第三十七話 東京じじいパレード

 朝、目を覚ますと、湊さんはいなかった。頭元に書き置きを残して、中継車ごと姿を消してしまっていた。

”人がいたので会ってきます、朝までには戻るから心配しないで”


「やっぱり、東京の方に行ったのかしら……」

「でも、一体どうやって接触したんだろう」

 くろりんとヒカ君に不安が募る。あの怖い光景の東京にひとりで行っちゃったんだろうか、私が怖がって吐いちゃったから……。


 ホテルの駐車場で辺りを見回して湊さんの姿を探す。外はまだ薄暗いけど、朝までには戻ると書いてたから、そろそろ戻って来るつもりなんだろうけど。

「どうする、探しに行く?」

「いや、迷子になったら動かない方がいい。湊さんが戻って来て僕らがいないと、よけいに混乱するから」

 そうだね、と頷いてから不安のため息が漏れる。思えば私たちはいつも湊さんがついていてくれた。まるで本当のお父さんみたいに。だから、その湊さんがいないとこんなにも不安になる、中継車ごと居なくなっているから無線で松波さんに助けを呼ぶことも出来ないし。


 ヒカ君も深刻な顔で俯いている。この世界は決して安全な世界じゃない、横浜でルイさん達に襲われたように、湊さんが会いに行った人が危険な人じゃないという保証なんてどこにも無いのだ。そして……


「湊さんの事だから、大丈夫だとは思うけど……」

 ヒカ君が自分のホイホイをちらっと見てそうこぼす。そう、今の私たちはことができる。もし、もしも。湊さんが私たちを放り出してでも、があったとしたら。


「なんだ? 何か聞こえる」

 私が悩んでいると、ヒカ君が顔を上げて耳に手を当てる。ほどなく私の耳にも空気を震わせる轟音が響き渡って来る。これは、車の音!?

 それも一台や二台じゃない、何台もの車のエンジンの音が、あっという間に間近に迫っていた。


「下がって!」

 ヒカ君が私の前に立ちはだかって空手の構えをする。その瞬間、ホテルの影から爆音を響かせてオレンジ色の車が飛び込んでくる。

「ぼーそー、ぞく!?」

 次々に雪崩れ込んできたのは、全部車高の低いスポーツカーだ。こういうのに乗ってる人は、あのルイさんの仲間みたいに乱暴な人が多い気がする。隠れた方がよかったけど、もうそのヒマはない。すでに先頭のオレンジの車が私たちの方に向かってきているのだから。


 ピッ、ピーッ


 後ろの方の車からクラクションが鳴る。それを見た時に私たちは、ようやく安堵の息を漏らした。中継車に乗る湊さんが窓から手を振っているのが見えたから。


「はあぁぁぁ、よかったー」

 思わずへなへなと座り込む。どうやら本当に人に会って来て、ここに連れて来てくれたみたいだ。心配させないでよ、もう!

「よう、くろりんちゃんにヒカル君だね、ラジオ聞いてるよー」

「え、あ、お、おはよう、ござい、ます」

 車から降りた人が声をかけ、ヒカ君が返してるみたい。でもなんか対応がぎこちないな、なんて思って顔を上げ、車から降りた皆さんを見て……


「え、ええええーーっ!?」

 思わず、すっとんきょうな声が出た。私たちの前にいる大勢の人、みんな??


「「いぇーーーーい!」」


 お年寄りの皆さんがピースサインをして笑顔をこっちに向ける。なんなの、老人ホームの団体旅行か何かなの?


      ◇           ◇           ◇    


「もう! 本当に心配したんだから」

 頬を膨らませて、ぷんすか怒るくろりんちゃんに、みなとは平身低頭で謝罪する。

「ごめんごめん、この皆さんが車だったから、急いで追いかけなきゃいかなかったんだ、本当にすまなかった」

 とっさの行動だったとはいえ、あのケースならヒカル君だけでも起こしてくろりんちゃんを任せた方が良かったかな。ま、まぁ手を繋いで幸せそうに眠っている少年少女を起こす気にならなかったのが正直な所ではあるのだが。


「ダルマセリカにRX-7、これハコスカってやつですよね、かっけー!」

 ヒカル君の方は旧車に夢中だ。なんでも両親が仕事をしたアニメに改造車チューニングカーをテーマにしたのがあったらしく、絵や写真で見て惹かれていたそうだ。うんうん、スーパーカー好きな私にはよく分かるなぁ。


 ちなみに彼らは半数がこの東京在住だった元ルーレット族で、残り半分は首都高に憧れていた地方の走り屋さん達だった。世界が崩壊した事で、一度は首都高にとの思いから、各地から自慢の愛車で馳せ参じて意気投合していたらしい。


 うん、この不良ジジイ共には今回の事が終わったら、さっさと地元に引っ込んでもらってラジオ拡散に協力して貰おう。


      ◇           ◇           ◇    


「はーいくろりんでーっす。で、こちらが東京で出会った皆さん、『旧車・湾岸シルバーミッドナイト』のお爺ちゃんたちでーす!」


「「「いえぇぇぇーーーーいっ!!」」」

 朝のバルサンラジオにて、くろりんちゃんのレポートコーナーで紹介された爺さん達が一斉に声を張り上げる。


「リーダーやらせてもらっとります、伊集院秀樹いじゅういんひできと言います。人のいなくなったトーキョーで昔の杵柄きねづか発揮しとります」

「まだまだ若いもんには負けませんえ、五條拓郎ごじょうたくろうじゃ」

「憧れのシュトコー! 藤堂天馬とうどうてんまの走り見せたるぜよ」


 元気な爺さん達の自己紹介に、無線の向こうの松波さんや羽田さんもなんかタジタジだ。しかし日本各所からの反応は上々で、なかなかエンタメに向いた爺さん達だなぁ、と感心する。


「しかしみなさんカッコいいお名前ですねー、私なんかキラキラネームだから、ちょっとうらやましいです」

「そんな事あるけ! くろりん、ええ名前やないか」

「せやせや、親からもろうた名前やけん大事にせな」

 そう言われて「えへへー」と頭をかく彼女。あ、この放送、あの神奈川の風川逆桃かぜかわハートちゃん聞いてるかな……どんな反応するか面白そうだ。


「さて、私たちはこれから、いよいよ日本の国営放送、NHKtの電波ジャックに向かうパレードを行いまーす」


 そう、くろりんちゃんもヒカル君も、このお爺ちゃんが付いて来てくれると言う事で、もう一度東京に踏み込む覚悟を決めてくれた。二人とも心の芯が強い子で、昨日の撤退をどこかで悔しがってたみたいだ。

 なので彼ら全員の車でパレードしながら東京に乗り付ける、いわばお祭り騒ぎにしてしまう事で怖さを笑い飛ばしながら突撃しよう、という事になった。


 私たち三人が乗るのはリーダーの伊集院さんが所有していたオープンのキャデラックだ。この派手な車で隊列の真ん中を進軍するなんて、どこかのVIPか何かの気分だなこりゃ。


「それじゃ、しゅっぱーつ!」

 先頭のセリカが轟音を響かせて発進し、それに旧車たちが居並んで続く。七台通過した後、私の運転するキャデラックが隊列中央を務める。しかしアメ車を運転するのは初めてだが、ハンドルやメーターの形状が文化の違いを感じるなぁ。

 ヒカル君とくろりんちゃんは後部座席のシートの背もたれに腰かけ、一段高い位置で隊列を見守る。なんかこうなるとVIPというより、新婚旅行のパレードみたいだな。


 爺さん達もそう思ったらしく、車から手や顔を出してヒューヒューとかピーピーなどとはやし立てる。まぁ当の本人たちはちょっと安定の悪さから来る怖さと、あの東京に突撃する緊張感からか、ぴったりと寄り添って固まっていて、状況や絵面に気付いてないんだけど。


 昨日逃げ帰った多摩川大橋。それを再び東京に向けて渡り始める。今度は大勢の頼れる仲間と、そして本人たちのを乗せて。


 橋の中央、”これより東京都”の看板を通過する時、ふたりは昨日と同じセリフを、ラジオに向けて高らかに言い放った。


「「東京都にぃ~、入ったあぁっ!!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る