収まりがいいようで、持ち歩くより楽そうだ。


「……そういえば、もうすぐ私たちの旅も、おしまいですね」

 ちょっと陰りのある表情でそう続ける。私とくろりんちゃん、そしてヒカル君で繋いできたこのバルサンラジオの旅も、いよいよ石川に帰ったら終わりを告げる。


 百万石放送のバルサンラジオは、松波さんと羽田さんの結婚式で最終回を迎えることが決定していた。その後は本部を東京に移して、ワシワシさん達が「NHKtバルサンラジオ」として引き継ぐことになっている。やはり首都東京の国営放送が中心になった方が、国内や世界に対してのアプローチがよりし易くなるのが一番の理由だ。


 そしてラジオカーのリポーターは私達から、松波さんと羽田さんの新婚さんにバトンタッチする事になっている。こんなご時世なんで新婚旅行なんて出来なさそうな二人は、ならばとラジオのリポート旅行で新婚旅行ハネムーンを兼ねようという訳だ。


 なので私、くろりんちゃん、ヒカル君の三人でスタートし、ヒカル君のリタイアと、後に白雲さんを加えた私たちの取材旅行もあと少しで終点を迎える。


 そして、その後の身の振り方を、私たちはまだ決めていなかった。


 ホイホイからいかにして人を救い出すか、それが実現するまで私たちはどこに住居を構え、どうやって日々の糧を得ながらその方法を模索していくか。

 そしてもしホイホイ脱出方法が確立したとして、果たして社会との兼ね合いをどうするか……旅の終わりに来て、宿題が山のように積もり積もってしまったなぁ。


「そうなったら、私はとりあえず一度、徳島に戻るかな」

 妻と娘は今でもホイホイの中を堪能しているだろうか、それとももう飽きて砂嵐映像になっているのだろうか。あの作業場で次々にホイホイされた職人や誘導員たちはどうしてるだろうか。懐かしの徳島の町中で、果たしてバルサンラジオの放送を繋ぐことが出来るだろうか。

 そして、私以外にも今、徳島で生き残っている人がいるのだろうか……この富山県のように。


「私も、迷ってます。一度北九州に帰りたいけど、みんなとも別れたくないし」

「だよねー」

「じゃあ、一緒に行く?」

「いいかもー、旅行旅行!」

 くろりんちゃんの言葉に高校生女子達が声をかける。せっかく友達になれたんだから、これからも一緒に生きたいというのは本音だろうな。ただ、運転する羽目になるであろう男子生徒ふたりが渋い顔をして、「えー、ここに居ればいいじゃん」と抗議する。九州は遠いし、食料の心配もあるからまぁ無理も無いんだけど。


 みんな、それぞれに人生がある。ホイホイから人々を救えるにしても、そうでないにしても、未来への青写真を描いていかなければならないのだ。


      ◇           ◇           ◇    


「さぁ、バルサンラジオ最後の出張レポートも、いよいよおしまいですっ!」

”くろりんちゃーん、今まで本当にお疲れ様でしたー”


 夕方、ついにラジオカーによるリポートの最終回の放送が行われ、それも間もなく終了を迎える。短いようで長かった旅も、明日には石川に帰還してゴールインだ。私たち放送の素人三人が、さまざまな場所から色々な出会いをして、そして紡いできた放送が今、終わりの時を迎える。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



――ふっ、ふっくい県のえちじぇんクラゲスタジオからお送りしてます!――

――どもー、機材担当の白瀬ヒカルです。ふっふっふー、たった今このカニカニ越前放送は我ら百万石ラジオの支配下に入ったぞ!――

――徳島で建設会社に勤務している椿山湊です。新築やリフォームをお考えの方は――


 そうそう、最初はくろりんちゃん噛みまくってたよな、私もえらい恥を晒してしまった。



――今、人類を飲み込んでいるこの窓枠は宇宙人の仕業です!――


――自分は今までに、多くの「つみ」を重ねた者です――


――これは地球の意思だ。世界が人間を地球から追放すべく仕組んだのだよ――


――それが徳島名物、金時豆入りの豆玉焼きだよ、慣れると病みつきに――



 ///        \\\   


||| バルサンラジオ  |||


||| スペシャルーっ! |||


 \\\        ///  




 ///           \\\   


||| 富士山頂から      |||


||| こーんにーちわーっ!! |||


 \\\           ///


 日本中を回るたびに、さまざまな人たちと出会う事が出来た。



 ―緊急速報です―

 ―神奈川県横浜市、〇〇海岸にて、暴漢が、民間人を、襲っています―

 ―最寄りのパトカーは、至急、現場に、急行、して、ください―


――ヒカル君、私を守れるような、強い男になりたいって頑張ってるんですよ――


――さて、白瀬ヒカル。これから昇段試験を始める、受ける気があるか?――


 横浜で遭遇した連中との戦い、大熊夫妻との邂逅、そしてそこからのヒカル君の成長。



――はーいくろりんでーっす。で、こちらが東京で出会った皆さん、『旧車・湾岸シルバーミッドナイト』のお爺ちゃんたちでーす!――

――いえぇぇぇーーーーいっ!!――


――これ、凄いですよ! NHKtの通常放送AMだけじゃない、NHKtFM、通信ラジオRAJIKO、国内緊急放送JPアラート、それから……NHKt国際専用放送まで、いっぺんに流せます!――


――Japón Señoras y señores, ¿me están escuchando?――

――ที่นี่ประเทศไทยค่ะ ฉันได้ยินวิทยุกระจายเสียงจากญี่ปุ่นอย่างชัดเจนนะค่ะ ที่ญี่ปุ่นได้ยินเสียงฉันไหมคะ――

――ch habe es auch hier erhalten, kannst du Japan hören?――

――သူတို့ထဲက ဘယ်နှစ်ယောက် အသက်ရှင်ကျန်ရစ်ခဲ့သလဲ။――

――Що таке Хой-Хой?――


 東京でついにNHKtの放送をゲットし、世界と繋がったあの日。



――ふっふーん。おいは一日で出来る自給自足、知っとっとよ――

――デカアァァァァァいッ、説明不要!! JSにして170!! 91,60,93!!! 夏柳黒鈴だ!!!――


 皆で釣り糸を垂れ、多くの人が新たな食糧確保の手段を得た。



――特に多いのは、赤ちゃんや幼い子供さんがいるご家庭で……本当はもう、私より年上のはずなのに、っ――

――だから私達は、彼らにこそ、こっちに戻ってきて欲しい、そう強く願います――


 被災地に生きていた人たち。彼らにこそ戻ってきて欲しいと心から願った。



――はい……すべては私の至らなさで、申し訳ありません――


 そして、何にも代えがたい彼の。新しい決意を私とくろりんちゃんに

誓わせた仙台の地。



――リポーターのくろりんでーっす! 今日は宮城県の蔵王エコーラインからお届けしまーす!――


 ヒカル君を失っても、それでも未来を信じて前に進んだ。


――わっ、わっ!! またこすっちゃいました……って、ひぇっ、曲がらない曲がらない――

――落ち着いて。困ったらとりあえずブレーキ! 一度止まってギアをニュートラルに――


――みーんなーっ! 楽しい楽しいラジオ放送、はっじまっるよーーーーっ!――


 あの不穏な宗教団体との長いやり取り、命の危機、そして明らかになる事実。



――バルサンラジオ杯、キックベース大会、間もなくプレイボールですっ!――

――何故キックベース!?――


 新潟で出会った良き友、良き生徒たち。



――な、なんだって!? ダムが満杯で、きしんで壊れそうって――

――Ren daar snel weg!!「早く、そこから逃げるんだ!!」――

――椿山センセーっ! 聞こえてますかーーっ!?――


――今、ダムの一番下から水柱が上がりました! 崩壊が始まりますっ!――

――緊急警報。午前十一時四十五分、黒部ダム崩壊――


――鉄砲水、および土石流の収束を確認しました。この災害による死者、行方不明者は……ありません――


 悪夢の黒部ダム崩壊。そんな非常事態さえ、ラジオが繋いだが救ってみせた。



――そーいえばですねぇ、このホイホイ、トイレにもなるんですよー――


――夫婦でしっとりねっとり、との事でーす。どーいう意味かなー?――


 そして今、この富山の地で、長かった放送が……


――――――――――――――――――――――――――――



「わ、わたぢっ、ひっく、ほんどうに……ほんどうに、っ! ひっ、この、ばるさんらじおの、ほうそうに、かがわれで……っ」


 大泣きしながら言葉を紡ぐくろりんちゃん。私だって人の事は言えない、さっきから大粒の涙があふれて止まらないんだから。


 思い出さずにはいられない。私達のかけがえのない、旅の毎日を。


「そ、ぞれじゃあ、っ、ざいごに、げんきよぐ、いって、みばしょうっ!」

 しゃくりあげながら、さいごの言葉を、ここにいる全員に繋げ、送り届ける。


 日本に、世界中に!


「せー、のっ!!」


 ///        \\\   

    くろりんちゃん

||| みなとさん    |||

    はくうんさん

||| そしてヒカル君! |||


 \\\        ///  


 ///        \\\   


||| 楽しい放送を   |||


||| アリガトオォッ! |||


 \\\        ///  



 拍手と歓声のシャワーを浴びながら、十二歳の少女、夏柳黒鈴は見事に、人生で初めてのお仕事を、ついに最後までやり遂げた。

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