第三十六話 雷光(カミナリ)を纏う者達
その空を駆ける轟音を聞いた時、最初は飛行機かと思った。どこか外国からこの東京の様子を伺いに来た、軍のそれではないかと。
しかしすぐそれは違う事に気付いた。闇夜の東京の高架の上を、すさまじいスピードで通過していく幾つもの光源。空から聞こえたと思っていたのは、東京を縦横無尽に走る首都高速から聞こえてきたものだったのだ。
甲高いエキゾーストがドップラー効果を響かせて次々と通過していく。あれは間違いなく暴走する自動車の群れだ。
「……
若いクルマ好きの職人から聞いたことがある。この首都高速道路は走り屋の憧れの聖地であり、深夜になると首都高環状線や湾岸線を猛スピードで駆け抜ける連中がいるそうだ。
「なんてこった、生き残ってる人が、いるじゃないか!」
だが今の東京はそのほとんどが停電している状態だ。名古屋と同じく大都会の東京は電気の需要をほぼ原発に頼っていた。なので社会の死んだ世界では夜は田舎同様に闇の世界で、当然ながら道路にも街灯など灯いてはいない。
漆黒の闇を、ヘッドライトのみを頼りに暴走するあの連中は、ほどなく大事故を起こすのではないかとの不安に駆られる。もしそうなったら、せっかく生き残っている人との邂逅が敵わなくなるじゃないか!
「馬鹿野郎どもが、私と出会うまで死ぬなよ!」
中継車に向かおうとして、ホテルの中で寝ているふたりの事を思い出す。ホテルに取って返して、受付に置かれているボールペンとメモをひっつかんで書き置きを記し、ソファーで寝ているヒカル君とくろりんちゃんの頭元に置いておく。
”人がいたので会ってきます、朝までには戻るから心配しないで”
改めて外に出る。すでにエンジン音は消え去っており気配は見えない。だが聞いたところによると、奴らは同じ所をぐるぐると周回し続けるとのことで、だからこそ『ルーレット族』などと呼ばれるらしい。ならば今、奴らが走り去った道路に上がれば、また行き会えるかもしれない。
「待ってろよ暴走族共!」
中継車に乗り込み、懐の拳銃に弾丸を装填してから、スマホで最寄りのインターを調べる、近いのは、生麦
そこから高速に上がり、『湾岸線』と書かれた看板の方にハンドルを切る。ほどなく『大黒PA』と書かれたパーキングエリアに辿り着く。
いくら奴等に会う為とは言え、高速道路の真ん中で車を止めていても突っ込まれるだけだ。でもこの大きなPAなら衝突の危険は少ないし、奴らもここで休憩を取ることがあるかもしれない、その時が接触のチャンスだろう。
「さてはて、どんな連中かな、っと。」
車のヘッドライトを落とし、冷たい拳銃をポケットの中で握って奴らを待つ。友好的な連中ならいいが、神奈川で合った悪ガキ共みたいな連中なら、また一戦交えざるを得なくなる可能性もある。いや、相手が暴走族である以上、その確率は高いだろう。
それにしても、この高速道路にはあの小さなホイホイはいないんだろうか。ここはまだ神奈川だが、東京方面に向かっていった奴等の進路上に、あのイナゴの群れのようなホイホイはいないのだろうか。
もし居たとしたら、彼らはどうするのだろうか。驚いて事故を起こしてしまうのか、それとも平然と蹴散らして気にも留めないのか。まぁあの捕食後の小ウィンドウは、火事の真っただ中でも中の人が平気だったのは徳島でも見ているから、撥ね飛ばしても問題は無いんだろうけど。
「……来たか!」
遠方に響き始めるエンジン音と共に、青いキセノン系のヘッドライトがこちらに向かって来る。さぁ、ここで停まれ、ホイホイの誘惑に負けないその面構えを見せてみろ!
私の推測通り、車は次々に駐車場に雪崩れ込んでくる。どの車も派手なエンジン音を鳴る響かせる改造車であり、派手なウィングや
右手に握る拳銃が震える、頼むぜ、コイツを使わせてくれるなよ!
総勢十二台ほどだろうか、連中の車は駐車場の中央に集まると、そこから円を描くように居並んで停車する。まるでヒマワリの花びらのように中心に向かって円を描き、その真ん中の丸いスペースは全ての車のヘッドライトに照らされた舞台のようになっている。
この息の合いよう。どう見ても、今夜が初めての連中じゃないな、これは。
そして、車のドアがぱらぱらと開いたかと思うと、中から次々にドライバー達が降りて来て、その光の輪の中に集まって来た。
四方八方からのヘッドライトに照らされた彼らを見て、私は言葉を失った。なんと彼らは、全員が……
お爺ちゃんだった。なんで??
◇ ◇ ◇
「ほうほう、徳島から。えりゃーはるばるからきたねい」
「知っとる知っとる、バルサンラジオじゃろ? 町内放送でやっとるアレかい」
緊張感を削がれた私は、普通に「こんばんわー」と挨拶して彼らの輪の中に入って行った。爺さん達も突然の来客を歓迎してくれたばかりか、なんとバルサンラジオの事を知ってる人まで居てくれたとは!
「あー、ワシらはのう。せっかくじゃから、せーしゅんをもう一回と思ってのう」
「普通はお邪魔もんあつかいべさ、やっけんど今なら走りほうだいじゃ、ひゃひゃっひゃ」
なんでも皆、元
「みなさん、東京の方を走って来たんですか?」
とりあえず聞きたいことを聞いてみる。東京はあの人食いウィンドウが捕食して小さくなったウィンドウが大量に舞っており、そこに行くのは身の危険を感じませんか、と。
「そんな程度で、ワシらの走り屋魂がくじけるもんかね!」
「どうせ老い先短いよワシらなんて、殺せるものならやって貰おうじゃないか」
返ってきた返事は開き直ってるものだった。と言うか首都高速のラインにはそれほどホイホイが溢れてはいないとの事。あれはあくまで下道の、街中を歩く人に良く見えるように配置されているそうだ。
「実は……NHKt放送局へ行きたいんです。でも、リポーターや機材担当はまだ子供で、とてもあの光景に耐えられないんです」
なにか知恵をお借り出来ませんかと頼み込むと、爺さん達はがははと笑ってこう返した。
「ワシらじじいがパレードしてくれたらいいだろう」
「枯れ木も山の賑わいじゃな、うひゃひゃひゃひゃ」
「ラズオさ出ぃるんなら、なんぼでも協力するじゃ」
結構バラバラな方言とイントネーションでそう言ってくれる爺さん達。
確かに名案だ。人生の大先輩である彼らが『ホイホイなんぼのもんじゃ』という態度でいてくれたら、ヒカル君やくろりんちゃんの恐怖心も随分と和らぐだろう。もう駄目かと思っていた国営放送の乗っ取りが、あるいは成せるかも知れない。
「是非、よろしくお願いしますっ!」
皆に頭を下げる。思わぬ形で出会えた頼れる協力者たちの手を借りて、あのホイホイどもの悪意を突破するための光明が今、見えたような気がした。
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